秋田の子供はなぜ塾に行かずに成績がいいのか (講談社+α新書)
- 作者: 浦野弘
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2009/06/19
- メディア: 新書
- クリック: 6回
- この商品を含むブログ (2件) を見る
秋田県の教育施策を紹介し,一昨年・昨年の全国学力テストでトップになったことと結びつけています.しかし少々想像すれば分かることですが,その施策と同じことを他の都道府県で実施したからといって,トップ,あるいは上位にランクされることは保証できません.別の言い方をすると,もし,秋田県の教育施策が他の都道府県と比べて優越していることが教育者・教育学者らの目に明らかであったとしても,全国学力テストでトップになったという事実がなければ,この新書は世に出なかったでしょう.そこで,この本を「便乗本」に位置づけたいと思います*1.
読み通して,興味深い表現に気づきました.全体は「です体」なのですが*2,数ページごとに,体言止めや助詞止めが見られます.ブログならともかく,新書でこれは初めてなもので*3,驚きを覚えました.あと,タイトルにもあるとおり,また本文でも,「こども」の表記は「子供」で一貫しています.
全国調査や秋田県独自の学力調査の経緯について,pp.54-55にあるのですが,特に県独自の調査についてなぜ抽出だったり悉皆だったりするのか,そもそも各調査で何を知りどのように教育の質の向上につなげていったかが,読み取れませんでした.実施したことと,全国で見たときの県の状況が分かるものの,「学力向上」との因果関係が不明でした.これを,新書の紙面的制約と切り捨てるのでは,この本が可愛そうだなあとも思います.
あとは本文からつまみ食い.
全国学力テストの結果から,まず,秋田の子供たちは全国と比べて,塾に通っている割合が少ないにもかかわらず,学力は全国トップクラスであるという意外なことが分かりました.塾へ行かないのに,なぜ,秋田の子供たちは好成績だったのか? 検証を重ねると,そこに一つの理由が浮かび上がってきます.それは「かつての日本で当たり前だった,学習環境と生活環境が今でもある」というものだったのです.
たとえば,「学校の授業の集中する」「家で授業の予習・復習をしっかり行う」「早寝早起きをして,毎日朝食を食べる」など.いずれもこのような光景は,一昔前の日本の学校や家庭では当たり前のように見ることができました.そして,分析すればするほど,日本の伝統的な「当たり前の学習環境と生活環境」と好成績には,深い因果関係があることがわかってきたのです.
その細かな因果関係は,本文に譲ることにしますが,逆にいえば秋田の子供たちは「変わること」ではなく,昔ながらのやり方を「変えないこと」で好成績を修めたということになります.
(pp.5-6)
分析結果を見る限り,「因果関係」は言えないでしょう.せいぜい「相関関係」です.
あと,『一昔前の日本の学校や家庭では当たり前のように見ることができました』のところ.一昔前って,いつのことですか? 「一昔前」の秋田県(と各都道府県),生活環境と成績は,どうだったのですか? もっと別の要因(結局のところ,教育施策)のほうが大きく影響していたのではないでしょうか?
余談ですが,「競わない」という悪例に運動会の徒競走があります.しばらく前には,よく見られました.徒競走なのに,ゴールが近くなると全員が横一列で手を繋いでゴールするという,とても奇妙な光景です.確かに,過度な競争は子供の自尊心を傷つけてしまう恐れもありますが,現実的な競争はやはり必要ではないでしょうか.
社会に出ると,どうしても競争しなくてはならない場面に出合います.しかし,会社の一員として仕事をするときには,誰かを蹴落として自分一人ができればいいということではないでしょう.つまり会社がうまくいくために,全員が協力して上へと向かっていくために競うのです.
人を動かす能力や協力・協同(協働)する能力こそ,現代の競争社会では必要とされています.私は,このような能力を測定するテストの開発も必要だと考えています.
(p.30)
「おててつないでゴールイン」,新書で,しかもこういう文脈では,初めて目にしました.
この件,Webでは「手をつないで一斉にゴール」が全国各地で大流行している!? - Imaginary Lines,サヨク都市伝説 - opebloを起点に,いろいろ調べることができます.
しかし,教育の実態に携わる教授の『しばらく前には,よく見られました.』は,インパクト絶大です*4.
「協力・協同(協働)能力のテスト」については,国語・算数などのテストよりも,評価できる機会が少なく,また数値化した時点でそれが序列化・固定化されてしまう(向上させる機会が得られにくい)という心配があります.「数値化」というのは,児童生徒個人もありますし,学校・自治体単位でも考えることができます.例えば,「協力・協同(協働)能力」を,100点満点ではなく,「〜ができる」などの定性的・段階的なもので評価するとしても,その定性的な基準を満たした(と先生が判定した)人数が何パーセントいるのか,によって数値化できるわけです.
ここでもう一つ重要な,注意すべき点があります.学力テストという以上,学力を測定しているわけですが,この二種類のテストだけで学力の全体をとらえることができるわけではありません.これらのテストでは測定できない資質や能力が,子供たちにはまだまだたくさんあります.学力の一側面を測定して,それについて本書で語っているということを忘れないでほしいと思います.
(p.31)
かつて当日記で書いた「逃げ口上」を連想しました.