交換法則を学んだら,かけられる数とかける数の順序はどちらでもいいのだという主張があります.自分なりに,詳細を検討してみました.
まずは議論の対象にラベルをつけます.
- 《ルール1》:「1つ分の大きさ」×「いくつ分」=「全体の大きさ」
- 《ルール2》:○×□=□×○
- 《ルール3》:「いくつ分」×「1つ分の大きさ」=「全体の大きさ」
《ルール1》は,教科書や学習指導要領(の解説)に変遷があったとはいえ,現在,日本の算数のかけ算指導では当然とみなされているルール*1です.《ルール2》は,いわゆる交換法則です.教科書でどのように書かれているかはチェックできていませんが,学習指導要領解説を読む限り,教えるべき,もしくは児童に見つけさせるべきルールであることが推測できます.
それで,小学校の教科書に載っていない《ルール3》を導くために,証明を考えてみました.
- 《ルール1》を仮定します.すると,“「1つ分の大きさ」×「いくつ分」=「全体の大きさ」”が得られます.
- 《ルール2》の○に「いくつ分」,□に「1つ分の大きさ」を代入すると*2,“「いくつ分」×「1つ分の大きさ」=「1つ分の大きさ」×「いくつ分」”が得られます.
- 2つの等式“「いくつ分」×「1つ分の大きさ」=「1つ分の大きさ」×「いくつ分」”と“「1つ分の大きさ」×「いくつ分」=「全体の大きさ」”に,等号に関する推移性*3(A=BかつB=Cならば,A=C)を適用すると,“「いくつ分」×「1つ分の大きさ」=「全体の大きさ」”が得られます.これは《ルール3》の式です.証明終わり.
上の証明で,《ルール3》を導くために用いたものを並べてみます.
- 《ルール1》
- 《ルール2》
- かけ算が,(3や5といった具体的な)数だけでなく,数を抽象化した文字*4に対しても成立すること.
- 等号に関する推移性
- modus ponens*5.これがないと,最後の「を適用すると,“「いくつ分」×「1つ分の大きさ」=「全体の大きさ」”が得られます」が言えない.
小学生が理解できるか,自力で導き出せるかという観点で,一つ一つ,点検します.まず《ルール1》と《ルール2》は,これらを変形したり,消滅させたりしても,議論が進まないし,小学校で学ぶのだから,ともに仮定することにします.
「かけ算が,数だけでなく,文字に対しても成立すること」は,どうでしょうか.実は《ルール2》の中に,これが含まれています.ということで,OKとしましょう.
等号に関する推移性は,名称はともかくとして,小学校でやっていないはずはありません.複雑な式を,「=」を連ねて延々,間違えることなく計算し,最後に出た値というのは,最初の式とイコールで結ばれるべきだからです.
最後に,modus ponensは,三段論法と密接な関係があります.小学生に教えることは可能でしょうが,いつ教えますかね.
それで,これだけ苦労して導けても,実際の問題に適用すると,『でも「5×3=15」って書いただけでは分からないよね』*6ですからね.《ルール3》を使いたくなくなる気持ちも,どっちでもいいじゃないか(《ルール1》だけでなく《ルール3》も認めろ)と主張したくなる気持ちも,分かります.
まとめ:《ルール3》は,苦労の割に使い道が少なそう.
*1:「ルール」なのは,《ルール1》は数学でいう定義に当たるのか,公理に当たるのか,定理に当たるのか,私自身よく理解できていないからです.直感的には,かけ算の性質や,立式を念頭に置いた上での公式であり,定理に一番近いと思っています.あと,「ルール」以外の表記ですが,もし何かあって英語で記述するときは,Principle 1としたくなります.そういえばえっとたしか,ギリシアで発表したときの予稿にはそう書いたなあ.
*2:何に何を代入するかに注意.逆だと,「A=BならばB=A」を新たに導入して適用する必要が生じてしまう.
*4:「1つ分の大きさ」といった文字列は,置き換えにより1つの文字(symbol)で表現できますが,分かりやすさを重視して,文字列のままで証明を試みました.
*5:wikipedia:en:Modus_ponens, wikipedia:モーダスポネンス.なんで英語表記を採用したかというと,大学3年の前期,情報論理学という科目でこう学んだから.
*6:射影より.もともとは,c21, c22, c23のいずれかに対する先生の発言だけれど,児童がc11, c12, c13のいずれかを根拠としても,またそこのリストにない斬新な解法を持ってきても,言うことが可能な反応である点に注意.