わさっきhb

大学(教育研究)とか ,親馬鹿とか,和歌山とか,とか,とか.

引用知っとけ

引用のハウツー:まとめ

  「んでは,まとめに入ってもらいますか」*1
「あ,はい.引用については,学会発表用の原稿を書く以前からの注意点と,学会発表用の原稿を書く際の注意点に分けて,理解しないといけません」
  「そうですね.それぞれの注意点を,手短に言ってみてください」
「はい.学会発表に限らない話としては,“引用できる”という言葉について,“著作権法32条で認められた”というのが明示されず使われる場合があるけれども,“著作権法32条で認められた引用”に関しては,公表された著作物に対してしか,引用できません.あと,引用は,著作者の意向に関係なくできます」
  「最後のところ,“著作者”は曖昧ですね」
「え?」
  「引用して新たな文章を作ろうとしている人を指すのか,引用元の文献の著作者なのか,です.どっちですか?」
「…引用元のほうです」
  「ええ.そこに注意して,『引用は』からを言い直してくれますか」
「はい…引用は,引用対象の著作物の著作者の意向に関係なく,できます」
  「『著作』が2度出て美しくないけど,まあそれでいいでしょう.少し戻って確認ですが,公表されていない著作物とは,何ですか?」
「典型的なのは電子メールを含む手紙文です.それが著作物であるかどうかのチェックは必要ですが,もしそれが著作物に当たらないとき,その内容を書いた人の許諾を得ることなく,開示するのは,引用と同じ形態にしていても,“著作権法32条で認められた引用”にはなりません」
  「おおむねOK.次は学会発表用…あっと思い出した,さっきまでの議論で出た重要な言葉が抜けているなあ」
「何でしたっけ…」
  「“公正な慣行”です」
「あ,そうでした!」
  「具体的には何ですか?」
「引用して新たな文章を作る方が主,引用の内容が従となる主従関係であること」
  「他には?」
「本文と引用とを区別すること」
  「まだ重要なのが出ていません」
「えっと…,これでしょうか.出典を明記すること」
  「そうですね.一般には“出所の明示”といいます.これは引用に限らず,既存の著作物をもとに何かするときには不可欠で,著作権法でも48条と飛んでいますが,忘れないようにしましょう」
「はい…」
  「さてでは,学会に出す原稿での,引用の注意点に移りましょう.どうぞ」
「えっと…参考文献に文献を並べるのが引用,ではありません.本文中の適切な位置に「[番号]」をつけるのが引用です.英語で言うとcitationです.それと,我々の分野では,引用元文献の内容の一部を抜き出す形の引用,英語で言うとquotation,をすることは,まずありません」
  「それでいいですね.あとは『なぜ引用をするのか』の答えを先頭に置いてくれれば,引用に関する分かりやすいガイドになって,研究室内で共有するいいコンテンツになると思います.文書化しといてください」

なぜすっきりしない(1)

「先生,教えてほしいのですが」
  「はい何でしょう」
「引用って,これこれこうしなさいっていう本だとか,まとめサイトだとか,ないんでしょうか?」
  「ん〜,あると確かにいいねえ.去年,引用に関する本を買ったけど,その本で内容が尽きているとは思えなかったし」
「なんでなんでしょうか?」*2
  「そうですね…大きく3つあるかな」
「もしよろしければ」
  「はい,じゃあ手短に.まずですね.さっき出てきた,引用に関する“公正な慣行”ってのが,分野によって違うのですね」
「慣行が,ですか?」
  「あっと,“公正な慣行”という考え方のは,どの分野にもあるけど,そこにもとづいて具体的にどんな形態で引用するかが,違っていると考えてください」
「形態,ですか…」
  「さっき言ったquotationをするのが当然と考える分野もあります.もちろんそこでも,出典の明記は必須です.出典の書き方も,本文中にするのか,章単位で章末に書くのか,論文なり著書なりの最後に並べるのか,発表形態によってまちまちなんですけどね」
「はあ」
  「“どんな形態”だけでなく,“何を引用していいか”も,けっこう違っています.例えばですね,我々の分野では,新聞記事の引用は基本的にしてはいけません」
「ダメなんですか!?」
  「原稿を見ていて,最適な出典が新聞記事しかないと分かれば,することも考えますが,原則ダメです」
「…それが“慣行”ということですか」
  「そうですね.その一方で,公表前の著作物でも引用が許されているという慣行も,あります」
「え! そうなんですか!?」

公表前の著作物でも引用可能となる例外

  「まあ知っておくほうがいいかな.その例外を理解するためには,前提として,学会発表の論文や予稿というのは,投稿してから,論文誌や予稿集として公表されるまでに,タイムラグがあります.いいですね?」
「ええまあ」
  「6月に載る予稿集のために原稿を書いて,4月に送ったとして,そういうところで発表するのをベースとして,何か査読してもらう論文の原稿を書いて,間の5月に投稿するとします」
「えっと,時系列を整理させてください…4月に一つ送って,5月にもう一つ送って,6月に一つめのが公表,ですか?」
  「“一つ”“もう一つ”はややこしいので,“予稿”と“論文”に置き換えましょう.厳密にはそれぞれ“の原稿”をつけるべきですが,省略しますよ」
「わかりました」
  「そのシチュエーションで,論文の中に予稿を参考文献として入れ,本文中で引用していいかということです」
「5月に書き上げて投稿,6月に公表ですから…引用の基準を満たしませんよね」
  「そうです.そう考えると確かにダメなのですが,我々の慣行では,ちょっとした情報を追加することで,その引用は認められます」
「そうなんですか!?」
  「論文の参考文献で,予稿の書誌情報の終わりに,今回のケースなら『(掲載予定)』と書きます」
「そんなんでいいんですか?」
  「ええ.むしろ,2重投稿の疑惑を持たれないように,公表前でもそうすべきだと,僕は思っています」
「えっと…“今回のケースなら”というのが引っかかったんですが…」
  「そこは,細かい話です.予稿じゃなくて,査読されるものだったら,『(投稿中)』と書くべきですし,査読の結果,採録決定となったけれど,出版はまだという文献には『(採録決定)』または『(印刷中)』と書いて,そのことを表すべきなのです」*3
「なるほど,分かりました.あとそれで,先に出したのが,査読の結果,ダメになったら,どうなるんですか?」
  「ないこともないですね.ただ,査読付き論文というのは,修正をする機会があるので,その際に,不採択になった原稿の文献情報を削除すること,またそれをエディタという,投稿論文を採否を判定する重要な人に伝えることをしていれば,文句を言われることはないでしょう」
「それも“公正な慣行”ということですね?」

なぜすっきりしない(2)

  「そこは実のところ,難しいのです」
「あれ,すっきりしないんですね?」
  「引用という行為は,どこをとっても,すっきりしないですね.皆が認める唯一の答えがないのです」
「ああ,先生がよくおっしゃっている『唯一解を求めるな,妥当解を作れ』ですね」
  「あんまり言っていないし,今回の話で『解を作れ』が妥当とは思えないけど,まあ,あたらずといえども遠からず,です」
「古いことわざの引用ですね」
  「そこにも出典がいるかね?」
「あ,いえ」*4
  「すっきりしない話の続きですが,引用行為への認識が,それをする人によってかなり違う,というのは,正しい指摘でしょうね」
「なるほど」
  「引用方法の伝言ゲーム,かな」
「伝言ゲーム,ですか.小学生のときによくやりました」
  「ある研究者が,師匠である教授の指導を受けながら,論文の書き方,そしてその一部として引用の仕方を学びます」
「伝言ゲーム…ですか?」
  「まあもうちょっと聞いてください.その研究者が師匠を離れて自分で論文を書くとき,学んだ流儀で執筆し,引用します」
「何か見えてきました」
  「うん.その研究者が教授・師匠となり,学生を指導するときに,自分の経験をもとに伝えるのですが,実は自分が教わったのとまったく同じではないかもしれません」
「どうしてですか,と言ってはいけないんですね」
  「いえいえ,ちょっと考えてみてよ」*5
「はいでは…何が引用可能になったか,対象となる著作物が変わったからとか」
  「それは重要な視点ですね.おおよそ30年前と今とで,違いを挙げられますか?」
「Webの情報ですね」
  「そうですね.“インターネット上の情報”というほうがいいかな.これも公表された著作物であり,ものによってはそこの記述が不可欠ということもあって,引用したくなるものです」
「Webの情報を引用するときにも,慣行があるんですか?」
  「引用というよりは,参考文献に載せる際の慣行は,確立されつつあります.具体的には,参照年月日を書いておくこと,またそのときのWebの情報を保持しておくことです.もう一度言いますが,それらは引用のための公正な慣行では,ありません」
「分かりました.だいぶすっきりしました」
  「ん? 僕はすっきりしないんだな」
「え!? 先生がですか?」

なぜすっきりしない(3)

  「僕が引用についてすっきりしないのはですね,その行為に,インターネットで主に情報発信する人と,出版物を通じて情報発信する人の間で,認識に違いがあるのかなあという点です」
「…なんだか,話が広くなりそうですね」
  「まあ僕なりに仮説をまとめようと思っているんですよ.おつきあいください」
「はい.議事録は必要ですか」
  「いらないよ.気楽に聞いてください.あとで,僕なりに文章にします」
「わかりました」
  「仮説をずばっというと,『引用を含めた既存著作物の利用を幅広く使うよう公言する人は,自己の刊行物が皆無である』というものです」
「えっと…それはどんな意味合いでしょうか」
  「引用について,僕の目からすると転載・複製じゃないかと思うほどのことを行っているような,ブログの記事とか,Twitterのつぶやきとかがあります」
「先生も,Twitterをなさっているんですか?」
  「ん? IDは,自分のWebページに書いているよ」
「あ,そうでしたか」
  「それはともかくとして,そういう人は,出版物として出す,実績だとか,チャネルだとかがないから」
「チャンネル?」
  「経路のことです.学会論文の中では“チャネル”と書くべきですね」
「すみません…」
  「なんだっけ,あそうだ,商業出版できないので,その分,ネットでの露出が大きいだとか,引用について出版社と利害調整を図ったことがないのかなとか,想像するのです」
「先生は,経験がお持ちなんですか?」
  「そこは弱いんだけど,単著・共著とも,上梓した経験がないんですね」*6
「それでもそのようにお考えになる? ということは先生自身がその,幅広く使いたい派なんですか?」
  「それについては僕は,むしろ抑えたい派でありたいですね」
「先生が本を書かれるときに,出版社さんと,もめたくないからですか?」
  「また厳しいところをつくねえ.僕の日記その他の発言で,出版社さんからの執筆の依頼だとか出版の承認というのの可能性が下がってしまうリスクを減らしたい…言い直すと,出版社と良好な関係を持っておきたいから,という理由は,確かに一つです.僕は未だ,立場の弱い情報発信者ですからね」
「え? そうなると俺なんかは…」
  「著書がないという点では,僕と一緒ですよ」
「あ,はあ」
  「まだ見ぬそういう出版社,編集者の方とは別に,何を元ネタとして使わせてもらい,自分の知識や提言をどのように付与して,情報発信すれば,多くの人に読んでもらうか,常に考えていきたいのです」
「なるほど! じゃあ御本ができたら,読ませていただきますね!」
  「じゃあかいな.あ,そうだ,本に限らず,練り上げた情報を発信するというのは,書いた本人のためにもなるんですけどね」

*1:引用の考え方・仕方について,教員と学生とで議論をしていたとお考えください.会話そのものはフィクションです.

*2:これは関西弁か? 補足しておくと,前者の「なんで」は「なぜ」,後者の「なんで」は「なので」の意味です.アクセントはもちろん前者につきます.

*3:英語では,投稿中はsubmitting,採録決定はto appearを,それぞれカッコ書きにしています.

*4:goo辞書には「あたる」の項目の中で,『中(あた)らずと雖(いえど)も遠からず』とあります.直後の『〔大学〕』は,university/collegeの意味ではなく出典名ですね.starscafe.net -  リソースおよび情報でも取り上げられていて,『「当たらずとも遠からず」は誤り』とあります.私も,間違えかけました.

*5:事情により1点しか挙げられませんでしたが,研究者が投稿したり出版したりする媒体が広がり,それに応じた引用の慣行に合わせる,というのも,引用方法が変わる要因として指摘できると思います.

*6:「上梓」は「じょうし」といいます.これまで目にした経験上,著者がよく使います.「出版」をするのは出版社,だからでしょうか.