わさっきhb

大学(教育研究)とか ,親馬鹿とか,和歌山とか,とか,とか.

高学年のかけ算の指導と正誤判定

ふらふらっと,

を見ました.全部を読む気力もありませんので,新しいほうからいくらかだけです.
一つ,気になる記事がありました.619です.タイトルは「啓林館の小6算数教科書『わくわく算数6上』の紹介」,投稿者は,くろきげんさんです.

2. 啓林館の小6算数教科書『わくわく算数6上』のp.58にある問題☆1(ア)について

それは次のような問題です。

☆1(ア)の問題
>1冊x円のノートを8冊買います。
>代金をy円としてxとyの関係を式に表しましょう。

これはまだ小学校の問題なので y=8x と書くことはできません。
しかし、普通の常識では 8×x=y, x×8=y, y=8×x, y=x×8 のすべてが
正解でかつこの中でどれが特に好ましいかも決まっていません。

教科書のp.157にある答えは x×8=y のみです。
算数教育ワールドの悪習として、答えが書いてあるページに書いてある答えのみ
が正解なのか、単に正解の一例を示しているのか、はなはだ曖昧です。

しかし、その曖昧な点は教科書指導書の朱註の方では最悪の形で解消されることになります。
読者の便のためにそのすべてを以下に引用しておきましょう。

啓林館『わくわく算数6上』の指導書朱註p.58より
>つまずきと対策 文章の表現にそった式を
>
> 数量関係を表す式を立てるとき、左辺と右辺が反対になっている児童が
>よくいる。それを正しいと考えている児童もいれば、勘違いだと考えてい
>る児童もいるため、その扱いにはきちんと触れておきたい。☆1の(ア)でいえば、
>x×8=y でも y=x×8 でも正しいが、「1冊x円のノートを8冊買い、
>代金がy円であるときの関係式」という文章の流れからいけば、x×8=y
>を推奨したいい。ただし、x×8 が 8×x になっている場合は、「8円のノー
>トがx冊」という意味になってしまうので問題文とは合わない。常に式の
>意味をしっかりと意識させることが大事である。

さっそく,はてブをしました.
ただ,コメントの「形式不易の原理」は,算数教育の用語として適切でないようにも思います.意図を明らかにしておくと,「1冊100円のノートを8冊」だったら100×8(8×100にはしないよね),「1冊200円のノートを8冊」だったら200×8(8×200にはしないよね),だから「1冊x円のノートを8冊」はx×8ですよね(8×xにはしないよね),といったところです.整数による式をもとに,文字を用いた式も同様に書ける,と考えた次第です.なお,「(8×なんとかにはしなないよね)」は間違いであって,していいのだ,というのが投稿者の思うところであることは承知しております.
以降は(というか記事,いや掲示板全体が)批判者になっているので,自分としては,学習者にスイッチしておくことにします.
事例集めです.高学年の児童らにかけ算の式を作らせて,「ある式(被乗数と乗数の組み合わせ)のみを正解とし,その被乗数と乗数を逆にした式を不正解とする事例」が,他にどのくらいあるかを,自分なりに整理してみましょう.
まず,はてブした(Webで読める)中から一つ:

かけ算の定着度実態調査の結果 <抜粋> (H14 本山小3〜6年生 56 名)
7人に えんぴつを あげます。1人に 3本ずつ あげるには,ぜんぶで 何本 いるでしょうか。
正答率38%
誤答例7×3

学力の向上をめざし算数的活動を工夫した習熟度別少人数指導の実践

学年を超えまして,

は,2年生児童と,大学生を比べてるんだよなあ,正誤判定の基準も2種類設けてるんだよなあ,なんてことを思い出しました.
1冊の本から,2つの記事を.まずは:

また,実際に授業をして実感することは,子どもが式を軽視しているということである.算数の教科書が多くの場合「小数のかけ算」といったように,演算を示唆するような単元名になっており,「1mの値段が180円のリボンを3.4m買いました.代金はいくらでしょう」という問題であれば,子どもは単元名から,演算はかけ算であとは問題に出てくる順番に数字を並べていけばよいと考えている.そこには,演算の意味を考える必要はない.したがって,「リボンを3.4m買いました.1mの値段は180円です.……」という問題になると「3.4×180」と立式する子どもが出てくる.また,子どもにとって大切なことは,式そのものより答えが合っているかどうかということのようである.つまり,子どもにとって(ともすると教師にも)式は計算のためであり,心を配ることは「いかに正確に計算をして答えを出すか」なのである.
(中野博之:数直線と式をよむことを通して立式する力をつけよう―5年 小数のかけ算―;『小数・分数の計算 (リーディングス 新しい算数研究)』p.105)

次の記事は,逆に書いたら間違いと,明示していませんが,その対策は用意していた,という公開授業が活字になっています.

T 今日の勉強は小数のかけ算です.

連休にお父さんやお母さんと遠くにドライブに行きました.満タンにするのに車にガソリンを入れたら,3.4Lでいっぱいになりました*1.ガソリンの値段は,1L120円です.ガソリン3.4Lでいくらになりますか.(会話を通して)

1 小数の乗法の立式とその計算
T どんな式で考えられますか.
C 120円×3.4*2
T ほかに違う式の人はいませんか.(声なし)
T この式でいいですか.
C ハイ.
中島健三:小数のかけ算(導入)(5年);前掲書p.85.「L」は原文では小文字筆記体

山田 私も,帯小数から入ることには賛成なんですが,子どもたちが答えを出す時に,4年生の時に習ったことを使って,3.4×120と逆にしたらどうか.もし,そういう答えを取り上げた時に,後でご指導いただきましたテープ図のメリットが消えてしまうような感じを与えるのですが.
*3 そのことは,出るのではないかと予想されたんです.そこでは,いちいちひっくり返してやらなければならないのは不便だから,そうでなくてもできないかという問題と,120×3.4と3.4×120とが答えが本当に同じかということで,いわゆる交換法則が成り立つかどうかということを確認させる必要があるわけですね. 
(p.92)

「3.4×120」が「子どもたちが答えを出す時に」生じることを,危惧しています.「立式時に」ではないのが,少々気になります.一つ,可能性を書くと,立式時に「3.4×120」と言う子がいたら,他の子,または教師=授業者が「それは違うんじゃないかな」と持っていっただろうと,授業者を含む討議者の間で暗黙の合意があったように思えます.2年生の授業ですが,類例として新潟のケースがあります.
次の本では,2〜3年では被乗数・乗数を意識させ,高学年では強制しなくていい,という主張になっています.根拠は異なりますが*4,私はこの方針に賛成です.

乗法の場面、「1ふくろにミカンが3こずつ入っています。5ふくろでは、ミカンは何こでしょう。」は、3×5と立式される。立式は、「1つ分の数×いくつ分=全体の数」とまとめられ、それぞれ被乗数、乗数という。ところで、「オリンピックの400メートルリレー」や「このDVDは16倍速で記録できる」、「xのk倍は」の式は、どのように表わされるであろうか。それぞれ、一般的には「4×100mリレー」、「16×」、「kx」と表される。被乗数と乗数の位置が教科書の書き方と逆になっていることに気付くであろう。この例から分かるように、乗法では、数の位置ではなく、数が意味する内容に注目して、どの数が1つ分の数であるか、いくつ分はどの数かをしっかりと読み取ることが大切である。第2学年や第3学年では、読み取った数を、「1つ分の数×いくつ分=全体の数」と表現できることが重要であり、逆に、この立式ができているかで、数の読み取りができているかを判断できる*5。しかし、高学年になり、乗法では交換法則が成り立つことや外国での立式を知り、数の意味をしっかり理解できていれば、必ずしも第2学年で学んだ順序で立式することを強制しなくてもよい。
(『小学校指導法 算数 (教科指導法シリーズ)』pp.91-92.かけ算・資料集2より孫引き)

次の情報源に進む前に,ちょっと,注意をお願いしたいと思います.ここまでは,「ある式(被乗数と乗数の組み合わせ)のみを正解とし,その被乗数と乗数を逆にした式を不正解とする事例」を探すようにしてきましたが,ここから先は,1件を除き,「被乗数と乗数を逆にした式も正解とする事例」となっています.
それでまた,Webの情報です.平成19年度から実施の,全国学力テストを見ていきます.PDFファイルは俺流・かけ算の文献ツアーから取得できます.
「乗数と被乗数を入れ替えた式なども許容する。」という注意書きが,「平成22年度 全国学力・学習状況調査 解説資料 小学校 算数」p.145ほか,「平成23年度(同)」p.136ほか,「平成24年度(同)」p.150ほか,に書かれています.
「許容」が出てこない解説資料で,気になった出題が2つあります.平成21年度のA[6]では,三角形の面積を求める式を問い(「平成21年度(同)」p.88),p.132では類型番号1から4までを「◎」の正答,「類型1から類型4以外で,計算結果が12になる式を書いているもの」を類型番号5で「○」の正答として,区別しています.これに基づくと,「4×6÷2」は類型番号1,「6×4÷2」は類型番号5となります.
平成19年度のA[5](1)では,底辺が4cm,高さが6cmの平行四辺形の面積(「平成19年度(同)」p.78)について,p.118をそのまま読めば,式が「6×4」,答えが「24(cm^2)」は,類型番号3に入り,誤答扱いとなります.
別の,より古い調査でも,「逆も正解」があります.

次のような問題があります。

水そうに8Lの水が入っています。
この中に0.5Lの水を2はい入れました。
水そうに入っている水は,全部で何Lでしょう。

(1)答えを求める式はどれでしょう。①から④までの中から1つ選んで,その番号を□の中に書きましょう。
① 8+0.5×2
② (8+0.5)×2
③ 8+2×0.5
④ 8+0.5+2
特定の課題に関する調査(算数・数学)調査結果(小学校・中学校)p.99.「L」は原文では小文字筆記体

ページ下部の表によると,①と③,すなわち被乗数と乗数を入れ替えた2つのかけ算を含む式を,正答としています.「向山型算数」読み始めで,どのようにして2つが正解となったか,仮説を書きました.


といったところで,結論です.
高学年の児童らにかけ算の式を作らせたとき,「ある式(被乗数と乗数の組み合わせ)のみを正解とし,その被乗数と乗数を逆にした式を不正解とする事例」も,「被乗数と乗数を逆にした式も正解とする事例」もありました.
将来的に,どちらかに統一されるという要素は,見当たりませんでした.
なので,かかわる者の心構えとして,問題を「解く側」と「与える側」に分け,次のようにすることを,提案したいと思います.

  • 解答する側(子ども)は,かけ算の式を立てたときに,かけられる数とかける数の役割に注意して,答案を書くこと.いったん書いた後でも,読み直して,2つの数を反対に書くべきではないかチェックすること.
  • 出題・採点(評価)する側(教師ら)は,評価や正誤判定の方針を明確にすること.全国学力テストの「乗数と被乗数を入れ替えた式なども許容する。」を取り入れるべきか,検討すること*6

この2つ,書き方は異なりますが,ともに「一つの問題に対して,複数の解決法があるとき,どれを選んで,形にするか?」(工学者)というポリシーのもとで書いていまして,言ってみれば同根なのです.送信は厳格に,受信は寛容にも挙げておきます.
子ども向けに,「2つの数を反対に書くべきではないかチェックする」習慣がない状況では,どんなまずいことが起こるかを,充実させるのは,興味深い課題です.去年,5×3をめぐるお話を皮切りに,小話集を取りまとめました.最近の話だと,15ピース×600円インパクトが大きすぎました*7


「学習者」関連リンク:

*1:引用者注:「ほぼ満タンの状態で,ガソリンスタンドに入ったの?」というツッコミが可能.

*2:原文ママ.これ以降の同記事中には,被乗数に単位を付けるかけ算の式は見られず,「120×3.4」「120×34÷10」「12×34」などとなっている.

*3:引用者注:授業者,ここでは中島健三のこと.

*4:手短に根拠を書いておくと,長方形の面積のところで〈乗数と被乗数を区別しない文脈〉を学習すること,それと,比例の表を使って「横に見る」かけ算だけでなく「縦に見る」かけ算も可能になるからです.

*5:引用者注:「できる」根拠は,数十年にわたる,授業やテストを通じた子どもたちの観察にあると推測できます.このことは,本を読み,Web上で議論する「外の者」---自分を含む---では体感できないようにも思えます.

*6:実のところ,「許容する」という言葉には違和感があります.とはいえ,正解率もさることながら,解答類型を示すことも大事なので,「正解とする」に置き換えるわけにはいかないのですが.

*7:「15ピース×600円」は(算数・数学の)かけ算じゃない,と切って落とすのは簡単ですが,むしろここも,「600円×15ピース」と書いて公開したら,読者がどう思うかを意識した上で,そうではなく「15ピース×600円」と書くことにした,と考えるほうが,現代的かつ実用的に思えます.