わさっきhb

大学(教育研究)とか ,親馬鹿とか,和歌山とか,とか,とか.

評価と設計

小学校の算数では,
「6人のこどもに,1人4こずつみかんをあたえたい.みかんはいくつあればよいでしょうか」
と同じ種類の文章題が出題され,ネット上で物議をかもしています.
その種の文章題の特徴を,簡潔に説明するなら,次のようになります.

その種の文章題は,さまざまな“背景”のもとで,出題されています.“背景”では漫然としているので,“教育評価”に置き換えることにします.実際,いくつかの「〜評価」と,この種の文章題が,乗法の意味理解というテーマの中で,うまく呼応してきたように見えます.
“教育評価”で外せないのは,診断的評価・形成的評価・総括的評価の3点セットです.

ベンジャミン・ブルームは教育評価をその評価の機能によって3つに分類した。

  • 診断的評価 - 学習指導を行う前に実施し、指導を行う前の時点での学習者の学力やレディネスを評価する。教師はこの情報を元に指導の計画を立てる。
  • 形成的評価 - 学習指導の途中において実施し、それまでの指導内容を学習者がどの程度理解したかを評価する。教師はこの情報を元に指導の計画を変更したり、理解の足りない部分について、あるいは理解の足りない学習者に対して補充的な指導を行う。
  • 総括的評価 - 学習指導の終了後に行い、学習者が最終的にどの程度の学力を身に付けたかを評価する。成績をつけるのに使用するほか、教師が自らの指導を省みる材料としても用いることができる。
教育評価 - Wikipedia

前々から気になっていたのは,ここで関心を持っている文章題が,“診断的評価”“形成的評価”“総括的評価”の順で,子どもたちに出題されているわけではない,という点です.
より具体的にいうと,“診断的評価”としては,その文章題は3年のかけ算の単元のところで現れます.すなわち,2位数に1位数をかけるだとか,被乗数または乗数が0の場合だとかいった,九九より広い範囲でも,かけ算が使え計算できるというのを学習していく前に,2年のかけ算のことをきちんと理解しているか,忘れていないかを確認するために,出題しているのです.
これまで書いてきた中から,ひとつ,例を挙げます.日常生活の中で計算が活用できる子供の育成を目指した学習指導の一試み−「算数日記」を活用した3年「2位数×2位数」の授業実践を通して−では,「計算に関する意識調査や実態調査」を目的とし,計算の意味の理解を測るため,「ここに4まいのふくろがあります。かずや君が,1まいのふくろにりんごを3こずつ入れました。りんごは,ぜんぶでなんこありますか。」という出題がなされています.九九する究めるハックする(4.式と図)でも書きましたが,そこでは「2位数×2位数」がメインテーマとなっています.「ここに4まいのふくろが…」は,それまでに学習した,かけ算のことが,クラスでどれだけ身についているのかなというのを確認するための出題です.
そういったことを踏まえ,冒頭に記した種類の文章題を,子どもたちがいつ目にするのか,ということを問えば,その答えは,形成的評価(のためのテスト),総括的評価(のためのテスト),診断的評価(のためのテスト),という順になります.
“形成的評価”“総括的評価”としての,文章題の出題例は,本日は省きます.注意しておきたいのは,形成的評価にあたっては,授業やドリル,テストを通じて子どもたちが解くことになる前に,「あるひとまとまりの内容すなわち,単元について,必要不可欠な教授・学習目標を洗い出して明確化し,目標相互の関連性を構造的に位置づけ」(『教育評価 第2版補訂2版 (有斐閣双書)』p.87)ることが求められている点です.もちろんその本(形成的テスト,完全習得学習)は一つの提唱であり,学校現場(ノウハウの継承,授業研究)や,新たな教育施策(指導と評価の一体化,観点別評価)などによって,整備・変革がなされています.
そういった構造化や,ひと続きの指導例・板書例を目にしていると,それと似た活動をしたり見たりしてきたことに気づきます.システム設計です.
自身の研究やゼミの指導で,力を入れてきたのは,データベースの設計です.wikipedia:データベース設計でも書かれているとおり,“概念設計”“論理設計”“物理設計”の3点セットが常識となっています.
とはいえ,これらの3点セットが,先に書いた教育評価の3点セットとそのまま一対一で対応しているわけではありません.経験的に,設計において最もウエイトを置くべきなのは概念設計であり,その結果を受けて論理設計,物理設計へと移ります.概念設計の段階で「問題なくDBMSに乗るか*1」「問い合わせで適切な結果が得られるか」といったことを問いながら,ER図に修正を加えることはあっても,一連のデータベース設計作業において,概念設計,論理設計,物理設計という流れはまず揺るぎません.
その一方で,教育評価とシステム設計の共通点,そして“3点セット化”の意義として,次のことを挙げたいと思います.すなわち,何らかの出題や,システムの技術的な要素を見たときに,「ああ,それはあそこのことだな」と,全体からの位置づけが推測できるのです.何か改善・解消したい状況であれば,“問題の切り分け”と言ってもいいでしょう.
適切な“とっかかり”を見つければ,あとは,ノウハウや既知のメソッド,聞き取り・記憶・記録に基づいて,効果的な問題解決方法を選択し,実行することになります.かけ算の意味理解を促すための問題状況の図示の試み−学習支援教室に参加する児童への教授活動を事例として−も,その流れのもとで見直してみると,“形成的評価”を見出すことができ,一つの問題解決事例としても,得るものが多いように感じます.
その論文は,「かけ算の順序」という表記以外にも,いくつも興味深い内容が入っています.1点,挙げておくと,第3回目(11月)の支援教室と,第4回目(12月)の支援教室の間に,Yは学校で,冒頭で述べた種類の文章題を目にし,それで“つまずいた”,という推測ができます.つまずきと教育評価との関連については,『教育評価 (岩波テキストブックス)』,または教育評価,2冊目のエントリをご覧ください.

*1:不自然な設計をしていると,参照キーが絡まった関連づけになって,「最初のレコードはどこにどのように入るか」にうまく答えられない光景が,DBゼミでよく見られました.