わさっきhb

大学(教育研究)とか ,親馬鹿とか,和歌山とか,とか,とか.

Re: すりあわせ

もちろんこの流れでは,受け身で行動する人間を産むことになります.また成果を見ても,どうしても最初のXが持つ考え方(「(設計)思想」と呼んでもいいでしょう)に引きずられ,その壁を破ることはできません.

すりあわせ - わさっき

「Xが持つ考え方」と自分で書いたことを,今日になって思い出し,もとの文章を読み直すと,気になる記述がありました.

彼らの知っている議論は,複数のアイディアから1つを選ぼうとする作業でしかなく,議論と言うよりも討論と言った方が適切なものでした.
そのため,たとえば,3人がそれぞれA,B,Cの3つの提案を考えて持ち寄って議論した場合,彼らはその中から一番いい提案を1つ選んで皆の提案とするか,意見が合わなかった場合は簡単に議論を打ち切っていました.これでは,議論の意味がほとんどありません.
これに対する対策は単純で,必要とされている議論(=「まともな議論」)とはどういうものかを彼らに教えました.つまり,A,B,C3つの提案を持ち寄って議論した場合,A,B,Cの提案のいいところを組み合わせたり悪いところを直したりして,どれよりも優れた新しいDの提案を作らないと意味がないと教え,彼らに実践してもらいました.

「Aが持つ考え方」「Bが持つ考え方」「Cが持つ考え方」がみな違うことが,“討論”の中で判明したとします.そして,すりあわせて1つの案を出す必要があるとします.そのとき,どれかの考え方を選ぶことになります.それは,“組み合わせたり悪いところを直したりして”とは別個に,いや,そういった枝葉の作業をするより前に,行う必要があります.
議論を通じて,個々人の案よりも優れた案を作り上げるには,選ぶ作業と当時に,捨てる作業をするわけです.
「Aが持つ考え方」「Bが持つ考え方」「Cが持つ考え方」を持ち寄るまでのところに,視点を移してみましょう.自分の案が捨てられるかもしれないことに留意しながら,他の人の案と見比べられる,自分の案を作るというのは,ちょっとしたストレスとなります.ここで「自分の案を作る」というのには,文章や絵など,形にする作業だけでなく,明確にあるいは漫然と「考え方」「(設計)思想」になるものを一つ定めるほか,採用されない可能性を理解しつつ時間をかけて検討することを含みます.

先日引用しなかったのですが,まともな議論ができないことの原因として挙げられている一節を,読み直しました.

こうなってしまった原因として,ゲームの普及や携帯電話の影響による思考力の低下,インターネットの普及により知識は見つけるものという認識の蔓延,といった社会的な要因も影響していると思われますが(略)
(槙島和紀『企業の教育現場からの報告 頭がいいのに「分かる」ことができない新卒たち』, 情報処理, Vol.52, No.3, p.363)

まともな議論の普及,手法とその有効性の提供というのも,いいでしょう.
しかし,ゲーム社会,インターネット社会というのなら,それを逆手にとって,こんな考え方もできるのではないかと思うのです.
ゲームをしていく中で,一見,いらない要素があります.インターネットで知識を見つけるときには,打ち込んだ検索語から一発で見つかればいいのですが,そうでなければ,リンクをたどるだとか,検索をやり直すだとかします.
そういった要素や迷い道・寄り道は,自分のしたいことをするために,実は欠かせないのです.どうでもいいことを見つけて捨てることによって,そのゲームの目標が際立つのですし,検索だって,漫然とした欲しい物を起点に,「これではなく,欲しいのはこれ!」という明確な目的意識へと移ることができます.
そういったことを理解し---「まともな議論」の指導において,あらかじめ受講者に認識してもらえれば---捨てて実を得ることの大切さと,どうでもよさそうなコストにも意味があることを,認識してもらえるのではないでしょうか.

追記:『A,B,Cの提案のいいところを組み合わせたり悪いところを直したりして,どれよりも優れた新しいDの提案を作らないと意味がない』は,複数人で議論をして一つの結論を出すシチュエーションで多くの場合に良さそうですが,そうもいかない例を思い出しました.共倒れ人事です.会社で誰かを部長に昇格させる,あるいは大学で助教*1を教授に昇任させるといったときに,提案者Aは部下のαを,別の提案者Bは自分の部下のβを推薦し,甲乙つけがたいがポストは1つしかなく,一方を採用すると組織内で軋轢の生じる恐れがあるときに,A,Bいずれにも影響力を持たないγを(昇格・昇任ではなく外部から)採用するというものです.

*1:もちろん現在なら「准教授」です.あえて助教授と書いたのは,私自身がどこかの本で読んだ共倒れ人事の例が助教授→教授であったことと,自分が共倒れ人事を経験したわけではないので一応距離を置きたかったことからです.