かけ算の式に表すまでの考え方に焦点を当て*1,いくつか名前をつけてみます.
- 被乗数と乗数が区別され,反対にして書くと,式の意味が異なるようなかけ算を,「倍の乗法」と呼びます.
- 被乗数と乗数の区別は本質的ではなく,反対にして書いても,その対象あるいは場面を表していると解釈できるようなかけ算を,「積の乗法」と呼びます.
- 「倍の乗法」に基づいて,乗法を意味づけるべきだという考え方を,「倍指向」と呼びます.
- 「積の乗法」に基づいて,乗法を意味づけるべきだという考え方を,「積指向」と呼びます.
このとき,次の性質が成り立ちそうです*2.
- 倍指向で,倍の乗法の問題を解くとき,かけ算の式は1通りです.
- 倍指向で,積の乗法の問題を解くとき,かけ算の式は2通りです.
- 積指向で,積の乗法の問題を解くとき,かけ算の式は2通りです.
- 積指向で,倍の乗法の問題を解くとき,かけ算の式は2通りです.
「積指向で,倍の乗法の問題」の実例が,遠山の1972年の記事に含まれています.
これが,もし,つぎのような問題だったら,どうだろう.「教室の机は1列に6つずつ4列ならんでいます.机はみんなでいくつありますか」という問題では,4×6でも,6×4でもいいとせざるをえないだろう.
(『遠山啓著作集数学教育論シリーズ 5 量とはなにか 1 (1978年)』p.116)
ここを読んだときの最初の私の反応はこう.
この問題に4×6と立式する人は,ずいぶんひねくれている上に,問題文から,何が「1つ分の大きさ」で,何が「いくつ分」になるかが読み取れなかったと判断せざるを得ません.
2冊
そもそもこの問題を,かけ算の文章題のひとつとして児童が解いたら,6×4が圧倒的になるのではないでしょうか.その中には,何が「1つ分の大きさ」で,何が「いくつ分」になるかをきちんとチェックした上で立式する子もいれば,かけ算で計算できる問題だと認識し,問題文に現れる数字のうち6と4を順に取り出して,6×4とする子もいます.
これを類題として示すのでは,何が課題(issue)になっているかが分かっていないのかと思わざるを得ません.(略)
「倍指向」「積指向」を踏まえて読み直せば,遠山の書いた意図が理解できました.そこで書いている,机の数を求める問題に対して
□□□□ □□□□ □□□□ □□□□ □□□□ □□□□
をイメージ(もしくは,必要ならノートや黒板に図示)するのです.この図において,□の数を求める式は,「4×6でも,6×4でもいい」ということです.
「倍指向」だと違います.上の図を,列ごとにそれぞれ囲います.テキストベースで頑張ってみるなら,こんな感じです.
|□|□|□|□| |□|□|□|□| |□|□|□|□| |□|□|□|□| |□|□|□|□| |□|□|□|□| 1 2 3 4 れ れ れ れ つ つ つ つ め め め め
一つ分の大きさは6,幾つ分は4.これは問題文と合致します.ということで6×4という式を書きます.
「トランプ配り」も,倍の乗法の出題に対して,積の乗法が使えるように変換し,そして式で表すという流れになっています.その意味というかプロセスによって,倍の乗法で期待されるかけ算の式から被乗数と乗数を入れ替えた式も,その場面を表す式になるのだ,という主張が見えてきます.
「かけ算ではかける順序はどちらでもいい」という主張は,積指向と親和性があるように思えます.
とはいえ,小学校学習指導要領解説 算数編(《算数解説》)をはじめ,いろいろな文書を読めば容易に確認できるように,小学校の算数は,倍指向に基づいています.skip countingも,アレイ図のドットの勘定*3も,長方形の公式を導くのも,倍指向です.
念のためデカルト積の事例や出題のことを書いておきますと,「具体的な事柄について,起こり得る場合を順序よく整理して調べることができるようにする」(《算数解説》p.211)「指導に当たっては,結果として何通りの場合があるかを明らかにすることよりも,整理して考える過程に重点をおき,具体的な事実に即して,図,表などを用いて表すなどの工夫をしながら,落ちや重なりがないように,順序よく調べていこうとする態度を育てるよう配慮する必要がある」(同p.212)と記されています.簡単に言うと,場合の数の積の法則(を指導すること)は,小学校の算数教育の範囲外です.