わさっきhb

大学(教育研究)とか ,親馬鹿とか,和歌山とか,とか,とか.

日本数学教育学会による,乗法の意味づけ

冒頭の本の残念な点は,数学教育について研究したり実践したりしている団体として,数学教育協議会(数教協)しかその名前を出していない点です.
ざっと調べた限り,以下の団体が全国レベルで活動し,研究会や書籍などを通じて影響力を持っているものと思われます.なお,順番には意味がありません.

(以下略)

『かけ順』読了

本を取り寄せました.

数学教育学研究ハンドブック

数学教育学研究ハンドブック

かけ算の話は,「第3章 教材論 §2 演算の意味・手続き」(pp.73-82)にまとめられています.
引用文献・参考文献は84個.本全体ではなく,上記セクションでこの数です.銀林浩氏も,『日本数学教育学会誌』に寄稿しています.
ところでその文献リストを見ていると,『日本数学教育学会誌』と『日本数学教育会誌』が混在しています.とはいえ学会としては同一で,http://www.sme.or.jp/info/060524.htmlによると,1970年の途中までは学会名・会誌名ともに「学」なし,その後は「学」ありとのこと.細かいことですが,銀林氏の文献は1962年なのに「学」ありなのは,何かあったのでしょうか.
本文中に「向山(1980)」という記載があるので,TOSSの人かと思い,文献情報を見てみると,著者は向山宣義氏*1.別人でした.


本文ですが,やはり関心があるのは乗法の意味です.小項目「(1) 乗法・除法の意味づけ」の出だしは

演算の意味(演算決定)についての議論は,様々な立場から提案がされている。
特に,乗法の意味には,「同数累加」,「量×量」,「基準量×割合」の3つの立場がある。
(p.73)

となっています.少し飛ばして,「積」に関して個人的に気になる記述があります.

中原(1961)は,分数の乗除は,量×量,量÷量とて,量の関係として扱うべきであると主張し,乗法を累加で定義して,後に倍概念に拡張する立場を批判している。加法と乗法は本来性質の違う演算として導入すべきであると主張する。乗法は2つの量の「積(product)」として捉え,「倍(multiple)」ではないとしている。この立場から乗法を次の3つの概念で分類している。
(1) 2m×3=6m
(2) 2m×3m=6m^2
(3) 2m/秒×3秒=6m
(1)は「倍」で,2つの量の比較する場合に生まれる概念であり,拡張によって小数倍,分数倍へと発展する。(2)と(3)は「積」であり,(2)は「外延量×外延量」で面積のような二元的な量,(3)は「内包量×外延量」で速さなどである。この「積」の概念が乗法演算の本質であるとしている。(略)
(p.73)

その後,この意味づけと水道方式の結びつきが書かれており,前述の銀林論文も引用(cite)されています.
3つの式のうち,(3)を積に分類しているのは,立ち止まって見直したいところです.[Greer 1992]では,乗法が使いられる場面のうちRateの中で,速さを用いたかけ算の文章題が見られます.これは等分除と包含除の問題を別個に考えることができる点で,面積と異なるといえ,当雑記の言葉を使うと「倍の乗法」に属します.
また,一つの考え方として,「速さ×時間=道のり」の時間要素を倍率とみなすことができます.3行5列に並んだ机の台数を求める際に,各列の3台を「一つ分の大きさ」とし,5を「列の数」ではなく「幾つ分」とすることで,3×5=15という式が得られるのと同様に,時速3kmで5時間歩くと何kmになるかを求める際,3kmを「一つ分の大きさ」,5を時間ではなく「幾つ分」に割り当てれば,同じ式になります*2.もちろん,速さを学習する際には,被乗数や乗数を小数・分数としたかけ算をすでに学習しているので,3も5もたまたま整数だっただけであり,(時速)3(km)を「基準にする大きさ」,5(時間)を「割合」とすることになるでしょう.それに対して,「はじき」*3は積指向の血を引いているように思います.
とはいうものの,上記の積の概念はその段落だけで,あとはいくつかの文献---その中には,論説だけでなく実態調査の報告も含まれています---を経て,その小項目の結論へと向かいます.

これらの研究成果から,乗法・除法の意味づけにおいては,数学的な考え方の育成を目指す立場からは,割合による意味づけに教育的な価値がある。これは,整数は同数累加で導入し,乗数が小数になった段階で同数累加では意味づけられなくなる。そこで,被乗数,乗数の意味を(基準量)×(割合)と拡張し,これまでの整数の場合と同様に用いることができるようにすることである。数学的な考え方を育成するためには,意味の拡張は重要な指導の場となってくる。
この意味づけにおける課題は,児童の実態として,割合を捉えることの難しさが挙げられる。整数の乗法・除法を扱う中で割合の見方をどの学習でどのような方法で導入するかを明確にする必要がある。また,整数÷整数の包含除の場面で整数倍,小数倍を扱う指導と割合との関連を,より一層カリキュラムの上で明らかにする必要がある。
一方,意味の拡張を意図しない立場では,乗法の意味づけは,(内包量)×(外延量)になる。乗数を外延量とすることで,整数でも小数でも意味づけは変わらないことになる。
この意味づけの課題は,乗法の導入段階で内包量の見方を児童ができるかということである。例えば,みかんが3こある場面で,これを3こ/皿という内包量として見るのは児童にとって難しいことである。また,数学的な考え方と関わった意味の拡張などの見方をどのように扱うかを明らかにする必要がある。
(pp.74-75)

wikipedia:通説」に見られる概念・用語を使用していいなら,倍指向・同数累加・乗数の意味の拡張による乗法の意味づけが通説であり,積指向・内包量×外延量によるそれは有力説であると判断できます.


あとは手短に.

  • よく「交換法則を学習すれば(学習しなくてもそれを根拠として),かけ算の順序はどちらでもよい」という主張を目にします*4.これについては,「小学校算数科における演算の意味と計算手続きに関する」(p.73)として,演算の意味すなわち「立式」と計算手続きすなわち「計算」に分け,乗法の交換法則は計算手続きの中で言及しています(p.79).
  • エビデンスを求める意向*5に関連して,量的研究方法の紹介と批判がpp.9-11にあります.他のセクションよりも,海外文献の引用が多くみられます.結論としては,「「科学的な」実験心理学の研究方法だけでは数学教育研究には限界がある」(p.11)ということです.
  • 学習指導要領の改訂に対する本書の考え方は,はしがきのp.iiに記載があります.また「算数的活動・数学的活動」のセクションもあります(第4章 学習指導論の§9,pp.261-271).
  • 外国と比較した,日本の教科書の特徴(p.387)は,これぞ日本の教育と思いを強くしました.字数(と自分の時間)の都合で抜き書きはできませんが*6,機会を見つけて取り上げたいと思います.

*1:http://sc.chat-shuffle.net/human/id:1696104, http://www.meijitosho.co.jp/search/?author=%8C%FC%8ER%81%40%90%E9%8B%60

*2:小学校での指導から離れますが,速さの概念を理解できれば,小学校2年生の子でも,この道のり計算ができることを示唆しています.99qgでは仕事算を取り入れていますが,道のり計算も追加しましょうかね.

*3:例えば,ハジキ方式はやめよう

*4:『かけ順』にちょうどいいのが見当たらなかったので,Webで調査…http://ameblo.jp/metameta7/entry-11042873341.html#cboxの「また学者の書いた算数教育の専門書でも、「計算では交換法則が成立していても、式の意味は違う」ということが書いてあるので驚きます」が該当します.

*5:http://ttchopper.blog.ocn.ne.jp/leviathan/2011/08/post_d371.html

*6:それでも少しだけ書くと,一つの問題に対して,複数の考え方が書かれている点です.無料で取得できる情報からだと,http://www.globaledresources.com/resources/assets/042309_Multiplication_v2.pdfのp.18下-p.19上にあります.