わさっきhb

大学(教育研究)とか ,親馬鹿とか,和歌山とか,とか,とか.

新しい歴史教科書と,かけ算の順序論争

Q11 気になるので聞きますが、つくる会の教科書は高校受験に向いた記述になっているでしょうか。
 
次の1〜3は社会科と受験についての基礎的な確認です。これをふまえた上で、最近の入試問題と照らし合わせて考えてみたいと思います。
1 中学校の社会科は地理、歴史、公民の三分野に分かれていて、地理と歴史を学習した上で公民学習へとつながるという構造になっている。
2 社会科の学力試験は、三分野の学習の総合として判定される。入学試験の問題は地理、歴史、公民の三分野のバランスを考えてつくられ、極端にある分野から多く出題されるということはない。
3 入学試験の問題は、学習指導要領に基づいて、各社の教科書で記載している事象について出題される。
(『歴史教科書 何が問題か -徹底検証Q&A-』, pp.104-105)

3 地理、歴史、公民の三分野を融合した問題に「つくる会」の教科書では無理!
 
扶桑社は歴史と公民の教科書しか出していないために地理との関連がありません。仮に、他の会社の地理教科書とセットにしようと思っても、扶桑社版はあまりに他社のものと違うために、相互の関連をつけることは極めてむずかしいと思います。教科書を手にした子どもたちは混乱し、三分野を関連づけた問題に対して対応できないでしょう。
つくる会」の教科書は、劇画調の描写、饒舌な主張がたびたび出てきて、最後には執筆者たちの考えに基づく結論が述べられています。しかし、そもそも教科書は結論をおしつけるものではありません。結論を言ってしまったら、学習活動を通じて、子どもたちが考えることができなくなります。だから、教科書には執筆者が言いたいことを押しつけるように書くのではなく、子どもたちが自ら考えられるようなきっかけを作る書き方をする必要があるのです。ですから、「つくる会」の教科書は、自分で考えない子どもを作ろうとしていると言わざるをえません。
(pp.108-109)

『歴史教科書 何が問題か』は,かつて,柔道(以下略)で直接的に,書き(以下略)で間接的に,取り上げています.
最近,教科書採択でネット新聞記事が賑わっていますが,wikipedia:自由社を経由してwikipedia:新しい歴史教科書をつくる会を見ると,最新版(2011年3月検定合格版)でも,地理の教科書がないことが見てとれます.
 
ここで想起するものがあります.いわゆるかけ算の順序論争です.その典型として,

「1あたり量×いくら分」でも「いくら分×1あたり量」でもどっちでもいい
(『かけ算には順序があるのか (岩波科学ライブラリー)』, p.39)

しかし,小学校の先生(の一部)が,かけ算の式には「1つ分の数×いくつ分」という,数学的にも算数的にも正しい順序がある,と子どもたちに教え,自らもそのように信じているとしたら,それは,改めるべき間違いです.
(p.47)

といった主張が挙げられます.
上記の「正しい順序」について,学習指導要領とその解説,そしていくつかの本を合わせ読んだ上での,個人的な理解は,次のとおりです.すなわち,「2×1」と「1×2」は,計算して結果(積)を求めるのであれば,それらは等しいのですが,ある場面において「2×1」と「1×2」が何を表すか(式の意味,もしくは演算の意味)は異なります*1.なので,一つ分の大きさといくつ分が設定された出題では,一方がマル,もう一方がバツとなります*2.ある人々は,この状況を「正しい順序…改めるべき間違い」ととらえています.
さらに情報を収集すると,高学年になっても,「「1あたり量×いくら分」でも「いくら分×1あたり量」でもどっちでもいい」といった考え方を採っていないことを知ることができます.
式を挙げると,「1.2×4」の指導は4年,「4×1.2」の指導は5年,「\frac{2}{3}×2」の指導は5年,「2×\frac{2}{3}」の指導は6年です.それぞれの「指導」は,単に計算できるようになるのではなく,どのような場面で,その種類の式を書くことになるか(これも,式の意味)を押さえた上で,計算方法を学び,他の値や場面設定でも解けるよう,理解を深めます.意味理解や計算の習熟に当たっては,これまで学習してきたことと,共通点・相違点を確認していくことになります.「その結果,教師が,子どもたちに予め問題の解き方を示さなくとも,子どもたちが前時までに学習した事柄をうまく使えば,一見これまでと異なるような問題も,彼らなりの方法で説くことができるように仕組まれている」(http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20110724/1311452738より孫引き)のです.
ところで,一方が小数,一方が整数の積においては,「4×1.2=1.2×4」といった交換法則の適用,もしくはここに「「1あたり量×いくら分」でも「いくら分×1あたり量」でもどっちでもいい」の考え方を取り入れて,その場面設定(文章題)においては,立式・計算できそうです.小数×整数は,累加によって計算することにします.
そうすると次に関門になるのは,例えば「4.1×1.2」といった,小数どうしの乗法です.こうなるともう,「どっちでもいい」も交換法則も使いようがなく,計算にあたっては,他の決まりや性質*3を持ってくるしかありません.
と書きましたが,実際の小学校算数の教育では,「一方が小数,一方が整数の積を学習してから,小数どうしの積を学習する」ではなく,「小数×整数を学習してから,整数×小数や小数×小数を学習する」となっています.このように,いつ(何年で),それまで学んだどんなことに基づき,そこで何を学ぶか,そして学んだことが今後どのように(上の学年だけでなく,日常生活において)活用できるかまでを考えて,実施されているのが,学校教育であり,その基礎となるのが,教科書や学習指導要領です.
もちろん,教科書や学習指導要領,また教え方は,変わることがあります.実際,小数×整数と整数×小数を異なる学年で学習するとしたのは,小学校算数については平成21年度先行実施の,現行の学習指導要領になってからで,それまでは「整数×整数」と,「小数×整数」「整数×小数」「小数×小数」で分かれていました.
主にネットで,かけ算の式に順序があるという指導,一方をマルもう一方をバツとする出題はけしからんという主張を見かけます.その主張を目にする限り,どれも,小学校の算数教育の背景や変遷,また学年間の結びつきを踏まえていない,一点突破型の貧弱な発想*4に見えます.中学の社会に関して冒頭で引用した言葉を使うなら,変なところで饒舌で,バランスを欠いた,教育の方向付けのように思えてなりません.さらに困ったことに,その主張に基づく,教科書案どころか指導案さえも見当たらず,学校現場での適用が可能なのか,検討をするのも容易ではありません.

*1:山本良和: 式の読解から演算の意味理解の導入を図る -第6学年「分数のかけ算」-, 算数授業研究 76 論究1 なぜ、「問題解決」を重視するのか, p.62.

*2:トランプ配りが気になった方は,乗法宝探し,交換法則が思い浮かんだ方は,その後「×」から学んだことに載せている画像を,ご覧ください.当雑記が信頼できないなら,『板書で見る全単元・全時間の授業のすべて 小学校算数2年〈下〉』のかけ算のところもどうぞ.

*3:『かけ算には順序があるのか』を読み終えて,検索エンジンか何かで当エントリにたどり着いた方へ:どんな数学的性質か,思いつきますか? そしてそれを小学生にどのように教えるといいか,想像できますか?

*4:ブログの記事で,この発想に基づいているかを知る,手軽な方法があります.「出題」を提示したのち自説を展開し,無批判にアレとかアレとかをリンクしていたら,だいたい当たりです.どんな前後関係で「出題」されているのか,自分が教える立場なら何を使ってどう進めるのか(あくまで個人的意見であることも含めて)を提案することが,もっと普及してほしいものですが…関連文献などのチェックって面倒なので,マジョリティにはならないでしょうね.