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計算手段から切り離して,かけ算を意味づける

私は,乗法の意味づけとして,「累加」と「拡張」に基づくものが,最も望ましいと考えています.算数教育に携わってきた方々の出版物(論文,論説,書籍,学習指導案など)から,その考え方や指導法・活用法を知ることができます.高木貞治ら数学者の本からも,学ぶことができます.
それに対し,「1あたり×いくつ分」や「内包量×外延量」といった形で表される,数学教育協議会主導の意味づけ(「数教協スタイル」と呼びます)は,算数教育を見ていく上でよく理解しておく必要があるものの,決して良いとは思っていません.
4点,その理由を挙げます.まず,「1あたり量」または「1あたりの数」という概念を,かけ算の学習時(2年の児童ら)に身につけさせるのが,困難なように感じます.そして実際,指摘がなされています.
次に,加法と乗法を切り離す方針のため,かけ算の指導が,「1あたり」の学習からとなっていることを,挙げたいと思います.数教協スタイルでない,学習指導要領ほかから読み取れる,かけ算の指導は,いわゆる3口のたし算(明らかに,累加の基礎です)のほか,「まとめて数える」「2ずつ,5ずつ,10ずつ2とび,5とび,10とび」が素地となっています.いずれも1年で学習します.そのように,学習事項を分散させていることに,私は共感を覚えるのです.なお,「分けて学習したとして,新たなことを学ぶ際に,思い出せる?」という質問には,「思い出すための活動を(例えば1問出題するなど)すればいい」が答えになります.
3番目に,結合法則の学習で,1あたり量どうしのかけ算が発生します.例えば90円/個×3個/箱×2箱という式を立て,計算するとき,90円/個×3個/箱=270円/箱によって1個あたりの金額から1箱あたりの金額に変換できるのですが,被乗数・乗数・積がいずれもパー書きの量となるのは,3年向けではないように感じます*1.ここで結合法則は一例であり,より一般には,答えを得るのに複数の演算を使用する状況において(算数教育の用語を使うなら,分解式と総合式に関して),数の部分を維持したまま,内包量から外延量へ(またはその逆),明示的あるいは暗黙による変換が必要な状況があります.

最後に,数教協スタイルの推進にあたり,累加だと乗数が小数・分数になったときに対処できないと指摘している点です.「累加」だけを見て「拡張」を無視している,と言ってもいいでしょう.なお,累加に関する海外の論争を踏まえ,累加と拡張に基づく「わが国の立場」の解説(提案ではなく)が,1960年代に記されています.「累加だと乗数が小数・分数になったときに対処できない」のは十分承知の上で,それで小数・分数でも使える(立式・計算できる)ようにどのように学習内容を配列し,また授業で指導していけばよいかが,検討され実践され,そして確立されています.数教協スタイルは,そういった算数教育の継続性を,断ち切ろうとしているように見えるのです.


といったところで,新たに読んだ論文です:

この筆頭著者が書かれた本を1冊,読んでいます.『子どものつまずきと授業づくり―わかる算数をめざして (子どもと教育)』です.今月にも,小学校の先生はの中で挙げています.
書誌情報の巻号頁によると,最初の最初の論文のようです.「教授学習心理学研究」で検索すると,サイトが見つかり,年2回のジャーナル(機関誌)のほか,研究会や年会が定期的に行われているとのこと.そしてhttp://ci.nii.ac.jp/vol_issue/nels/AA12040493_ja.htmlでは,2009年まで読むことができ,どうやら刊行後2〜3年でオープンアクセス化している模様です.今回の論文の著者(第1・第2を交換)による,高校の日本史の内容で調査結果を取りまとめているものには,ちょっとびっくりしました.
論文に話を戻しましょう.ページ数が多いのは,小学校教師への調査として研究I,教員養成系学生への教授活動として研究IIという,2部構成になっているためです.
そして全体としては,まごうことなき「数教協スタイル」です.累加を批判し,拡張は,(当時の)学習指導要領解説を転記しているだけです.
新しさがない,わけでもありません.研究Iの質問項目に現れるかけ算が「3.2×4.6」「2.7×3.6」と,ともに小数(しかも帯小数)になっているのが目を引きます.交換法則の適用*2を避けたからでしょうか.
質問4は,「さらが 5まい あります。…」ほどではないにしても,ちょっとした引っかけ問題になっているように感じました.

質問4 ある小学校5年生の子どもから「2.7×3.6」について「この式の意味を考えたんだけど,2.7を3.6回足すってどういうことかわかりません」と質問されたらあなたはどう説明しますか。(略)
(p.6)

解答類型が次のページ(Table 4)にあります.当時の学習指導要領解説を読み直した上で,「イ-1」すなわち速さは小学校5年生では未習なので「中間的な説明」または「不適切な説明」に,「エ」すなわち倍を根拠とするのは「適切な説明」に入れるべきだと思いましたが,ってまあそんなところにケチをつけても,どうしようもありませんね.
興味深かったのは,「カ.かける数を整数にして説明」のところです.不適切な説明の一つとなっており,該当者数も,著者が望む「「1あたりの量×いくつ分」という意味からの説明」よりも多くなっています.カは,2.7×3.6の計算の仕方としてなら,まあ一つの考え方です.しかしそれは,質問文に明記されている,「式の意味」まで行き着いていません.
計算の仕方(答えを出す手段)と,かけ算を意味づけを分けることの意義や配慮が,研究IIの教授方針にまとめられています.

g. 既有知識の位置づけ直し…「足し算の繰り返し」は「かけ算の意味」ではないという説明では,「足し算の繰り返し」に関する学習者の既有知識は否定されるだけであるのに対して,これを「答えを出す手段」と位置づけ直すと,学習者の既有知識は別の役割を担うことになるのでその意義を保つことになる。これによって学習者の抵抗感が抑制され,説明の受け入れが促進されると考えた。なお既述のように,これは遠山(1972)に基づく処置であった。
(p.10)

これを学習者(児童ではなく,教員養成系の学生)に向けて書くと,Appendix 1*3の最後の内容になります.

(7)「かけ算の意味」と「答の出し方」の区別
皆さんの中には次のような疑問をもつ人がいるかもしれません。それは,「⑤うさぎには耳が2本ある。ウサギが4匹いると耳の数は全部でいくつか」の場合は,「1あたり量×いくつ分」になっているのは分かるけれど,同時に,2+2+2+2にもなっているから,かけ算の意味を「足し算の繰り返し」と捉えてもいいのではないかという疑問です。
これについては,「かけ算の意味」と「かけ算の答の出し方」を区別するというのが答になります。つまり,かけ算の意味は「1当たり量×いくつ分=全体の量」だ。そして,足し算の繰り返し(2+2+2+2)は,かけ算の意味ではなくて,答えの出し方の1つなのだと捉えます。
「答の出し方の1つ」と書いたのはこういうわけです。⑤(うさぎの耳)の答を出すときは,2+2+2+2でなくて,4+4でもいいわけです。だって4匹のうさぎの左の耳を数えると4本で,右の耳を数えると4本で,合わせると8本だ,でも答が出るわけですよね。これに対して,2+2+2+2というのは,1匹ずつの耳の数を足し合わせて答えを出すという方法を使ったわけです。
(p.17)

うさぎといえば,遠山の記事を思い出します.「6×4,4×6論争にひそむ意味」です.『遠山啓著作集数学教育論シリーズ 5 量とはなにか 1 (1978年)』p.118には,2×3について「2+2+2=6として計算する子どももいるし,3+3=6と計算する子どももいる」としており,その次のページには,3匹のウサギの絵もあります.2+2+2+2と4+4の件は,『子どものつまずきと授業づくり』p.47にも記されています.
とはいえ妙な話です.一番,引っかかりを覚えるのは,答の出し方の中で,4匹のうさぎがどうなっているかを持ち出しているところです.したがって,この説明では,「かけ算の意味」と「答の出し方」が十分に区別できていないように見えます.
あるいは,遠山・麻柄らは,2×4という一つの式に対して,2+2+2+2と4+4という2種類の「答の出し方」があると主張している,としてみましょうか.
しかしこの主張は,個人的にこれまで見聞きし,得てきた内容と異なります.そこでは,複数のかけ算の式で表せる状況があるとき(または教師がきちんとデザインした上で提示し),解答者すなわち子どもたちは,一つ分の大きさ(1あたり量)といくつ分のペアを見つけ,式にします.

うさぎの耳を使うと,「1匹あたり耳の数は2本で,4匹いるから,2×4」「4匹のうさぎの左の耳を数えると4本で,右の耳も同じなので,4本が2つだから,4×2」の2つが考えられます.「1匹あたり耳の数は2本で,4匹いるから」と「4本が2つだから」は,かけ算の式で表される根拠であり,したがって,式にするより前に得るべき推論ととらえたいところです.そのほうが,「かけ算の意味」と「答の出し方」を区別しやすいのです.

ところで常に2つの考え方ができること,言い換えると「誰もが思っている方法だけじゃなくて,1あたりといくつ分を入れ替えることができるんだよ」というのは,トランプ配りの根幹をなしています.今回はその考え方の是非にできるだけ立ち入らないようにしたいのですが,出題の仕方によって,2つ(以上)の式が正解となる場合もあるし,1つだけが正解となる(被乗数・乗数を交換した式は不正解とする)場合もある---そしてこれが圧倒的---というのが,遠山の提唱以後,多くの書籍で確認できるところです.
例えば,「3びきのうさぎの耳の数はぜんぶでいくつ?」という出題では,2つが3つなので2×3=6,答えは6つ(あるいは6本)が期待されます.「1匹あたりのうさぎの耳の数は2つ」は明示しないけれど,これまでの学習や生活経験から思い出してねという意図が見えます.かつて,この種の出題に《B型》と命名したものでした.


挙げられている引用文献にも注意した上で,今回読んだ論文は,かつて書いた「数学教育協議会を結成した遠山啓の考え方(略)を信奉している」の一例になっていると理解しました.
いわゆる「かけ算の順序論争」の状況をきちんと理解し,今後の「かけ算」教育が,また学校教育がどうあるべきかを理性的に議論していこうとするなら,「かけ算の意味はコレだ」ではなく,「かけ算の意味づけにはいくつもある」ことを前提とした上で,学年や,解かれるべき問題に応じて,適切な意味を設定したり活用したりしていくべきではないかなと考えます.
関連:


Q: 「1あたり量」は,2年生には難しいとしても,高学年なら理解できるのでは?
A: ええ,学習指導要領に書かれている「単位量当たりの大きさ」が,1あたり量に対応すると思います.どちらの名称(あるいは他の名称)を使うかは,教科書や学級,先生方次第です.
Q: 温度って,引き算できます?
A: はい,温度どうしの引き算で,温度差が求められます.高校の物理の話ですが,熱量の計算に使われます.過去問の出題分析(物理)その4 | job bachelor(仮)に,計算例があります.数学的には,今回の論文に見られる「4℃」や,リンク先の「70度」「20度」などは,アフィン空間の元なのに対し,温度差の例えば「50度」は,線形空間の元です*4.あるいはwikipedia:尺度水準にあるとおり,摂氏で測る温度は間隔尺度,温度差は比率尺度として,区別されます.

(最終更新日時:Wed Oct 24 06:14:32 2012ごろ)

*1:ここでパー書きの単位は,本質ではありません.すなわち,「90×3×2」という,式に単位を付けない方針をとっていても,内包量と外延量(たせない量と,たせる量)の区別を行い,それらに基づいて乗法を定義しているなら,やはり起こる得る課題です.

*2:例えば,3×4.6=4.6×3=4.6+4.6+4.6=13.8

*3:本題から外れますが,p.14にある「(2)予備知識…外延量と内包量」の説明だと,「4℃」も足し算ができないので内包量扱いされてしまうように読めます.実際にはこの「4℃」は,「6時59分」といった時刻や,計算機のアドレスなどと同様の,位置に関する値(量)であり,アフィン的概念です.その同種の値の足し算は(平均など特別なものを除き)できないけれども,引き算は可能です.

*4:線型代数 (1976年) (現代数学への序章〈3 赤摂也,広瀬健編〉)』p.133.補足すると,温度どうしの引き算をa−b=a+(−b)によって定義していません(できません).原点oを入れてa'=a−o,b'=b−oとした上で,a−b=a'−b'と定義します.このときaを温度計から得られる「70度」,a'を「0度より何度高いか」すなわち温度差として見たときの「70度」に,割り当てることができます.