Twitterの自分の発言量には,波があります.先週は,Tweenで,研究室配属や家庭のことをかなり発言しましたが,そうでないときのtweetは,当雑記の追加や修正,それとはてなブックマーク(はてブ)です.
はてブではまず,タグを決め,本文内で印象に残るフレーズがあれば『』の中に入れ,そしてごくたまに論評を加えています.はてブしたら自動的にtweetするよう,設定しています.
先日*1から,「かけ算の順序」というタグを使い始めました.これは,「かけ算(掛け算,乗算,乗法,積)」と「順序(順番)」が出現する情報に対してつけます.従来の「5×3」のタグも使用していく予定で,これは,被乗数と乗数の区別に配慮し,乗法の意味理解を促す教育・指導に対してつけます.なお,当雑記のエントリに与えるカテゴリー名については,今後も,「[5×3]」のみとする予定です.
こっからが本題です.ひとつ,文献を読み直しました.
- 小原豊: 小学校児童による有理数の乗法における乗数効果の分析, 鳴門教育大学研究紀要, Vol.22, pp.206-215 (2007). http://ci.nii.ac.jp/naid/110006184927
著者はJ-GLOBALによると,筑波大学で学位をとって,現在は立命館大学にお勤めとのこと.「日本数学教育学会 数学教育編集部幹事」ともあります.
「読み直しました」には経緯があります.もともと,出題例から学ぶ,乗法の意味理解 コメントで教えていただいたものです.最初に読んだときには,まあそういう調査事例ですねといった程度の印象でした.当時は《BA型》に関心が向いていたからかもしれません.
なのですが,「論文から学ぶ乗法理解(仮称)」というエントリを作ろうと思い立ち,ダウンロードして保存してあったPDFファイルを見ていったところ,これは今,取り上げる価値のある内容だと思ったのでした.
題目にある「乗数効果」は,見慣れませんし,手元の辞書にも見つかりません.本文が終わり「参考引用文献」の直前,「注記」の最初に書かれています.
1) “乗数効果”とは「被乗数として用いられる数のタイプは演算としての乗法を知覚する上での困難性に対して効果なく,乗数として用いられている数のタイプが重要となる」というもので,1より大きい数では整数よりも幾らか困難なだけであるが,1より小さい数は非常に困難であるという傾向である。文章問題においても計算問題においても共に乗数効果の存在が指摘されている(Greer,1990,1992)。
(pp.212-213)
「タイプ」は,ここでは整数(I),帯小数(D),純小数(d)の3つです.帯小数は1を超える小数(整数にならないもの),純小数は0より大きく1より小さい小数です.分数の場合は真分数・仮分数・帯分数と教わりましたが,小数も分類できるわけですね*2.
1より小さいときの話は,トランプ配りを含む遠山啓の記事にありました.かけ算をどのように意味づけるか,pp.116-117の引用のあたりです.
さてこの論文で,何をしたのか…「1. はじめに」から抜き出します.
本研究の目的は,小学校児童における乗数効果の存在の有無を確認し,もし乗数効果が存在する場合にはその原因を明らかにすることを通して,克服に向けての示唆を得ることである。この目的に対して,小学校第4,5,6学年の児童を対象にした質問紙調査を実施する。
(p.206)
どんな質問を与えたのかは,p.207で全てが読めます.問題数が多いのですが,出題方針は,その直後や,分析を読んでいけば,まあそういうことかとなります.
設問よりも,被乗数と乗数の区別(もしくは,かけ算の順序)への対応に,目を引くものがありました.2箇所,取り出します.
課題1の作成は,(略)9通りの類型(略)が考えられる。これらの型を,値段や重さなど〈乗数と被乗数が区別される文脈〉と,面積などの〈乗数と被乗数を区別しない文脈〉の2通りで問題化し,計18通りの問題を設定した。以下では,グリアの語用を借りて,前者を“非対称問題”後者を“対称問題”と呼称する。
(p.207)
2) 正答者ではなく通過者としたのは乗数と被乗数を交換する児童や,乗数が帯小数と純小数の場合に,例えば×1.2を×12÷10と計算の工夫によって立式する若干名の児童を集計上除外したからである。
(p.213)
課題1の最初の問題,「さとう1kgの値段は600円です。3.4kgの値段はいくらですか。」に対して,「3.4×600」と書いたら除外ということです.まあ「若干名」ということですし,非対称問題の9問(丸囲み数字が奇数の出題)に《BA型》は見られませんので,ここに目くじらを立てるべきではないのでしょう.
解答者(児童)が乗法の交換法則を利用しようとするのは,他の出題でも現れます.問題は
課題2 たかし君は次のような計算をしました。
3×0.8=2.4 計算をしてから,たかし君は考えました。
「かけ算なのに,答えがもとの3よりも小さくなっちゃった。何か変な感じだなあ」
さて君なら,たかし君に何ていってあげますか? くわしく書いて下さい。
(p.207)
で,解答類型は
次に,課題2における各学年の〈×純小数の理由づけ〉について,「乗数が1より小さいときに積は被乗数より小さくなる(0.8は1より小さいから)」という説明をI,「答えはいつも被乗数より大きいとは限らない(反例の提示等)」という説明をII,小数点の付け方など計算手続きを説明する場合をIII,被乗数と乗数を交換して(0.8×3にして)説明する場合をIV,その他としてとにかく計算せよと意味追究を放棄・断念する場合をVとして類別してグラフに表わしたのが図3である。
(p.209)
としており,図3で学年ごとの違いを知ることができます.
論文の趣旨ではないのでしょうが,IVはさらに細分化できそうです.3×0.8=0.8×3=0.8+0.8+0.8=2.4までは共通で,ここから,「こう計算するので,もとの3より小さくなる」というのと,「2.4は0.8よりも大きいからこれでいい(0.8×3と見れば,答えはかけられる数の0.8よりも大きくなっている)」という説明の仕方に分かれます.
課題3は各選択肢がまぎらわしく,小学生は識別するのに苦労しただろうなあと思います.
論文の主要な成果の一つ,そして「被乗数と乗数の区別(もしくは,かけ算の順序)」の観点で見るべきことは,論文の中ほど,次の段落にあります.
学年別にみた場合,特に第4学年における対称問題の通過率が低いことと併せて,各問とも学年の上昇に伴い通過率の向上が指摘できる。また問題別にみた場合,×整数に対して,×帯小数,×純小数では通過率が明らかに下降している。しかし,非対称問題では同様な傾向は確認できない。上述の検定結果と併せて,特に第4,第5学年において明らかな乗数効果を確認することができる。
(p.209)
「第4学年における対称問題の通過率が低い」のは,「第4学年では小数の乗法は学年的に,面積は時期的に未習であったが,第5,第6学年との比較を意図してあえて出題した」(p.207)とあるので,想定内だったと思われます.それでも30%程度の通過率になったのは,学校外で面積を学習している可能性もありますし,「かければいい」と考えた子もいたのでしょう.項目応答理論における当て推量パラメータを連想しました.
結論としては,「質問紙調査により,乗数効果の存在を確認した」「乗数効果の見られる児童は,乗数と被乗数の関係に目が行ってしまいがち」「0または1をかけたときの積(の性質の学習)は,乗数効果の抑止にならない」といったところ.
それと,9月5日の最後のところを一部書き換えまして…
「かけ算ではかける順序はどちらでもいい」という主張に基づき,課題設定,国内外の関連研究,設問を含む実験方法,実験協力者(学校,教室)の選定,解答例の整理,統計処理,(結果を踏まえた)考察・展望に渡って,この論文に肩を並べるような研究成果を,誰がいつどのようにしてパブリッシュできるのでしょうか?
静観したいと思います.
翌日加筆訂正しました.
*1:http://twitter.com/takehikom/status/119511460736024576
*2:『算数教育指導用語辞典』によると,純小数は「0.2,0.07のように,整数部分が空位になっている」(p.171),真分数は「分子が分母より小さい分数」(p.273)とされています.