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長方形の面積,数直線でかけ算わり算

本日は,「かけ算」に関連して見かけた,2つのPDFファイルを取り上げたいと思います.

長方形の面積

無料でダウンロードできます.図や史料が多いので,全文に目を通すことをおすすめしますが,関心を持ったところを手短に*1紹介していくことにします.
素朴な疑問として,「長方形の面積の公式はなぜ『たて×よこ』なのだろうか」があります.
そうすると,次の疑問は,「『よこ×たて』でもいいんじゃないか」としたいところ.
なのですが,この論文の最初の2ページを読むと,そうではなく,「英語ではLength×Widthと表せるが,このLengthが『たて』,Widthが『よこ』になるのだろうか」となります.
その疑問の答えは,“否”です.長い方がLength,短い方がWidthです.実際,"Total No. of squares = No. of squares on the longer side × No. of squares on the shorter side"とあり,ここから"Area = Length × Width"を得ています*2
20か国の人々に,長方形の求め方を聞いた結果が,p.8に書かれています.表にしました.

名称
縦横方式 縦×横 日本、アイルランドベトナムウズベキスタン、タイ
横縦方式 横×縦 スペイン、韓国、南アフリカ、チリ
長短方式 長×広 アメリカ、イギリス、ガーナ、インド、シリア、インドネシアスウェーデンパキスタン、イタリア、トルコ、中国、セネガル

「長」「広」はそれぞれ,Length,Widthの訳です.同じページの下方で,明治時代の翻訳教科書の中に「長」「廣」という言葉が出てきます.
国名を見ていったとき,地理的に近く言語も似通っているとされる,日本と韓国が,縦横方式・横縦方式と異なっている点に,興味を持ちました.縦横ではなく左右の話ですが,車の左側通行・右側通行が関係しているのかなと思い,wikipedia:対面交通を見てみましたが,さすがに関係なさそうです(イギリスは,左側通行ですが,長短方式に入っています).
長方形の面積にまつわる,もう一つの素朴な疑問は「長方形だと『たて×よこ』,なのに平行四辺形では『底辺×高さ』,これってどういうこと」でしょう.実は私自身が,この疑問を認識するようになったのは,http://blogs.yahoo.co.jp/tamusi22/35513225.htmlの,ブログ主さんのコメントを読んだときなのです.
論文では,3節で明治以降の教科書,4節で和算を見ながら,表記を提示しています.そして5節で,縦横方式・横縦方式・長短方式それぞれの長所を挙げています.
長方形と平行四辺形の関係については,次のように答えを示しています.

では、長方形の面積の導入には横縦方式が最も適しているのであろうか。確かに平行四辺形や三角形の面積への自然な移行を考えると、横縦方式が理に適う。それでは何故、日本では、明治期、長短方式をやめ、縦横方式を採用したのだろうか。前節で述べたように、当時長方形の直角を挟む二辺に当てられていた漢字は、和算で用いられた長平、長幅、長寛、縦横などであった。和算では、“長”(振り仮名はナガサ)と書けば、長い方の辺を意味するわけだが、日常生活では、ナガサという言葉から長いという意味は出てこない。ナガサ×ヒロサもしくはナガサ×ハバすると一般には、どれとどれの積であるか不明になる。ナガサ、ヒロサに代わるものとして、明治35年国定教科書制度設置に際し、日常生活でも用いられ、児童にも受け入れやすい言葉である(和算における縦横ではない)“たて”と“よこ”が採用されたのではないだろうか。そして、語順も慣れ親しんでいる“たてよこ”の順になり、“よこたて”ではない縦横方式の導入がなされたと考える。
(p.12)

とまあ書きましたが,学校教育としては,単位正方形の個数から,「長方形の面積=たて×よこ」を公式とし,「よこ×たて」でもいいよねと確認して,平行四辺形の面積の公式へともっていくのかなと思います.「かけ算の順序」の件と同様に,「面積の式はね,外国では…」と話すネタにもなりそうです.

数直線でかけ算わり算

「オンラインブック版」のPDFを読みました.Ver.2012-02-21です.
数学的に考えると,なるほどなあと思うところも多々ありますが,算数教育として見ると,この内容には賛同できません.
もっとも対比しやすいのが,pp.106-107です.数直線に対して「この《<長さ>との同型を間に挿む》が,無用なプロセスになる」と評し,比例関係に基づく可換図式を「本質的」としています.
何に賛同できないのかというと,その“本質化”では,子どもたちの学習に不可欠な,数や量の感覚が,抜け落ちてしまうことです.数の話で言えば

  • 1より小さい数をかけると,もとの数よりも小さくなる
  • 1より小さい数で割ると,もとの数よりも大きくなる

が思い浮かびますし,もう少し実用的な場面を想定するなら,

  • このままのペースで歩いていると,時間までに目的地に着けない.小走りで行こう

といったときに,なぜ小走りだと間に合うのか,またどれくらい速めれば,何分で到着できるのかの見積りが,できるようになりたいものです.
ウォーキング用・ランニング用の速度計なんてのがなくても,何秒でどこまでの道のりを移動したかをもとに,速度が概算できます.速度は身近であるのと小学校で学習するから,例にしたのであり,これは,風呂の水が溜るまでの時間,単純作業の進捗管理などにも応用できます.
ちょっと注意したいのは,1未満の数での乗除算は,計算の性質に関わることですし,小走りにするのは,実は比例ではなく反比例の話です.とはいえ教育の場では,「1より小さい数で割ると,もとの数よりも大きくなる」などは,具体的な数量を用いた(あらかじめ練られた)文章題のもとで,確認されるはずです.後者は,比例や反比例の概念を学習していなくても,速さ・時間・距離の概念とその相互関係を理解していれば,算出や比較ができます.
数学的な土台はよく見えますが,それを除けば,宮下氏のオンラインブックやWebページをもとにした提唱は,『かけ算には順序があるのか』の主張と同レベルで,学校現場での適用には課題が多いなあという印象です.
それはそれとして,このオンラインドキュメントで他に関心を持ったところを,挙げておきます.

  • pp.82-83の左上に,「何=\frac{3}{2}\times\frac{3}{4}\frac{3}{4}\times\frac{3}{2}」とあります.分数を対象とした,乗法の可換法則を使用しています.さかのぼってp.31には,「よって,?=5/4×3/2」と「よって,?=3/2×5/4」から,「3/2÷4/5=3/2×5/4」としています.どうなっているんだと,さらに戻ると,p.13で「記号「÷」は,積が可換な数の系N(自然数,分数,正負の数,複素数,等)において」と,可換性をさらっと書いて,前提としています.倍作用で考える限りは,「時速akmでb時間」と「時速bkmでa時間」がともに同じ道のりになることは,説明できない,ということでしょうか.
  • p.76から始まる,著者による数直線表示では,比の第1用法の図は,数直線の上に書かれる量にも,「1」が添えられています*3.2つの量のそれぞれで「1と見る」必要があるように見えます.また別に,比の第1用法は,比の第3用法に帰着して考えることができる,という解釈の可能性もあります.

*1:「どこがやねん!」と,読者の皆様に成り代わりまして,自己ツッコミを入ておきます.

*2:これらの式表示は,正方形の面積の表し方は長方形のそれと別にするほうが良いことを,示唆しているようにも見えます.

*3:数直線の下に書かれる値が「1」「何」のとき,上には「1」を含む3つの数が書かれている,とも言えます.