わさっきhb

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tから学んだこと

0. 何これ

ここ1週間でTwitterで見かけた,かけ算関連のツイートを,当雑記のこれまでに書いたことと照らし合わせてみました.

1. 他の書き方が間違いである理由を説明していない

「さらが 5まい あります。1さらに りんごが 3こずつ のって います。りんごは ぜんぶで 何こ あるでしょう。」(《問い》)という出題に対し,「3×5=15」という式が正解で,「5×3=15」は間違いであるとする理由について,これまで次のような書き方がなされてきました.
『「一つ分の大きさ×幾つ分=全体の大きさ」に当てはめて,式を立てる.そのとき,一つ分の大きさになるのが3,幾つ分になるのが5なので,3×5となり,全体の大きさは計算して(または九九を用いて)15となる』
『「5×3=15」は,「一つ分の大きさ」と「幾つ分」をきちんと認識しておらず,問題文にある5と3をそのまま取り出してかけ算の式にしたものであり,かけ算の意味を理解しているとは言えない』
ですがそのロジックでは,周知の通り,トランプ配りを持ち出して「一つ分の大きさを5,幾つ分を3」とできてしまいます.
これですが,《問い》は次のアレイ図に対応するというのが,算数教育に携わる者の間の共通認識になっていると思われます.

決して,次のアレイ図ではありません.

[田中2010],[前川2011]から,知ることができます.数多くの書籍や学習指導案が,この見方に基づいています.
このように「一つ分の大きさ」と「幾つ分」を捉えることができるかを確認するよう,デザインされ,出題されています.別の言い方をすると,初めに挙げた図のように認識することが,出題に組み込まれているのです.「5×3=15」と書く子にどうすればいいかについては,例えば[田中2009]*1で,2つの可能性とその対処法が記されています.
「デザイン」について,もう少し書きます.上記は,1年から6年までの,「数と計算」を中心とした小学校の学習内容を踏まえたデザインであるとともに,戦後から現在(今年)までの教育・指導の流れを踏まえたデザインでもあります.逆に,この「デザイン」に不満を持つ人が,よりよい出題や指導法を「デザイン」してその有効性を示し,国内や世界に普及させる*2ことまで,してはいけないとは言っていません.なお,「デザインする」と「デザインされた」の違いについて,4年近く前に書いています.
さて,《問い》を2番目の図,すなわち囲い込みなしのアレイ図に対応づけていることが読める書籍・文献は,あるのでしょうか? 文字によるものとしては,[遠山1972]が挙げられます.また中国の事例として[高橋2011, p.67]に図があります.知っているのはその程度で,それぞれに課題も指摘されています.
Webでは,いわば「大人の解釈」*3として見かけることはあっても,それを学校教育に生かしているという実例は見かけません.エビデンス探しは,そこからでしょうね.

2. バツにされて,困っている子どもがいる

そう,いるでしょうね.そして私としては,なぜそう書いたのか尋ね,どうすればよい(上の学年を含め今後に役立てられるか)を伝えられる「大人」を増やしたいと思っています.上で書いた[田中2009][田中2010]が,おすすめです.当雑記からだと,少々古いし毒が混じっていますが,去年12月1日のエントリをどうぞ.
その一方で,バツにされる例は見かけるが,子どもが「困っている」かどうかを知るすべがない(私は小学校教師ではないので*4)という点も,挙げておきたいと思います.その実態調査が出てくるまでは,「現状の学習内容を書籍やWebから判断すると,本人がなぜ間違いなのかを認識できており,今後は期待される式が書けるよう,指導がなされている」という立場をとります

3. 単位を付ければいい

単位を付けた式の指導は,国内外で知る限り,数学教育協議会(数教協)ベースのもののみです.英語文献で*5,思考過程として単位を含むものは見かけますが,試験で問う式として,名数入りのものは見当たりません.なお,[遠山1972](参照したのは[遠山1978, pp.114-120])でも,式はすべて単位なしです.
数教協ベースの書籍においても,「5こ/まい×3まい=3まい×5こ/まい」や「5こ/さら×3さら=5こ/かい×3かい」といった形の等式は,見かけません.これらの関係式は,算数教育に適していないと判断しています.
別方向のツッコミですが,「単位を付けて書けばいい」は,「(一つ分の大きさ×幾つ分は)ローカルルールであり,世界では通用しない」と両立しない点も,気になります.

4. ロケットの問題? 理科じゃなくて,算数の問題を出せ

これを言う人は,算数教育に関する成果を知らないし,知って自分に取り入れようという意欲もないわけなので,文字によるコミュニケーションをとっても徒労に終わりそうです.
"A rocket travels at a speed of 16 miles per second. How far does it travel in 0.85 seconds?"が書かれているのは,[Greer 1992]です.
Greerの文献そのものを読めとは言いません.検索すれば書誌情報は見つかるわけで,さらに算数教育,その中でも乗法指導に的を絞って,先人の蓄積を調査していけば,文献と人物名を目にしないはずがないのです.

5. 外国の論文が,日本の算数にどう影響する?

国内外の文献を目にしている限り,「算数において,かけ算の式で表わされる場面」の分類がもっとも充実しているのが,[Greer 1992]です.
その解説(Greerは,1冊の書籍の中で一つの章を担当しています)は,一人の思いつきではなく,多数の文献・実践・実態調査を踏まえた上で書かれています.算数・数学教育の研究者向けの文章であるだけでなく,図や表が豊富で,少し英文を読めば,「出題・場面」を知ることにもつながります.
なので,「かけ算の式の順序にこだわってバツを付ける教え方は止めるべきである」に同意する人々の間で,その主張を支える指導事例だとか書籍だとかを整理し,ブログかWikiで情報共有を図ってみてはいかがでしょうか.個別の出題を見て愚痴っても,教育学という学問に働きかけることができない現状は,打破できないのではないでしょうか.

6. 中国の話はどうでもいい,ここは日本だ

「日本」に限定していいのなら,日本の算数教育で,かけ算はどのように意味づけられてきたかを整理し,公表してみてはいかがでしょうか.
[高橋2011]は,数教協以外の,全国レベルで活動がなされている算数教育の団体について,言及がないという問題点があります.現在,乗法の意味の学術的な議論を知るための入口*6になる文献は,[日数教2011]と[新算研2011]です.

7. 上の学年はどうでもいい,2年生の問題だ

これですが,算数教育において乗法をどのように学習させるかを議論するにあたり,小数や分数の乗算(乗法の意味の拡張)が避けて通れません.言い方を変えると,2年生に矮小化しているのは,「教育」を見通せていない人なんだなと判断しています.
もし,上の学年に関する優先度を少々落とすにしても,下の学年を含む「それまでのところ」,すなわち,この《問い》と同種の出題を児童が解くまでに,児童は何を学習してきたかの見直しは不可欠です.
その際のキーワードは「累加」ではなく「まとめて数える」で,その活動は1年生から実施しています*7.「まとめて数える」経験を思い出せば,《問い》で5×3=15と書いた子に,場面をもとに「一つ分の大きさ」が何になるのかを確認していくことで,間違いだと気づくわけです.

8. 「かけ算の順序」なんてみんな知らない

そりゃあ,昔も今も,学校現場で「かけざんのじゅんじょ」なんて言い方はしませんでしたから.
[金田2008],[浅田2006]あたりに勝てるような,もちろん第三者の批評に耐えることを前提として,実態調査を行い,公表してくれませんかね.
それがなくて,様々な算数・数学教育の研究をまともに見ずに,特定の出題にかみついてもなあという思いで一杯です.

9. 学習指導要領は当てにならない

学習指導要領に嫌悪感を示し,現場教育にケチをつける…何に基づき何を語りたいのでしょうか?
思うに,学習指導要領の使いどころは,次の2つです.用語や学習指導例・出題例を知ることができます.《算数解説》に「立式」は入っているけれど「線密度」がないことは,2月26日に調べています.折り紙から正三角形を作る話を読めば,教科書を持たずしても,なぜそれで正三角形になるのか(そしてそこから当該学年の子に何を伝えればいいか)を考える,いい機会になります.
もう一つの使いどころは,戦後の教育環境・施策において,何を学習させるかの変化*8を知ることができる点です.「延べ」は,平成元年改訂の学習指導要領から扱われなくなりましたし,最新のでいうと,数量関係が1年から入ってきました.その一方で,「ひもを4等分した一つ分を測ったら9cmあった。はじめのひもの長さは何cmか」が一つ前そして現行《算数解説》の第3学年にある点も,無視するわけにはいきません.
学習指導要領よりも良い指導の体系を作る,提示するというのが無理であるならば…より良い指導が何に依拠するのかを,明らかにしてみてはいかがでしょうか.

10. 昭和26年の指導は間違い

被乗数と乗数を区別して式を書くことは,当時も今も変わりません.
「別の考え方」が指摘される点については,個別に候補を挙げ*9,思うところを書いておきます.

  • トランプ配り:問題文で記される場面は,それを認めていません.文だけでなくその(教育・指導の)背景にあるものを含めて,考える必要があります.*10
  • 交換法則:交換法則は,計算手続きにおける性質として使用できますが,その場面でかけ算が適用できると判断したり,実際に式を立てたりする段階で使用するのは,論理的・合理的とはいえません(10月16日).
  • 外国では「いくつ分」が先:それまで学習したことを使って(複数のことをつなぎ合わせて),一つの問題を解き,不正解の子も理由を見直して,次回は間違えないようにすることが,教育の基本的なあり方です*11.なお,外国の式の表し方も,算数教育に携わる人の著作で多数見かけますので,一つのものの見方として伝えるのはありだと思います.
  • 外国では,式の左右にどちらを書くかまで正解不正解の対象としていない:テストに限らず,ある子が書いたかけ算の式に,他の子たちが「おかしいよ」とする海外の事例が,[坪田2010, p.138]に見られます.それと別に,テストと教育評価の関係についても,認識の確認やすり合わせが必要なように思います*12
  • 長方形的配列:「トランプ配り」と同じで,《問い》では「一つ分の大きさ」と「幾つ分」が特定されています.すなわち,囲い込みのない長方形的配列(アレイ図)ではないということです.なお,グルーピングされていない図や,ある種の(きちんと配慮された)文章題などでは,2つ(以上)の式が,その場面を表すかけ算の式となり,その事例は現在の解説書・問題集にも見られます.
  • かけ算であることを理解(確認,発見)すれば,かけられる数とかける数は区別しなくてもよい:その方針では,「1本136円で,280mL入りのジュースを4本買います。代金はいくらですか。」(東京書籍 平成23年度版 小学校教科書 新しい算数 3年上p.104)のような,情報過多の問題*13で,児童は正解にたどり着けない可能性があります.
  • かけ算の順序は日本の算数だけに見られるローカルルールだ:国際的視点に立つと,日本は教育先進国*14,教育輸出国と言っていいと思います.かけ算に関することを,11月9日にまとめました.その中のドミニカ共和国の件は,「いくつ分」を左に書く(先に言う)文化圏で発生し得る課題なのではないでしょうか.

いずれの「別の考え方」も,児童の発想ではない点に注意したいところです.すなわち大人が見て,これまでの算数教育の経緯や背景にあるものを十分に理解せず,根拠として挙げているものばかりです.

11. 算数教育のルールを押しつけるな

算数教育を支えるものが多岐にわたっていて,「ルール」と一言でいえるものではないなというのが,1年少し,いろいろ読んできた者の感想です.
例えば「一つ分の大きさ×幾つ分=全体の大きさ」という言葉の式にしても,これがどんな場面まで適用されるか,そして適用されない(既習事項にはないもしくは困難であるが,「大人の論理」や日常生活において,かけ算で解くことのできる)場合にどのようにするか,いつどのような形で出題され,正解・不正解の例や根拠は何で,児童らは何を考え,不正解のときにどのように学習しているか,など,多方面に意識を広げることができます.
「「かけ算ではかける順序はどちらでもいい」という社会の常識が,次の世代に伝わっていないようです」([高橋2011, p.iii])は,表現としていくつも難題を抱えているものの,もっとも好意的に解釈するなら,結局のところ,小学校の学習内容・方法を,大人がじゅうぶんに理解し,子どもたちには日常生活への橋渡しをしてあげることだと,思っています.その手段が,あなたと私とで違うといったところでしょう.
と書いたところで毒ですが,「かけ算ではかける順序はどちらでもいい」を小学校2年の段階で教える(または黙認する)ことは,かけ算の導入のところで「1あたり量」「パー付きの名数」を指導し,分数・小数を対象とした乗法での苦労を減らそうという発想と,同根であるように思います.

00. 補足と改訂履歴

  • 「[ … ]」で表記され,リンクになっていないものは,文献の引用です.リストはここからご覧ください.
  • 2011年12月10日にリリースしました.これから何度か,内容を見直していく予定です.
  • 同月12日に,各項目に番号を振りました.カテゴリーの「[妄想]」を取り除きました.
  • 同月16日に,「かけ算であることを理解(確認,発見)すれば,かけられる数とかける数は区別しなくてもよい」を追加しました.
  • 同月17日に,「かけ算の順序は日本の算数だけに見られるローカルルールだ」を追加しました.

*1:中博史: 田中博史の算数授業のつくり方, 東洋館出版社 (2009). isbn:9784491023984

*2:cf. 11月9日

*3:[矢野1984]が初めてでしょうか.

*4:「現職教諭でなければ議論に参加するな」という文句は,ないと思いますが念のため書いておくと,かけ算に関する私の情報収集やブログ執筆は,現状を理解するためのものです.思考展開図を通じて,「倍の乗法」と「積の乗法」の区別(区別そのものは,自分が関わる以前からなされていました)を視覚化することができました.別方向の成果として,大学で学生向けに話したり,着想を得て99qgなどのスクリプトを書いたりしているほか,本のいくつかは妻が興味を示し,3歳の娘に解かせていることもあります.

*5:日本語文献にもあてはまります.[高橋2011]は例外的ともいえ,別の言い方をすると,あの本1冊を読んで「5個/枚×3枚=3枚×5個/枚」と考えればいいじゃないかと主張する人が持つ,算数・数学教育の見識はそこまでということです.

*6:「誰でも読める」かどうかは,保証しません.

*7:「(同数)累加」は,かけ算と平行して学習するのでもいいように感じています.「2+3+4」といったいわゆる3口の足し算は,かけ算の前でしょうね.

*8:過去との比較には,学習指導要領データベースを使わせてもらっています.

*9:これらが「別の考え方のすべて」だとは思っていません.ただ,そのリスト以外で,子どもが思いつくというのはもっともっと少なくなりそうです.もし出てきたとしても,取り上げて報告する(できる)のはネットの住人ではなく,現場教師になるのではないかと思っています.

*10:「善意」「悪意」を,辞書に載っている意味を根拠に裁判所で争っても,主張が通らないのと同じです.このたとえ話については,暇なときに詳細を書くことにします.

*11:cf. 11月10日

*12:私のもっとも基本的な認識は,「はじめのうちは,間違ってもいいんだよ」(6月26日),「それまで学んだことを思い出し,照らし合わせて,「あっそうか」」(12月5日)です.

*13:2年生向けの出題をご希望なら,http://www.shinko-keirin.co.jp/keirinkan/sansu/WebHelp/02/page2_20.html

*14:7月24日