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ジェミノイド研究に再帰

ロボットとは何か――人の心を映す鏡  (講談社現代新書)

ロボットとは何か――人の心を映す鏡 (講談社現代新書)

まだ読み終えていませんが,おそらく本書の山場である,第5章を読み終えました.この本を,情報分野の研究者や学生に伝えたくて伝えたくて,本日のエントリにしました.
著者の石黒先生とは,面識があります.2年間,同じ学科でした.2000年にご着任のときは助教授で,次の年に,教授昇進と同時に学科長をされていました.忘年会だったかの席で,「あまり食べられないが,(自ら料理をして)食べさせるのが趣味」とおっしゃっていたのを,思い出します.
書評をするにあたって,「ジェミノイド」の説明が避けて通れません.本から引用しますと:

ジェミノイドという言葉は,双子という意味の「ジェミニ」とアンドロイドやヒューマノイドにも使われている「もどき」という意味の「オイド」を組み合わせたものである.ジェミノイドは,オペレータがインターネットを介して,その体に乗り移って話ができる,遠隔操作型のアンドロイドである.
(p.39)

とはいえ百聞は一見にしかず,著者とそっくりなアンドロイドのことで,数年前からよくテレビで目にしてきました.本にも,随所にその写真が登場しています.
この本で一番伝えたいことは,タイトルとサブタイトルに書かれています.それはそれとして,読んでいて興味深く思えた点を,挙げることにします.「ジェミノイドを使って遠隔地でも仕事ができる」という見出しで,話が進みます.

ジェミノイドを使って研究のミーティングをしてみると,実際にまったく違和感がない.先に述べたように,五分もするとみんなジェミノイドに慣れて,普通に喋るようになる.特に学生の反応はおもしろい.私の体に触ってもいいよと言っても,みんな躊躇して触らないのである.学生に聞けば,私の体に触るのと同じだという.また,ジェミノイドの私がきつい言葉でしかると,しょんぼりする.
(p.118)

この次のページには,著者のジェミノイドと,参加者が,ミーティングをする姿が写っています.
研究というものにあまりなじみでない人に,少し補足しておくと,研究は,その学術分野での“問題解決”と考えてください.学生はたいてい,一つのテーマで問題解決を試み,最終的に卒業論文修士論文などとして取りまとめます.教員は複数の問題意識をもち,問題の規模に応じて,自身で解決しようとしたり,学生や他の研究者と連携して解決に当たったりします.
「指導教員は,学生が研究をする推進力」となります.教員-学生の関係でなくても,「研究統括(リーダー)は,各研究者が研究をする推進力」です.
学生が研究室内で研究活動をします.ゼミだとかミーティングだとかいった場で,その成果を教員に見てもらい,評価やアドバイスを得て,次の研究活動をしていきます.ほめればやる気が上がるという学生もいれば,技術的なアドバイスを与えるほうがいい学生もいます.
成果が不十分であることを叱る教員は,まあいないとも限りませんが,十分な検討のないまま漫然と活動をしているのが,報告内容から容易に想像できるときは,これはお叱りの対象です.

もっともおもしろかったミーティングは,研究者も巻き込んで,このジェミノイドを使ってどんな研究をすればいいかをテーマに議論したときだった.実際にジェミノイドを使いながら,「ジェミノイドのどんな性質を生かして,どんな心理実験を行い,どのように今後ジェミノイドを改良すればいいか」を議論したのである.システムを使いながら,そのシステムの問題を議論することができるのである.研究と研究の手段が完全に融合した議論で,これまでにない体験だった.
(p.119)

この段落で連想したのは,「再帰」です.
来週のプログラミングの講義で,再帰を取り上げます.資料は去年のものに目を通し,だいたい固まってはいましたが,この話をうまく授業の中で取り入れられないか,少し興奮したのでした.
ただし注意すべきことがあります.ジェミノイドを動かしてみて,挙動に不自然な点が見られるので,原因を探り修正する,というのは,ジェミノイドの完成度を高めるために不可欠な作業で,これまでに何百何千となされてきたのでしょうが,それは「再帰」ではありません.「フィードバック」ですね.イテレーションあるいは反復と呼ぶのも,間違いではないでしょう.
そういった反復と,上のミーティングとの違いは,ジェミノイドが,研究の推進力,あるいは指導者として,ミーティングに加わり,感情や行動をともにしている点です.
上で引用したように,ジェミノイドは遠隔操作で動きます*1.また同書のあちこちで書かれていますが,(石黒先生が携わられた)ロボットにも,そしてこのジェミノイドにも,感情はプログラムされていません.
しかしコミュニケーションをとることで,周囲の人はジェミノイドがひとりの参加者であることを,教授であることを疑わず,意見を出したりアドバイスを受け入れたり,顔を触ったりしているわけです.「研究と研究の手段が完全に融合した議論」という表現は,なるほどです.
上のミーティングが再帰的な研究活動であることに納得がいかなければ,代わりに,「自己言及」という観点で見てみると,どうでしょうか.
ロボットやジェミノイドのような華々しい研究と並べて書くのも恐縮ですが,私はある図式表現を使った研究について,去年今年と,学会で発表する機会がありました.そのときに,その図式表現を使って発表内容を表現したものをスクリーンに映し出してみました.「その図式(を使った研究)は,どんなものなのか」を,その図式を使って描く,という試みです.
そういう個人的な経験からも,自己言及を含む研究は,魅惑的に思えるのです.

*1:じゃあ遠隔操作をしなければ一切動かないのかというと,そうではなく,呼吸などによる「人間らしい動き」を取り入れているとのことです.