- 作者: 佐藤俊太郎
- 出版社/メーカー: 東洋館出版社
- 発売日: 2010/10/01
- メディア: 単行本
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昭和40年(1965年)ごろ,「5円の品3個の代金の立式は,3×5ではダメなのか」の論争が大阪や神戸から湧き起こった.それは海外で教育を受けた子どもが日本に帰国して授業に臨むと,上記問題の正答は,5×3のみで,3×5はダメという指導に遭遇した.そこで,帰国した子どもの親から担任教師に対する反発が起こり,問題化していった.
新鮮な驚きです.朝日新聞に載ったり,遠山氏が記事を書いたりするのより前の出来事です.そして,「5円の品3個の代金」は《AB型》ですが,海外で教育を受けると3×5すなわちB×A=Pとしたくなる,と.海外で,どんな教科書や問題集で学んだのでしょうか*2.
さて,教育現場ではこれらの指導は文部省発行の学習指導要領に基づくので,もし上記の問題が設定されたとしたら,学習指導要領の立場からすれば,正答はこうなるのだということを見ていこう.
教師用指導書や教科書,遠山氏の著書に当たったり,現職の教師に聞いたりせず,過去・現在の学習指導要領を参照していっています.
以下,出典と正答を抜き出します.
0 『昭和22年学習指導要領 算数科 数学科 編』文部省 昭和22年5月1日 日本書籍 正答 3×5
1 『算数数学科学習指導要領改訂』文部省 昭和23年9月30日 日本書籍 正答 書いてない
2 『小学校学習指導要領算数科編(試案)』昭和26年改訂版文部省 昭和26年12月5日 大日本図書 正答 書いてない
3 『小学校算数指導書』昭和35年3月25日 大日本図書 正答 5×3
4 『小学校指導書 算数編』文部省 昭和44年5月30日 大阪書籍 正答 5×3
5 『小学校指導書 算数編』文部省 昭和53年5月10日 大阪書籍 正答 5×3,3×5
6 『小学校指導書 算数編』文部省 平成元年6月15日 東洋館出版社 正答 5×3,3×5
7 『小学校学習指導要領解説 算数編』文部省 平成11年5月31日 東洋館出版社 正答 5×3,3×5
8 『小学校学習指導要領解説 算数編』文部科学省 平成20年8月31日 東洋館出版社 正答 5×3,3×5
気になるのは0と5です.まずは0の根拠を.
0 『昭和22年学習指導要領 算数科 数学科 編』文部省 昭和22年5月1日 日本書籍 正答 3×5
“乗法はいくつかの群を一つの群にするものである.……なお,乗法の始めの導入では,倍とか割るとかいう言葉は用いないがよい.即ち,4×3を4つが3つずつで幾らかと読ませるがよい.”p.39〔2年〕
『4×3を4つが3つずつで幾らか』…えっと,前から考えていた《問い》は『さらが 5まい あります。1さらに りんごが 3こずつ のって います。りんごは ぜんぶで 何こ あるでしょう。』で,おんなじ《BA型》だ…と思ってもう一度見直すと,《問い》は,「5まい」と「3さら」と異なる単位で,ここの例は「4つ」「3つ」で同じ.机のかけ算の最初の問いと同型!? 4つを「1つ分の大きさ」と見なすことができるのでは? 「4つが」の「が」が,現在の意味と違う?
この出典から,3×5のみを正解と導くには,もう少し情報がいりそうに思えました.
5 『小学校指導書 算数編』文部省 昭和53年5月10日 大阪書籍 正答 5×3,3×5
“1本の長さが5cmのリボン4本分の長さを5×4と表す.しかし,結果を求める計算や,その式がどんな数を示すかという立場で考えているときは,5×4も4×5も同じ結果を表しているといってよい.その点,どのような立場で式を考察しているかをはっきりさせて取り扱うよう,指導の際特に注意することが必要である.”p.61〔2年〕
『5×4も4×5も同じ結果を表している』…これは「5×4=20だし,4×5=20だから,同じになるね」という意味だと言えます.《問い》をベースに,状況を図にする2で作った図をアレンジすると,こうです*3.
その前の,『その式がどんな数を示すかという立場で考えているとき』も同じです.とはいえ,この箇所は,次のように解釈する余地があります.
5×4も,4×5も,「1本の長さが5cmのリボン4本分の長さ」を表しているのですよ,という解釈です.著者も,これを根拠に『正答 5×3,3×5』としたと想像します.
もし,「その式がどんな状況を示すか」と書かれているのなら,私もそうだなあと思いたいところですが,実際には「その式がどんな数を示すか」です.量や数量ではなく,数です.なので,単位を取り除いて立式し,計算して1個の数にしましょう,何になりますか,という意味ととらえるのが自然です.
結局,「しかし」から始まる文は,図で言う「別世界」に閉じた議論です.そして,「その点」から始まる文は,立式時に被乗数と乗数として何を書くべきか,注意すること---かけ算の順序があること---を支持するものに見えます.
なお,6〜8で『正答 5×3,3×5』となっている件については,書かれている根拠のみでは不十分と言わざるを得ません.