「もしもし,お電話かわりました」
「あのさあ,小学校ではルート2を教えないの?」
「はい,どういうことでしょうか?」
「2の平方根のうち,正のほうの数のことですよ」
「はあ」
「だから,ルート2も平方根も,教えないの?」
「それは中学校で学ぶことに…」
「何言ってるの!」
「はあ」
「1辺が1cmの正方形があるでしょ」
「は,はあ」
「その対角線の長さは?」
「ルート2,センチメートル,ですか」
「そうでしょ」
「それと小学校とでどういった関係が…」
「小学校の算数の中でも,ルート2になる数は現れるでしょ」
「えっと,まあ,そういうふうにすれば,出てきますね」
「だからこの数について教えるべきなのです」
「は? そうは言われましても」
「三角定規あるでしょ.直角二等辺三角形のほうの」
「ええ,まあ」
「あれの斜辺は?」
「…」
「分からないの? 底辺の長さのルート2倍ですよ.あなた本当に算数・数学指導できるの」
「いやそうおっしゃられましても」
「変な敬語ですね.あともう一つ,A3はA4の何倍ですか?」
「A3? A4?」
「紙の寸法ですよ」
「ああ,そういうことですか.えっと…」
「知らないの? 面積ではA3はA4の2倍.だから相似比はルート2倍になるんですよ」
「…」
「もう,ここまでルートのことを知らない人が,教育に携わっているなんて.腹立つなあ!」
もちろんフィクションです.
上の会話で現れる「ルート2」を,
(略)「3km/(km/時)×4km/時」と考えれば,3も1あたり量の数値となる,としたのでした.つまり,
3km/(km/時)×4km/時
という式を,「時速1kmあたりで3km歩く道のり(1あたり量)の時速4km分(いくら分)」と解釈するのです.目からうろこの発想で,秀逸な単位の表記法だと思います.
(『かけ算には順序があるのか』, p.43)
の中の「3km/(km/時)」という値と,対応付けて,お考えください.平方根は,同じページの,多くの一見,1あたり量に見えない量が,1あたり量として表現できること(またはそのようにする操作)に,そして,『「1あたり量×いくら分」の順序で書くべきだというきまりが無意味にな』(同)るという主張は,数の世界には無理数が存在するという主張に,対応付けることができます.
ルート2という数も,この数が日常生活のどこに現れるかも,平方根を求める操作や平方根を含む数式の計算方法も,無理数の存在も,大人の我々は認識しています.しかしこういった概念を小学校で学ばせるべきかというのとは,別の話です.
上の本に書かれたセッティングにおいて,「1あたり量×いくら分」でも「いくら分×1あたり量」でも,どっちでもいいと主張するためには,まず,3km/(km/時)という表記やその意味をきちんと確認しないといけません.「3km/(km/時)」が「時速1kmあたりで3km歩く道のり」に対応付けられる量なのか---日本語でどのように説明できるのか.そして,この値は何と等しいか---3km/(km/時)=3時間としてよいのかです(pp.43-44を読む限り,この等式は当然に成り立つものとされています).加えて,そのような考え方を立式・計算に生かすことの妥当性について,もちろん小学校の算数の教育の範囲内でですが,検証する必要があります.
当雑記で先日書いたことを,言い換えますと,「3km/(km/時)」という書き方をすることがおかしさのはじまりであり,そうしなくても,適切に加減乗除の対象(立式の方法)を選び指導する/教わり学習することで,「1あたり量×いくら分=いくら分×1あたり量」という*1量の交換法則を採用・使用することなく,小学校段階の算数の問題は解くことができます.
効率面でも,「1あたり量×いくら分=いくら分×1あたり量」という量の交換法則の採用・使用が,問題解決を効率良くするとは,とても思えません.『「1あたり量×いくら分=全体量」により,全体量を求めることができる』と,『「1あたり量×いくら分=全体量」または「いくら分×1あたり量=全体量」により,全体量を求めることができる』のうち,どちらが児童向け,より正確に言うと,児童が問題を解いたり学習したりするのに有用でしょうか.
念のため,本日のエントリは,「√2を小学校で学ばないのだから,1あたり量×いくら分=いくら分×1あたり量も小学校で学ばせなくてよい」という主張ではないことを申し添えておきます.「1あたり量×いくら分=いくら分×1あたり量を小学校の算数において認定すべきか否か」は「√2(や無理数)を小学校で学ぶべきか否か」と同等の,学習内容の選択の問題なのであり,現状ではいずれも否定的であるということを示した次第です.
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*1:ここの「という」は,同格ではなく限定です.この形式に限らないものとして,長方形の面積の「縦×横=横×縦」は,量の交換法則の一例とみなせます.私自身,この関係を否定する意思はなく,しかし,「1あたり量×いくら分=いくら分×1あたり量」とは分けて理解する必要があると考えます.違いの一つとして,×の左右の量の単位が同じか異なるかが指摘できます.