わさっきhb

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裁判にロジカル・コミュニケーション

本日は,1日ごとに分ければいいやんというボリュームのエントリを2つ,出します.どちらも時事ネタなもんで.こちらのエントリは,Winny高裁判決を意識しています.

ロジカル・コミュニケーション

ロジカル・コミュニケーション

ページ数は少ないですが,論理的に考え,聞き手に理解してもらいやすいように話すための,ノウハウが詰まっている本です.付録の「論理的に話すための25の整理パターン」(pp.120-126)は,プレゼンにも有用です.
ところで,表紙にも奥付にも,「ロジカル・コミュニケーション」の右肩に丸R,すなわち登録商標の印がついています.少し調べると,「ロジカルコミュニケーション」で登録4624188,登録4947550の2件がヒットし,ともに権利者は株式会社パンネーションズコンサルティンググループです.これは奥書に書かれている会社名と一致します.さらに,http://www.pan-nations.co.jp/book_19.htmlを見つけました*1
本文中から事例を挙げるなら,「私の悪いところ」に対して「問題点」,「直したいこと」に対して「希望の研修内容」(p.51)のように名前(ラベル)をつける作業が肝心で,コミュニケーションの特訓をするならここかなと感じました.
そうやって,通じやすい表現にする作業はなるほど現代において必要と思いますが,しかし,pp.38-41の検察庁の研修での置き換え例は,とても同意できません.同意できるかどうかの判断(を,本エントリの読者諸氏がなさっていただく)には,事情説明も不可欠なのですが,それは購入するか借りるかしてご検討をお願いすることとし,「元の文章」と「提案する説明法」だけを引用します.

帰宅途中の若い女性が,顔を殴られ,短刀で背中を刺された上に,現金20万円とキャッシュカード1枚を奪われる事件が起きました.日時は平成17年10月7日午後11時頃という夜半で,場所は東京都の霞ヶ関にある日比谷公園です.この女性は病院に運ばれましたが,この日のうちに亡くなりました.
被疑者は2人組みの暴力団関係者A,Bで,最初から被害者に暴力をふるって金などを奪う目的で,2人で相談の上で行った犯行でした.短刀はあらかじめ準備し,握りの部分には指紋が残らないよう手袋をはめていました.A,Bには,それぞれ恐喝や傷害,暴行などの粗暴な犯罪の前科がたくさんありました.
被害者の女性は,Wさん20歳で,近々結婚する予定であったのに,本件に巻き込まれてしまったのでした.
(pp.38-39)

今回の20歳の女性殺害の「犯罪性」と「再発性」についてお話ししたいと思います.
1番目の「犯罪性」については,その計画性と反社会性について,2番目の「再発性」についてはその常習性についてがあります.
具体的には,計画性というのは「凶器となった短刀を購入」していたこと,「指紋隠しのための手袋を用意」していたことです.また,反社会性というのは,「一般場所での一般市民に対する犯罪」であったこと,「結婚前の幸せな市民への犯罪」であったことです.
そして常習性というのは,「暴力団関係者」であることと,「恐喝/傷害/暴行」など多数の前科があった点です.
(p.40)

事情説明を語句最小限に.裁判員制度を控え,検察庁の研修として実施した説明方法の改善です.前後を読む限り,2つの文はその順に続くのではなく,前者(『よくある冒頭陳述』(p.39))を著者なりに言い換えると後者になる,という展開です.途中に,後者の説明をツリーで表した図があります.
私には前者のほうが理解しやすいし,量刑などを決める際の根拠としても,利用しやすそうに思えます.
そもそも“冒頭陳述”に書いているのは「事実」です*2.しかし書き換えてしまったあとの説明は,「意見」になっています.
その内容も,再発性・常習性の根拠が「恐喝/傷害/暴行の前科」に対して犯罪事案は強盗殺人(あるいは強盗致死傷)というのはミスマッチな感があります.
『聞き手にバイアスがかかることがずっと少なくなると思う』(p.41)ですが,私には「いや,バイアスかかってまんがな」です.
Winny高裁判決に関連して,うちの学生にお願いしたいこと:

  • Winny地裁判決に思う - わさっきを読んでください*3
  • 検察側はより厳しい刑を求刑し,弁護側は無罪またはより寛大な刑を望みます.そういうセッティングで刑事裁判が行われ,新聞記事では公平性のため両者の主張が手短に書かれます.「あいつは死刑や」「弁護側,何言うてんのん」と憤慨しないようにしましょう.
  • 判決が出た直後の(Webの)新聞記事は情報が少ないのですが,あれは「予定稿」と思われます.有罪・無罪の原稿を用意していて,裁判官の序文だけを聞いた人が新聞社に有罪か無罪かの情報を送り,予定稿の一つが速報として,リリースされたものです.
    • したがって速報の段階で判決の詳細を得ようとするのは間違いです.
    • また皆さんが何かあって,大きな分岐のあとで,何らかのまとまった文書を作成するという場合にも,(分岐のどちらを選ぶかの結論が出てから書く,と)立ち止まるだけでなく,それぞれのケースで文章を書いてみて,議論・主張を先取りする*4作業をするのは,いかがでしょうか.

*1:ついでに,http://www.bzcom.jp/category_2/item_7.htmlには『【お詫び】「研修名を英文で「LogicalCommunication」と標記しているのは、「ロジカルコミュニケーション」が商標登録されているとの通告書を受けたので(略)』とも.へえ.

*2:被告側が全部あるいはすべてを認めない可能性はありますし,裁判官が冒頭陳述どおりに認定するかどうかも,また別です.

*3:1点だけ,どうでもいいことを補足すると,「誠実さ」と「一貫性」はいずれも英語でintegrityと書きます.

*4:メリット・デメリットを明らかにする,ということです.