わさっきhb

大学(教育研究)とか ,親馬鹿とか,和歌山とか,とか,とか.

電話で問い合わること

きりぬき(要点にかえて)

  • 事例1:「俺理論」への理解を文科省に求めようとしている
  • 事例2:「3時間」は1あたり量ではないという前提で,「3km/(km/時)」は量としてはそれと等価,だけど量の分類においては1あたり量になるというのは,どういうことなのか
  • 事例3:その範囲内で誠実に答えられたのかな

事例1

しかし文科省は,「かけ算の式の正しい順序を指導せよ」とは,現在は公式文書では明示していません.mixiの「算数「かけ算の順序」を考える」コミュの管理人の積分定数さんが,文科省に電話で問い合わせた際も,「文科省としては,かけ算の式には順序があるという指導をしていないし,順序はどちらでもいいという指導もしていない」という回答だったと,報告しています.
(『かけ算には順序があるのか (岩波科学ライブラリー)』, p.2)

これを読んだ際の印象は次のとおり.

その情報を断片的に見ている限りですが,その行為には信頼性が欠けています.
理由は3つありまして,

  • 電話をする側は十分に準備できるのに対し,受ける側は,そうではありません.
  • 電話を通じて,十分な意思疎通ができたのかどうか,疑問があります.というのも,「かけ算の順序」という表現で,その意図が相手(文部科学省の人,数学教育の専門家,算数を専門とする小学校の先生ほか)に通じるだろうか,ということに対する想像・配慮が見られないのです.
  • 電話をかけた側にとって都合のいい情報・解釈だけを結果として公開している可能性が,拭いきれません.
『かけ算には順序があるのか』を読んだ

これは少し内容を削って,小話集の「7. 小学校では√2を教えないの?」の解説にも入れています.
電話をかけられた時点,そして『かけ算には順序があるのか』が十分に出回っている,現在においても,「かけ算の式の正しい順序」「かけ算の順序」「かけ算の式には順序がある」といった表現で,文科省の中の人にどれだけ理解されているのか,想像がつきません.
かけた側は,それらの言葉について十分に説明をして,了解を得たという感触があるのかもしれません.しかしその「了解」が,十分な理解の上でなのかは,やっぱり見えてきません.受けた側は,ある程度聞いたところで,現在の小学校の算数の教育・指導を踏まえていないことが分かり,あとは言質を取られないよう,「〜していないし,〜もしていない」という回答にとどめた,という可能性も,考えられます.*1
上の段落の「踏まえていない」は,「小学校の算数の教育・指導」に反する,というよりは,「小学校の算数の教育・指導」が過去そして現在どのようになされているかについて,理解しないまま,どうやら「俺理論」への理解を文科省に求めようとしている,とお考えください.
コミュ内で,「かけ算の順序」という言葉が,教育学者らの間,そして学校現場でどのくらい周知されどのように理解されているかについて,調査・検討がなされたのか,不明ですし,それが公表されていないのが,私自身,そのコミュに入る気の起こらない理由の一つとなっています.
当雑記でこれまで書いてきた,「かけ算の(式の)順序」の代替表現は,「被乗数と乗数の区別」です.この言葉も《算数解説》には出現しませんが,区別のなされている例は文書内に多数ありますし,書籍や論文まで手を広げれば,容易に見つけることができます*2文科省に電話をかけて,しかるべき方につないでもらい,「現在,小学校で,被乗数と乗数の区別をした指導がなされていると聞いたのですが,本当でしょうか.というのも(ミカンの問題を言う)」と質問をするのは,馬鹿げています.

事例2

「速さ×時間」は,「単位時間あたりの道のり×時間数」ですから,「1あたり量×いくら分」の順序になっています.これを逆にして,時間の方を1あたり量,速さの方をいくら分と解釈することは不可能のように思えます.
ところが,これが,可能であることを示したのが積分定数さんです.文科省国立教育政策研究所の担当者と電話で,かけ算はどちらの数値も1あたり量とすることができるから,かけ算の式で順序をいうのは無意味ではないか,というやりとりをしたときに,担当者が,時速4kmで3時間歩くときは1あたり量の数値は時速4kmの4になる,と言ったことに対し,「3km/(km/時)×4km/時」と考えれば,3も1あたり量の数値となる,としたのでした.つまり,
3km/(km/時)×4km/時
という式を,「時速1kmあたりで3km歩く道のり(1あたり量)の時速4km分(いくら分)」と解釈するのです.目からうろこの発想で,秀逸な単位の表記法だと思います.
(『かけ算には順序があるのか』, p.43)

この件は,これまで何度か取り上げています.

この事例も,電話を通じて,十分な意思疎通ができたのかどうか,よく分かりません.
理解をするためには,次の2点が必要に思えます.

  • 「1あたり量×いくら分」は,「n1[d1/d2]×n2[d2]=n1n2[d1]」で表される.
  • 「3km/(km/時)」と表記できる量が存在し,これは「3時間」と等価な,1あたり量である.

こうして文字にすれば容易に確認できるように,「3時間」は1あたり量ではないという前提で,「3km/(km/時)」は量としてはそれと等価,だけど量の分類においては1あたり量になるというのは,どういうことなのかを,よく検討しないといけません.電話を介して,理解を求めるのは,無理というもので,適切な指導者を見つけて指導を仰ぎ,学術的な文章に取りまとめるか,それが困難なら例えば,何十枚かのPowerPointスライドを作ってSlideShareにでも公表するなど,コストをかけてその意義を見直す価値があるように思っています.
「電話」についての検討はここまでですが,もう少し,思うことを書いておきます.
そもそもまず,「3km/(km/時)」と表記できる量が,どのような量の体系において,認められるのでしょうか.『量の世界―構造主義的分析 (1975年) (教育文庫〈8〉)』で,関係しそうなところを読み直したものの,見つかりませんでした.逆内包量とは別物ですし.
そして,銀林氏の著書,またはどなたかの構築による,量の体系において,「3km/(km/時)」と表記できる量が認められたとき,次に,小学校の算数においてそれをどのように使えばよいかが課題となります.そもそも現状において,「1あたり量」という概念や,パー書きによる量の表現,またパー書きに限らず単位を含む数量を式の中に書くことが,公式なものではありませんので,そのあたりの改革も求められそうです.「かけ算の順序がおかしいと分かってほしい」というのであれば,1年から6年までの学習内容を見直して,どこをどのように変えることになるのかの指摘*3を待ちたいものです.

事例3

■ 某国立大学教育学部数学教育専門の先生   電話での問い合わせ

 私の母校とはいえ、私は理学部だったので教育学部には全く縁がなかった。突然、教育学部に電話して数学教育の専門の先生を紹介してもらえるのか不安だったが、割とすんなり話を聞くことが出来た。

◆「4人に蜜柑を3個ずつ」で、4×3にした場合、 ○にする、△(減点?)にする、×にする、それぞれの教師の比率はほぼ1/3ぐらいだと思う。昔からこういう教え方はなされていたし、それほど拘らない教師もいた。特に、最近増えたとか減ったとかいうのはないと思う。

算数・数学教育の専門家に話を聞いた 算数「かけ算の順序」を中心に数学教育を考える/ウェブリブログ

これは本には書かれていない,ブログの記事からです.なお,過去にマルバツを判断するのは誰?で取り上げています.
ところで,2000年に入ってからの学力テストで,2年生までの学習内容を問う際,被乗数と乗数の区別に基づき正しい立式ができているかを見る問題がいくつか見られます.出題例から学ぶ,乗法の意味理解で「学力テスト」を検索すれば,知ることができます.ここでいう学力テストは,1つの校内にとどまるものではなく,自治体が実施するものや,研究所などがオーガナイズしてある地域または全国で実施するものを指します*4.児童本人が理解度を確認するというよりは,学級や学校,また地域や調査対象全体において,学習内容の定着の実態を把握し今後に反映させるものであり,外在的評価に位置付けられます.
もちろん,単に出題するだけでなく,問題づくりにコストや多くの人の目が入っているわけですし,公表に際しては,出題意図や,指導にどのように生かしてほしいかのアドバイスも添えられています.『小学校算数 これでバッチリ!計算指導 (指導のこつシリーズ)』は,2005年実施の学力テストに対する,今年出た解説書です.その調査では,単に「これまで学んだこと」を問うだけでなく,未習内容も出題に入っています.「6つのはこに、ケーキが8こずつはいっています。ケーキはぜんぶでなんこあるでしょう。」(p.72, p.123)はそれに該当しませんが,6×9をもとに6×10の答えを求めるのが該当します.
上の「某国立大学教育学部の数学教育専門の先生」は,そういった学力テストの出題事例に対して,アンテナを張られていなかったのでしょうか.さらに言うと,そういった問題・解説づくりに---出題内容や実施関係者の,公表・非公表の別に注意しつつ---“噛んで”いなかったのでしょうか.
もしこの2つの質問に対してノーすなわち「していない」のなら,問い合わせる人として適切だったのかを,見直すべきように感じます.
私の推測は,少なくとも出題事例は把握されていて,「学校現場での指導」に絞った質問を受けたので,その範囲内で誠実に答えられたのかなといったところです.

まとめにかえて

  • 電話は,情報を得たり相手に働きかけたりする手段の一つです.一つです.
  • The art of getting help 助けの求め方は,文字ベースだけでなく会話ベースの,コミュニケーションを通じた問題解決にも有用です.
  • 「実際に『ありがとう』と書いた紙を貼ったら,綺麗な結晶が,『ばかやろう』だと汚い結晶ができたんだ.やってみない者に何が分かる」*5という主張を,しないようにしましょう.

(同月24日:細部をいくつか修正しました.)

*1:私自身の行動を例に挙げるのも恐縮ですが,仕事場において,何か相談事があり,その場で判断してはいけないと感づいたときには,いったん話を止め,書籍や過去のメールをチェックしたり,より情報を知っている人に問い合わせたりします.かつて広報関係の学内委員をしていて,本部の広報係の方は神経つかいまくって大変だなあと思ったこともあります.

*2:http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20110801/1312149042

*3:数学教育協議会は,それをやっていて,書籍を通じて読み取れます.

*4:2007年から悉皆調査として実施された全国学力テストは,対象が小学校6年と中学校3年なので,「被乗数と乗数の区別に基づき正しい立式ができているかを見る問題」ではなく,学年に応じた出題がなされています.平成19年度の算数Aの大問4,「210×0.6の式で求められる問題」に対して正答できるようになることが,乗法・除法の指導で到達すべきポイントの一つと思われます.

*5:関連:wikipedia:水からの伝言『かけ算には順序があるのか』を読んだ-順序にこだわった指導が有効であるというデータを出せ