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「かけ算の順序」と算数教育をより深く理解するための3つの四字熟語

「かけ算の順序」もそうですし「学力低下」もそうなのですが,算数の教育についての本やWebの情報を見ていくにあたり,共有しておくほうがいいなというキーワードが3つ,浮かび上がってきました.
いずれも四字熟語として書くことができまして,「演算決定」「教材研究」「教育評価」です.
本日はそれらの意味と,関連する概念・言葉を整理してみることにします.

演算決定

「演算決定」とは,解くべき問題に対して,加減乗除のどの演算を使えばいいかを選択(判断,決定)することを言います.
小学校の学習で,そのことがはじめに意識されるのは,2年です.たし算か,ひき算かを判断する場面です.おはじき・マグネットなどや図を用いながら,文章題の中に「合わせて」とあるからといって必ずしも,たし算ではないことなどを学びます.
次に,演算決定が求められる場面はというと,かけ算か,わり算かの判断です.日本では「比(割合)の三用法」として,また海外でも専門家による解説を通じて,1つのかけ算の式表現に対し,その逆演算となるわり算は2つ考えられるというのが,一般的な見方となっています.
「この場面(文章題など)では,かけ算/わり算の式で表せる*1」といった形で,演算の意味を学び,授業や宿題などを通じて習熟しているわけです.
近年では,問題文を式で表す活動のほかに,問題文(ときには最終的な答えも)と式を先に提示し,「どうしてこうなるのかな」と考えさせる活動,すなわち式を読む活動が増えています.間違った式を出したり,正しい式と見比べたりしながら,なぜ正しいのか,間違いなのかを児童らに考えさせることもあります.乗法における被乗数と乗数の区別を,演算決定の中で取り扱っていると読める書籍も,かなりあます.
このように,「演算決定」と書くと算数だけの話になりますが,これは算数に限らず,問題解決を主体的に行うための,素地となる活動と言えます.

教材研究

「教材研究」とは,授業を通じて児童らにどのように知識・技能などを身につけてほしいか,教材をもとに検討・研究することを言います.
ここでいう「教材」は,おはじき,キズネール棒やパターンブロックといった,手で触ることのできる教具だけでなく,問題や,学習内容も含みます.ただ,教材研究と書くと,その対象は既存のものという意味合いも強く,新たに作るときは「教材開発」と呼んで区別されます*2
教材研究の出発点は,教材にあるわけで,Webからも書籍からも容易に出題が見つけられる昨今,教師でなくても(そして「どうしてバツなんだ!」を,我が子の答案に腹を立てる親でなくても)行えます.しかし授業に乗せるとなると,少々話が変わってきます.
授業の中で何をどのように見せていき,問題解決の中心となる質問すなわち「発問」を行い,その問題から最終的に何を学ぶかを検討・研究することになります.そのための行為は「授業研究」と呼ばれます.
この場合,クラスの誰がどんなことを言いそうになるか,イレギュラーな事態にはどう対処しようかといった検討ももちろんですが,それ以上に,その授業(「本時」と呼ばれます)までに何を学習してきたか,本時で学び「まとめ」たことが,今後どのように活用することになるかまでを意識して,授業を組み立てることになります.
こういう区別もできます.教材研究のゴールは,類題と比較してその教材や出題の意義を見出すことです.一方,授業研究は,上下学年を含む他の学習内容との連携も必要となり*3,児童・(一般的な意味での)学習に対する理解と相まって,より高度なものが要求されます.
教材研究や,授業研究の最初のステップは,教師単独でもできますが,より学習効果の高い授業の実現のためには,複数の教員によるディスカッション(知識の共有・交換)が不可欠で,実際その活動が当たり前のものとなっています.
授業研究と,実際の授業をつなぐものとして,「学習指導案」(あるいは「指導案」)が書かれます.

教育評価

「教育評価」,あるいは単に「評価」は,教育を「教えっぱなし」にしないようにする,重要な活動です.
注意したいのは,教育評価の対象です.学習者,すなわち児童らのみに限るのは,評価に対する狭い見方です.現在では,学習者だけでなく,教える側,具体的には学級や学校,また学習内容をも評価の対象とし,それぞれ異なる手段で*4,評価がなされています.
教育評価はしばしば,「診断的評価・形成的評価・総括的評価」の3点セットで語られます.総括的評価は,自然に思い浮かぶ「テスト」と捉えていただいて結構です.「かけ算の順序」としてよく取り上げられ,コメント・はてブも多数つくのも,大部分がこれです*5.そして,それ以外にも評価の観点・方法があるとご理解いただき,あとは解説書をご覧ください.
学習者(児童)に対して習熟状況を見るための評価は,クラスの担任の先生がしますが,学級・学校や学習内容に関する評価は,複数の学校・学校で同一の問題を解かせるのが一般的です.これには「外在的評価」という名称があります.全国学力・学習状況調査自治体学力テストが,その典型例です.
上記の「〜評価」は,文部科学省のお墨付きというわけではありませんが,「指導と評価の一体化」は,文部科学省の方針やWebページ内にも見られ,形成的評価は,これと密接な関係があります.

3つの四字熟語と「かけ算の順序」

「かけ算の式の順序にこだわってバツを付ける教え方は止めるべきである」という主張に賛同する意見には,次の特徴があります.

  • 算数・数学教育学のこれまでの議論・成果の蓄積を,専門家による書籍や論説から知ろうとする行動が,ほとんど見られません.Webの情報で,自分にとって都合のいい情報をつまみ上げ,ブログやTwitterなどで書くという姿ばかりです.
  • 「演算決定」「教材研究」という用語はもちろんのこと,加減乗除の演算が用いられる場面についての体系を持っていません.そのもとで,目についた「かけ算の出題例」に注目し,熱く語っています.
  • 正解率の低さから,学校教育のまずさを嘆いています.どのような方針で評価・テストされ,出題されたかについて,意識が向いていません*6

おすすめの本

「演算決定」「教材研究」「教育評価」,そしてそれらを含む算数・数学教育の過去・現在・未来がきちんと書かれた1冊の本,というのは残念ながら,なさそうです.
本日の文章を書く際に参照した書籍を,並べることにします.

*1:「表さなければならない(must)」ではなく「表せる(can)」である点も,見逃せません.

*2:既存の問題文を分析するのは,教材研究に含まれますが,単に問題文を作るのは,教材開発ではありません.新しい学習事項や教育方法を指導・提案するのに付随して,問題文と作るのであれば,それは教材開発となります.

*3:したがって,学習者が行う「予習」とも異なる概念です.

*4:一つのテストなどに,複数の目的を持たせることもあります.

*5:Webで読める学習指導案まで手を広げると,診断的評価に関係するものが多く見られます.3年で学習するかけ算(2位数に1位数をかけるなど)の前に,2年で学習した内容をテストし(レディネステスト),その正答率から,かけ算の意味理解が不十分ではなく,その復習からしなければならないといった話の展開になりがちです.

*6:ときには「こうすればいい」という提案もありますが,前後の学年との学習内容の連携や,その手法も一過性のもので学習者には定着しない可能性があることについてまで,検討がなされているものは,見かけません.