わさっきhb

大学(教育研究)とか ,親馬鹿とか,和歌山とか,とか,とか.

順序数どうしの足し算,アフィン空間,量再考

いきなりですが問題です.

クラスの こが 1れつに ならびました.
るいくんは せんとうから 5ばんめです.
あんぬさんは せんとうから 9ばんめです.
こたえが 「14ばんめ」に なるような もんだいと しきを つくって みましょう.

クラスの こが 1れつに ならびました.
るいくんは せんとうから 5ばんめです.
あんぬさんは せんとうから 9ばんめです.
こたえが 「7ばんめ」に なるような もんだいと しきを つくって みましょう.

足し算の話です.問題意識としては,「5番目+9番目=14番目,とするわけにはいかない」「じゃあ,(5番目+9番目)÷2=7番目,というのは許されるのか」といったところです.
「番目」の加法について,読み通せていなかった本から,糸口を得ることができました.『線型代数 (1976年) (現代数学への序章〈3 赤摂也,広瀬健編〉)』の第8章,「アフィン的概念」です.その序文は以下のとおり.

これまで考えてきた線型空間に加えて,アフィン空間という別の概念を導入しよう.簡単にいえば,線型空間が“ベクトル”の空間であるのに対して,アフィン空間は“点の”空間である.初等幾何における平面や空間はどちらかといえば点の空間であって,二点の差としてベクトルはあらわれる.また,適当な原点を設定することで,点は原点との差ベクトルにおきかえられる.量の問題でいえば,時刻,高度,電位は点,すなわちアフィン空間の元,時間,高度差=傾き,電圧は対応するベクトル,すなわち線型空間の元である.
(p.133)

時刻と時間,電位と電位差などを対照させ表にしたのは,遠山だったか銀林氏だったかの著書にあったと記憶していて,手元の本を探したものの,見つかりませんでした.
ともあれ,アフィン空間と線形空間・線形構造について,読み進めていきます.

(8.1.1) 原点に関する線形構造
アフィン空間Xにおいて,原点aを定めることで線形構造を与えることができる.双射θ_aでX'の線形構造をそのまま移すのである.すなわち
x+y=(x-a)+(y-a)+a
λx=λ(x-a)+a
とおく.点x, yをaを原点とする位置ベクトルにおきかえ計算した上で,点に戻すことになる.Xのこの線形構造に関して,双射θ_a : X→X'は同型である.
(略)
明らかに,この線形構造は原点aの選び方に依存する.ところで,アフィン空間とは“均質”な空間であって,原点として特別の資格,権利を持つ点は存在しないから,一般のアフィン空間では自然な(標準的な)線形構造は存在しないわけである.
(pp.134-135)

上記の「X'」は,原文ではXの上に右向き矢印をつけたもので,「Xに伴う(あるいは,附随する)線型空間」(p.133)とのこと.
原点を設けて引いたり足したり,というと,アドレス演算と時間演算を思い出します*1
しかしあのときは,「基点」となる時刻を「今日の0時」としました.ですが,作業開始時刻を基点とすることもできて,それでも,中間の時刻は変わらないはずです.
中間は平均のことだから,x+y=(x-a)+(y-a)+aの両辺を2で割って…訳がわかりません.
もう少し読めば,平均の取扱いがでてきました.

均一な,点の空間であるところのアフィン空間においては,特定の原点aに依存する線型計算は“アフィン空間における計算”とはいえない.ところが,原点の選び方に無関係な内在的な演算もある.
(8.2.1) アフィン結合(重心)
(略)
Σλ^i=1のときのΣλ^i x_iを(略)アフィン結合あるいは重心という.詳しくは,点x_iに重さλ^iを与えたときの重心である.重心はこのようにアフィン的概念である.とくに,λ^1=λ^2=…=λ^p=1/pの場合を考えると,これは平均で,平均はアフィン的概念ということになる(重心は荷重平均とも呼ばれる).
(pp.137-138)

「^」はその直後が原文では上付き,「_」は下付きです.「λ^i」は「ラムダのi乗」ではなく,もし自分が書き直すのなら,「λ_i」としたいところです.言い換えると,λ^1, λ^2, ..., λ^pは,それらの和が1になること以外に制約を持たない,x_1, x_2, ..., x_pの係数ということです.
平均は,アフィン結合である.アフィン結合は,原点の選び方に無関係に定まる.したがって,平均は,原点の選び方に無関係に定まる,と.すっきりしました.


ここいらへんで,冒頭の問題の,私なりの解答を示しておきましょう.
「7ばんめ」のほうは,(5+9)÷2=7という関係式を積極的に使いましょう.問題文としては

  • とむくんは,るいくんと あんぬさんの ちょうど ちゅうかんに います.とむくんは,せんとうから なんばんめに いるでしょうか.

で,式に関して除算を避けるなら,

  • 5+2=7 7+2=9

でしょうか.ここで7が,先頭を1としたときのとむくんの位置,2は,るいくんととむくん,とむくんとあんぬさんの距離です.
「14ばんめ」を答えにするには,また別の種類の,発想の転換が必要に思われます.問題文を

  • じょうじくんと ともだち あわせて 5にんが,れつの せんとうに ならび,それまで せんとうだった るいくんまでの 5にんは,そのまま あんぬさんの すぐ うしろに いどうしました.るいくんは,せんとうから なんばんめに いるでしょうか.

とすれば,式は1年生でも書けて

  • 9+5=14

です.
るいくん,あんぬさん,とむくん,じょうじくん,そしてクラスのみなさん,おつかれさまでした.名前の元ネタは,wikipedia:DQN森鴎外です.


線型代数』の第4章と第8章には,量の概念への言及が見られます.以下,引用します.

L(X;Y)の演算はYの演算から自然に導かれたものであることを思い出そう.二つの物質(たとえば酸素と窒素)がそれぞれ密度γ_1 gr/cm^3,γ_2 gr/cm^3 で均等に(まざって)分布しているとき,二つの合併の分布(つまり大気)の密度は,(γ_1+γ_2) gr/cm^3 となる.年齢別人口密度の和,男女別人口密度の和は総人口密度である.検討はずれな例を出して密度は加えられないというのではなく,密度の加法とは何であるかをはっきりさせるべきであろう.
(p.47)

とはゼミ,もう2年前のことか…それはさておき.
L(X;Y)は,「二つの線型空間X,Yに対して,線型写像f:X→Yの全体よりなる線型空間」(p.35)です.線型空間の直積とは別で,それは第5章で出てきます.
ふたたび第8章です.

(b) 第4章で扱った量の1次元線型空間の中には,あるアフィン空間に附随すると考えるのが自然なものが多い.
時刻−時刻=時間, 時刻+時間=時刻
のように,時刻はアフィン空間の点,時間は附随する線型空間のベクトルとみなされる.
(p.135)

これは納得です.ただ,「足し算の順序」に気を配るとするなら,p.134の線形構造の式はそれぞれ,「x+y=a+(x-a)+(y-a)」「λx=a+λ(x-a)」と書かないといけないのかな,なんて思ったりします.

(8.2.3) 注意.例えば水の温度のような,アフィン空間の点と考えられる量について,
30℃+40℃=70℃, 2×30℃=60℃
のような計算に自然な意味がないというとき,それは30℃の水と40℃の水をまぜても70℃の水にはならないから,という種類のことをいっているのではなく,和やスカラー倍の形式的定義そのものが,特定の原点を定めないアフィン空間では存在しない,といっているのである(絶対零度を原点に計算すると 2×30℃=333.15℃ となる).
これに対して,はじめから線形構造を持つ典型的な量である速度についていえば,
30km/時+40km/時=70km/時, 2×30km/時=60km/時
のような計算には明確な意味がある.われわれはある速度の2倍の速度というものを容易に頭に思い浮かべることができる.注) それは,上り坂を進む列車を機関車2台で引っ張ると,速度が1台のときの2倍になるかどうか,という問い(答:一概には何ともいえない)とは何の関係もないことである.
(pp.138-139)

「2×30℃=333.15℃」は奇異に映ったので,計算してみます.p.137に「絶対零度=-273.15℃を原点とする線形構造は,物理学にとって自然な意味をもっている」とあり,λx=λ(x-a)+aにλ=2,x=30,a=-273.15を代入してみると,右辺=2(30−(-273.15))+(-273.15)=606.30−273.15=333.15となりました.
引っ張る,というと,中学1年のときの理科の記憶がよみがえってきます.バネの伸びの問題で,バネは水平方向に伸びるようにしておき,両端に100gのおもりをつけた場合と,一方の端を壁に固定した場合とで,伸びは同じになるというものです.抗力のおかげで,壁に固定した場合にも,100gのおもりが引っ張るのと同じ力が働く,だったかな.何が印象強かったかというと,その出題は自習課題で,ヘルプに来た先生が私の解答を見て「違うよ」とおっしゃったこと,そしてその先生は柔道部の顧問な上に,ふだんは数学を教えている先生だったことです.
なお,途中の「注)」は,そこからが注意書きというのではなく,原文はこの2文字が上付きになっていて,同じページに脚注が入っています.

注) 光速度cを単位として,(1/2)cという速度を持つ運動二つの“合成”の速度がcではなく(4/5)cであると相対論でいうときでさえ,同じこの線形構造を前提としているのである.
(p.139)


量の加法性として,時刻に代表される,アフィン空間を見てきましたが,加法性が問われるものはもう一つあります.いわゆる内包量です.上記引用のうちp.47の議論が該当します.
内包量と言えば,もちろん,数学教育協議会(数教協)です.『遠山啓エッセンス〈3〉量の理論』から抜き出します.

量を内包量と外延量とに分類することは中世の哲学者によってはじめられたらしい。
平たくいえば内包量は「強さ」の量であり,外延量は「ひろがり」の量である.その2つを区別する数学的な目安はつぎのようになるだろう。
それぞれの温度が50°,60°である2つの物体を合わせたとき,合わせたものの温度は50°+60°=110°にはならない。しかし熱量のほうはそのままプラスされる。
代数学の用語を使うと,外延量は「加法的」であるし,内包量はそうではないのである。加法的な量の一般論として組織されたのがいわゆる測度論なのである。
(略)
長さ,時間,質量,面積,体積,エネルギー,値段などは外延量であろうし,密度,温度,濃度,測度のように「……度」のついた量は内包量であるといってよかろう。
外延量と内包量の区別は数学教育にとっても重要なかかわりをもっている。
(pp.7-8)

外延量というのはextensive quantityであるし,内包量というのはintensive quantityである。大まかにいえば外延量は「ひろがり」「大きさ」の量であるし,内包量はある性質の強さを表す量である。化学者のオストワルド(1853-1932)はExtensitat,Intensitatといっているが,これを「客度」,「強度」と訳しているのはなかなかうまい訳であろう。
(p.44)

もっとも典型的な外延量は質量や体積であろう。しかし水とアルコールは合併しても和より少し減少した体積になるから加法的ではない,とか,あるいは気体の体積は混合すると輪にはならない,などという揚げ足とりめいた理屈をいう人がいるが,小学生に最初に体積を教えるときにわざわざそんなことを持ち出す必要は少しもないのだ。それは先に行ってから,加法性からのずれとして理解させるほうが教育的である。気体の混合に至ってはまったくの見当外れの議論にすぎない。容器に入れていない気体は拡散して体積は刻々変化して,固有の体積などは考えられない。
議論をそこまでもってくるなら,質量でさえも完全に加法的ではない。相対性理論によると,2つの物体A,Bを合併したら質量欠損が起こって質量も完全には加法的にはならないが,そういうことを小学生に教えようというのであろうか。
要するに,こういう議論は初等教育を地道に築き上げていこうとする努力をぶちこわすために持ち出された非生産的な議論である。
(p.91)

ちょっと最近は遠山の本から遠ざかっていますが,アンテナに入れているTETRA'S MATHを目にするにつけ,何か買おうかなという気分でもあります.
それはそれとして,「intensive quantity」は,最近読んだのとヒットしました.[Greer 1992]の中で,一つ文献が紹介されています.その文献は

  • Kaput, J.J.: Multiplicative Word Problems and Intensive Quantities: An Integrated Software Response, Technical Report 85-19, Educational Technology Center (1985).

で,http://catalogue.nla.gov.au/Record/5492509の「Online versions」のリンクからダウンロードできました.
ここがコアなのかな,と思われる箇所を打ち出してみます.

Since a quantity is in fact a pair of things, a magnitude M and a referent R, the referent for an intensive quantity involves two entities, say N and D (Schwartz, 1976, 1984). In fact there is also a third entity to deal with in the intensive case, the relationship between N and D. Given that there are more things to keep track of when dealing with intensive vs. extensive quantities, and there other features of the quantities may have a significant influence on how a student approaches a problem, it is not surprising on these grounds alone that problems involving intensive quantities are generally harder - except in those multiplication problems where the intensive quantity is familiar enough to be well "chunked" into a single familiar "rate" entity such as price and speed.
(p.22)

ページはPDFファイルではなく,このテクニカルレポートで上部に付されている番号です.
この文献では"referent"という単語がよく出てきます.辞書を引くと「指示対象」とあるのですが,これではさっぱりわかりません.途中に"referent (unit)"や"a (referent-free) scalar"とあったので,単位と同一視してもよさそうです.「速さ」という,intensive quantityのreferentの場合,numeratorを連想させるNには「道のり」,denominatorを連想させるDには「時間」が対応します.
これと[Greer 1992]において,内包量・外延量を述べる際,加法性についての言及は見当たりませんでした.
他のページで,乗法の具体例も出てきますが,その基本となる形は,extensive quantityをE,intensive quantityとIとして,「I×E」「E×E」です*2.それぞれ,当雑記で言う《倍の乗法》《積の乗法》です.この式構成と数教協とのリンクは不明ですが,もし今,くっつけてみるなら,内包量×外延量=全体量によって乗法を意味づけるのもまた,《倍指向》となります.

*1:もし,これまで雑記に書いてきた内容をもとに,「和のこと 積のこと」と題するPDF文書を作るとすると,このエントリで書いたことは絶対に入れます.

*2:「I×I」や「I/I」という形があることも,触れられています.