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レポート課題(技術者倫理っぽいの)

4月末に,入門セミナーという,教員持ち回りの1年生向け授業を1回担当しまして,そこでレポート課題を出しました.今週月曜日が締切でした.
授業はセキュリティの導入で,ついでに,パスワードは暗号化されて保存されているといっても,それを復号してパスワードを取り出すことはできないんだよとか,隠すことによるセキュリティは,歴史的に破られてきたんだぞとか,十分な期間検証されて,それでも安全性を脅かすものが発見されなければ,安全であるってえことなんだわとか,しゃべりました.
レポート課題は,技術者倫理でよく行われる,ケーススタディを模したものにしました.課題文はこんなの.

  • あなたはセキュリティ機器を扱う会社の社員で,カードキーを用いた認証機器のプロジェクト管理者をしています.
  • 機器とその制御プログラムの開発は海外に委託しています.電話やメール,相互訪問でコミュニケーションをとっており,友好的な関係を築いています.
  • 1年間,開発と修正に時間をかけ,納得のいく製品が完成しました.現在は大量生産中で,先にその1セットが会社に届いたのですが,少し試したところ,カードキーに特定の情報が含まれていると,フリーパスになってしまう問題があることに気づきました.
  • 早速,現地の開発責任者に電話をすると,「申し訳ない,だが国の方針で,その仕組みを入れないと出荷できない」とのこと.
  • 製品はあちこちで宣伝しており,発売日まであと2週間です.

「フリーパス」については,口頭で補足しました.その特定の情報が含まれているカードキーを持っていれば,認証機器が大学の中にあろうと,大阪にあろうと東京にあろうと,どこでも「OK!」になってしまうという,おっそろしいものですよ,と.
さて,こんなシチュエーションで,あなたはどうするかを,3案以上挙げてもらうことにしました.
こちらで用意していた答えは,「そのまま売る」と「販売を延期/中止する」がまず出てきて,あとは折衷案で,例えば,「その仕組みを入れて出荷(日本へ輸出)してもらい,日本国内でパッチを当てて,フリーパスの問題を回避する」.思うところとしては,この3番目の案に力を注いでほしかったのですが,そこまで言うと学生を縛りすぎるかなと考え,指示はしませんでした.
学生の答案に目を通しまして,いろいろな行動がとれる(とれそうな)ものだなあと感じました.折衷案にしても,「制御プログラムの権利を自社で買い取り,修正版を作る」「他の会社に製品の権利を譲って改良してもらう」「他国の開発者に委託し直す」はいずれも異なるソリューションです.「銀行のキャッシュカードと同様に,暗証番号など,カード以外の情報を併用する」というのも,コストは別にして,もっともなアプローチです.「国内で売るのはあきらめ,生産国での販売に切り替える」というのは,私の頭にはありませんでした.
今回の課題設定,元ネタが大きく分けて3つあります.まずフリーパスに関連して,1990年代に大問題となった「キーエスクロー」です.すずきひろのぶ氏の時代遅れなキーエスクローを読めば,発端となった米国政府,そして欧州と日本の当時の事情を簡単に知ることができます.
次に,製造直前に決断を要する大事件として,「地球儀」がありました.学研、「台湾」ない地球儀を販売 中国の圧力で学研が学習地球儀をリコール、国名台湾を表記せずや,その結果として地球儀の「台湾島」表記問題で「学研トイズ」を解散まで.去年だったか一昨年だったかと,解答・解説を作る前に調査し直したところ,今年に入ってからのことだったんですね.
元ネタの最後は,『思考・表現・コンピュータ―あなたがあなたを救うには』という本です.教育・研究に携わる者として,指針の定まらないときに手にし,初めの数章に引き込まれました.最初に,プレゼン用のデータが消失してしまったという問題と,地域環境が取り壊されるという問題が出てきます.昨年度から入門セミナーでセキュリティ関連を教えるようになりましたが,それまでは,授業中にこの問題のいずれかを朗読して学生には書き留めてもらい,それを出席点がわりにしていました.「1年間,開発と修正に時間をかけ,納得のいく製品が完成しました.」については,データ消失の問題の中に似た記述があります.
課題と解答・解説は,すでにPDFで公開していますが,慣例で,ここからはリンクしません.解説の中から,「なお」から始まり形式的には余談なのですが,余談で済まされない段落を引用して,本日のエントリを終えることにします.

なお,国際関係は,この問題の本質ではありません.国家や,政府・自治体が絡まなくても,「政治的な問題」と呼ばれるものは,会社にいくらでもあります.大学内でも,順調に研究を進めていて,対外発表間近というときに,他の研究グループが同じことをしていたとか,知的財産(特許,著作権など)や倫理上の問題が発覚したときにどう行動すべきかという課題が出るかもしれません.(ついでにいうと,「あらかじめ十分に調査・検討し,そのような問題が起こらないようにしておく」という考え方も,心がけとしてはそのとおりなのですが,それでも問題は,起こるときに起こると考えるべきです.)