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1968年の「被乗数×乗数」

「かけ算の順序の旗振り役」として昨日,2つのWeb文書を挙げましたが,16日に書いたのを少しアレンジして,「乗法の意味の拡張の旗振り役」と言うことのできる人物がいます.中島健三氏です.
一昨日,1981年に出された著書を紹介しましたが,そこでリンクした日数教の論説を入手し読みましたので,論文から学ぶ乗法理解のところで[中島1968a]として追加しました.
同じ年に同氏が同会誌で発表した[中島1968b],具体的には以下の文献の中にも,興味深い記述がありました.

  • 中島健三: 乗法の意味についての論争と問題点についての考察, 日本数学教育会誌, Vol.50, No.6, pp.74-77 (1968).

さっそく内容にいきます.最初の「ラパッポルト氏の提案」は,自分の最近の問題意識で言うと「積指向で意味づけをしても,子どもは累加(倍指向)で計算する」ということです.単位分数を介した,\frac{3}{4}\times\frac{5}{6}の累加表現は,4km/時×3時間=3km/(km/時)×4km/時などと変形するよりも,実用的なように思います.
「論争」として,あっと思ったのは,「\pi\times\sqrt{2}や(-3)(-4)を累加でどうする?」に対して,「直積でいけるの?」という切り返しのところ.例の出し方には,気をつけたいものです.
さて最も関心を持ったのは,この論文においては参考文献*1に書かれているいくつかの注釈です.書き出してみます.

4) 4×2は,英語ではfour times twoまたはfour twosなどという関係で,乗数と被乗数がわが国の場合と反対になっている.
8) 以下では,乗数,被乗数の順については,わが国の表記による.
9) (略)なお,註4)で,アメリカでは,乗数を先にかくとのべたが,最近では,わが国の場合のように,乗数をあとにかく方法(乗数をoperatorとしてみる場合に統一的にでき便利である)をかなり取り入れるくふうがされている.この場合,3×4は3 multiplied by 4などと呼んでいる.
(p.77)

まず,当雑記で過去に書いたのを見直すと,9月5日の雑報の中で「「日本と海外とで,乗法の式表現が逆になっている」のは,30年ほど前から認識されていて,算数教育に関心のある人の間では既知であったと考えられます」としたのですが,その認識を10年さかのぼることができる,すなわち[中島1968b]がどれくらいの人々に読まれていたかにもよりますが「40年ほど前から認識」とできそうです.
次に,この記述は,かけ算の順序はローカルルールだとする主張*2への反証となります.とはいえこの記述だけでは弱く,また日本式の書き方がアメリカに輸出されたわけではない点には注意が必要ですが,日本の算数の考え方・教え方を海外に伝える試みを,雑誌やブログ*3で読みながら,かけ算を起点に,日本の算数・数学指導の価値を世界的にアピールできるのではないかと思うようになりました.*4
ただし上の注釈,手放しには喜べません.まず英語による被乗数と乗数の位置については,『かけ算には順序があるのか (岩波科学ライブラリー)』p.30に,4×3=12に対して「しかし,日本にかけ算の式が入ってきた19世紀後半は,4 multiplied by 3 is 12という読み方の方が主流でした.×の前の数が"multiplicand",後の数が"multiplier"です」として,1世紀ほど前の解釈が記されています.
もう一つ,「operator」という用語に関して,『人文的数学のすすめ』p.50で「添加型の解釈というのは,加数や乗数をオペレーター(作用子)と考えるもので,aはオペランド(被作用項)だから(略)」とあります.授業でプログラミングを教える際,+や*が演算子(operator)で,その左右に書くのはオペランド(operand)*5と言っているのですが,2つのオペランドを対等とみなすのは,倍指向がより良いと考え書いている立場ながら,ここだけ積指向に近いのです.

*1:9項目あるうちの半分以上が,文献ではなく「注釈」になっています.まあこれは,会誌のフォーマットの都合なのでしょう.

*2:少々古くはかけバツ,また最近では算数教科書のかけ算の式の実例 | メタメタの日にも見られます.

*3:最近知ってはてブしたのは,一教師の呟き Multiplicacion

*4:7日に書いた,Wikipediaでリンクされている件も,その一翼を担うことになるでしょう.そういえば,あれを取り上げたときは,そのうち日本に戻る可能性がある子女が,英語で,日本の算数を勉強するための英訳教科書なのかと思って,そのことを書き忘れたのでした.

*5:オペランドという言葉を初めて知ったのは,大学の授業ではなく,Z80アセンブラを独習していたときでした.opecode(operation codeの略か?)の演算対象として,operandを指定します.関数呼び出しの引数のようなものです.