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先月出た論文,戦後の進展を知る図書

宮下論文

大学図書館の雑誌コーナーにあることに気づき,目を通しました.
日数教の雑誌としては,中学・高校の数学が対象と思われる「数学教育」と,これこそ論文という名前の「数学教育学論究」がありました.いずれも1冊1冊は薄手の冊子です.棚にあった「数学教育学論究」の最新は,今年5月20日発行のVol.94で,学位論文紹介3件と,研究論文1件でした.研究論文はぱらぱらとですが,参考文献もずいぶん多く,まさに文系の論文です.「再々々受理日」の記載があったのには,びっくりしましたが.
それで宮下論文ですが,受付日と決定日が書かれており,これも査読付論文になるようです.
内容は,現在はアクセスできない同氏のサイトで知り得た情報のうち,標題のことに特化して,論文にしたといったところです.「かけ算の順序」は見かけませんでした.
数として,自然数,分数,小数,ここでいったん区切って,整数,有理数,実数,複素数四元数八元数十六元数を検討の対象としており(p.10),このうち八元数十六元数は〈量をもたない数〉とのこと.
少し抜き書きをしました*1.まず〈数は量の抽象〉とはどういうことかというと:

この問題解法は,「数直線」「1と見る/1あたり量」「比の3用法」「形式不易の原理」を用いることを特徴とする。
(p.2)

現在の算数の教育に,なんというか,喧嘩を売っているような出だしです.
結論に近いところに,「数とは何か?」の答えを次の2点でまとめています(p.10.原文は箇条書きではなく地の文).

  • 「数」は形式のことばで定義するものにはならない
  • 「数とは何か?」の問いが,「量に対するところの数の意味は?」「数と量の関係は?」であるときは,〈数は量の比〉がこれの答えになる

最後のページを見たところ,この思想に基づく実践事例はなさそうで,「この課題は,課題として認識されるまでが長い行程になるのである」とも記されています.
参考文献は全て宮下氏によるものでした.うち3つは同誌(算数教育)の2008〜2009年のもの.残り2つはm-ac.jpのドメインが入っていましたので,かのサイトは著者が積極的に閉じたのではなく,設定ミスまたは契約期限切れとなったのでしょうか.
宮下教授や,Google サイトの主張を,世の中に---「かけ算の順序」論争を含め,算数・数学教育に関心のある人々のところに---広めようとするのなら,個人的には,高木・南雲・小島・田村の著書や論文*2が基礎にあるとしか思えないのですが,両氏ともそれらの文献を表に出していません.
まあ個人的には「倍指向」の活動の一つとして,そういう話の進め方もありますね程度に思うことにします.

中島著書

  • 中島健三: 算数・数学教育と数学的な考え方―その進展のための考察, 金子書房 (1981).

Amazonマーケットプレイスにあるのは,1万円前後.ちょっと手が出ません.
著者名は,乗法の意味理解や指導に関する論文や解説の中でよく目にしました.[今井1994]では,背景と調査項目のところで引用し元ネタとしています.16日で読んだセクションからも,知ることができます.
それで本の中身に入っていきますが,乗法については,第2章 第1節「4. 「かけ算の意味とその拡張」についての積極的な取扱い―戦後の進展―」(pp.75-82)で整理されています.
数学教育学研究ハンドブック』pp.74-75で記されている,「まず累加,そして意味を拡張」による乗法の意味づけは,今回見た本でもpp.78-79に記載があります.
子どもに回答させた,乗法の意味の実態調査(pp.79-80)は,http://ci.nii.ac.jp/naid/110003849500と思われます.
内容としてはずいぶんと倍指向なのですが,興味深い視点で,それを補強する記述があります.アレイ(Array)による定義の紹介と,その批判すなわち問題点の指摘が,pp.80-81に書かれています.アレイ図そしてデカルト積に基づく(なので積指向),乗法の意味づけは,数学教育の現代化運動と関連してとらえることができるのではないかという,新たな視点を得ました.
ページを戻りますが,「比の3用法」の発祥*3について,言及がありました.

これが,昭和33年の改訂で,小数,分数の乗法・除法が小学校に移されたが,その際,いわゆる「比の用法」(A×pは,比の第2用法)としてまとめられることになった(「比の用法」というのは,もともとアメリカのものに,百分率などの割合に関する乗法・除法の三つの場合をまとめる構想で用いられていたことばであったが,乗数が小数,分数の場合に,それを割合として考え,整数の場合から一貫性を図るねらいで,このときから,広く用いることにしたものである)。
(p.75)

「移された」について,昭和26年の中学校学習指導要領では「A×p(分数)」として割合の考え方が入っています.
もう一つ,様々な学習指導案や,近年の全国学力テストの出題*4でも見られる,「ことばの式」について,昭和35年の文部省による算数指導書で取り入れられたとのこと(p.75).「ことばの式」そのものは,加減算すなわち1年生から,知ったり使ったりできるわけですが,被乗数と乗数が何になるのかを理解しやすくするという点で,そこに書かれている意義をうかがい知ることができます.

*1:文献複写は,していません.

*2:今月7日のエントリで,各文献にリンクしています.

*3:http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20110728/1311798912

*4:今年度で言うと,平成23年度の解説資料について:国立教育政策研究所 National Institute for Educational Policy Researchから取得できる小学校算数のp.64,B問題の[4](2)の中に,「輸出した台数=国内生産台数×輸出した台数の割合」とあります.