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かけ算の順序は,ネットde真実

タイトルは思いつきです.以下,wikipedia:かけ算の順序問題の現時点の内容や,これまでの編集履歴をもとに,個人的に思い出したことを,書いています.*1
本日の出典なし引用は,Wikipediaの当該記事からであること,そしてそこの改訂により,本エントリもたびたび書き換えている書き換えるかもしれないことを,先にお断りしておきます.

教育上の有用性

正しい順序があるかのような記述は教科書、教科書指導書、市販の学習参考書に広く見られるが、数学的基盤を欠くとともに、その教育上の有効性を示した文献は見つからない。また、文部科学省による学習指導要領および指導要領解説には規定されていない。

教育上,有効だと判断したのでそれを採用した,というので思い出すのは,これまで何度も引用している件です.

しかし,上のような指導だけでは,問題をすこし変えてテストしてみると,ほとんど進歩しないことがはっきりわかってきた。つまり,一方を否定するような消極的な指導だけでは,前に述べたような問題を組織だてる力を伸ばすのに,ほとんど役だたないことがわかった。これが再指導に対しての評価であって,指導の方法を修正する必要をつかんだわけである。そこで;問題解決を,同数累加の形にもどして,倍の概念をしっかり押えるように指導したのである。今度は成功した。この事実を教師が見届けたのもやはり評価である。

http://www.nier.go.jp/guideline/s26em/chap5.htm

学校教育に反映させる以前に,「有効性を示」すのが,簡単なものではありません.例えば,対照実験を行えばいいのではという素朴な発想に対しては,次の内容が関係してくると思われます.

平林(1989)も後に,「科学的な」実験心理学の研究方法だけでは数学教育研究には限界があることを指摘している:
「わが国の数学教育の研究法のなかで,最も科学的な手法と見られるものは,おそらく実験心理学的研究法の亜流ではないかと思う.筆者はこのような研究法を悪いとは思っていない.むしろ若い研究者は,もっと心理学者に学び,その手法に熟達してほしいとさえ思っている.
しかし,それとともに,これまでのいわゆる実験心理学の成果が,教育はおろか,算数・数学教育の研究にも,それほど大きいインパクトを与えていない現状をみると,数学教育に固有な研究においては,心理学者への単なる方法論的追随であっては,大した成果は期待できないのではないかと思っている」
(『数学教育学研究ハンドブック』p.11)

それと,「学習指導要領および指導要領解説」を持ち出す場合には,

  • 「乗数や除数が整数である場合の小数の乗法及び除法」が第4学年
  • 「乗数や除数が小数である場合の乗法及び除法」が第5学年
  • 「乗数や除数が整数である場合の分数の乗法及び除法」が第5学年
  • 「乗数や除数が分数である場合の乗法及び除法」が第6学年

に入っており,これらから被乗数と乗数の区別を読み取れる点も,押さえておきたいところです.

間違いの解釈

8×xになっている場合は「8円のノートがx冊」という意味になるので、正しくないとされている

2011年1月15日 朝日新聞 夕刊 「花まる先生公開授業」では、「3×2だと3本耳のウサギが2羽いることになる。」「2×8だと2本足のタコが8ひきいることになる。」という授業を肯定的にとりあげた。

「逆に書くと意味が変わる」の解釈の仕方として,「8円」「3本耳」「2本足」が特徴的ですが,かけられる数とかける数の役割を逆に見るものばかりになっています.
また別の解釈ができます.かけられる数に置いたものの数量は,問題文のままで,かける数を「〜倍」とみなす,というものです.このとき,「8×x」は8冊のノートがxセット,「3×2」だと3羽のウサギが2グループ,「2×8」だとタコ2匹が8組,となります.
実例を示したほうがいいですね.

三年の乗法九々の学習で,三の段がひととおりすんで,こどもたちは三の段の九々がすらすら唱えられるようになった。そこで,教師は次のようなテストを行って,こどもがかけ算の意味を理解して,九々を適用する力が伸びたかどうかを調べてみた。

問題 3人のこどもに,えんぴつを2本ずつあげようと思います。えんぴつがなん本いるでしょう。どんな九々をつかえばわかりますか。

どんな九々をつかうかという問に対して,3×2=6と答えたものが予想以上に多いことがわかった。これによってこどもは問題に出てくる数を,その数の意味を深く考えもしないで,出てくる順に書き並べ,その間に,かけ算記号を書き入れることがわかった。問題に出てくる数を頭の中にいったん収めて,演算の決定に導くように問題の場を組織だてる力が欠けているらしいことがわかった。そこで,その欠けていることについての再指導に入るわけである。
3は人数を表わしている数である。それを2倍した答の6は何といったらよいか尋ねてみる。それで,6人となって問題の要求に合わないことを説明する。このようにして3×2=6とするのが誤であることを明らかにしたとする。

http://www.nier.go.jp/guideline/s26em/chap5.htm

ここでは問題文の「2本」が,指導において「2倍」に変わっています.言ってみればこれが,知り得る最古の「サンドイッチの法則」です.*2
一つのかけ算の式で,2種類の「こうなるよ」という,間違いの解釈は,1枚の絵になっています.

板書で見る全単元・全時間の授業のすべて 小学校算数2年〈下〉』p.46からです.『新版 小学校算数 板書で見る全単元・全時間の授業のすべて 2年下』p.44にも同様の絵があります.

式と絵

批判の中に,「伊藤宏の報告」というのが出典つきで入っています.

文章全体を確認した上で,その調査(問5,表4)から読み取れるのは,「乗法の意味が明確に理解できていない」こと,言い換えると児童の多くが乗法の意味を忘れてしまっていることです.「絵を描かせた場合、絵を見ることによって児童が正しく問題文を読み取っているか判断できる」ではありません.
そこでの乗法の意味は,「1つぶんの数×いくつ分=ぜんぶの数」とみていいでしょう.したがって,この報告もまた,「かけ算の正しい順序」を推進・擁護する側になります.
それと,式の誤答率・絵の正答率を高くすることは,この出題の意図(作為)なのでしょう.というのも,式の正答率を少しでも高くしようとするなら,図示が先,立式が後という,問題解決において自然な出題構成にすればよいからです.
この調査はいわゆるレディネステストであること,したがって正答率が低い状況に対して,本時の授業に先立ち,適切に指導をしている(「回復学習」,『教育評価 (岩波テキストブックス)』p.122)と考えられることも,意識しておきたいところです.
なお,当記事で初期リリースに入れていた「批判に「要出典」がなくなった?」は,出典がついたのでいったん丸ごと除去しました.骨子を以下に残しておきます.

ミカンの長方形配置

批判の中の,ミカンの長方形配置に焦点を当ててみます.「こうしたら,みんな,『3×4』でも『4×3』でもいいと分かってくれるよね」という意図だと思うのですが,その発想の,算数教育への適用には,いろいろと壁が見えます.
まず思い浮かぶのは,その図は「3人にそれぞれ4個ずつミカンを配った」を表していない,という反論です.「3人」「4個ずつ」という,問題文に入っている情報が,図に見当たらないのです.
連想するものがあります.先に断っておきますが,2年向けのかけ算ではないし,そもそも教師を対象とした調査です.

質問4 ある小学校5年生の子どもから「2.7×3.6」について「この式の意味を考えたんだけど,2.7を3.6回足すってどういうことかわかりません」と質問されたらあなたはどう説明しますか。
(麻柄ら: 「小数のかけ算」に関する教師の不十分な意味理解と教員養成系学生への援助, http://ci.nii.ac.jp/naid/110008729855 p.6)

この質問文で,正解を得るための重要な要素に,「式の意味」があります.例えば「2.7を36回足して10でわる」は,(小数のかけ算の)式の意味まで言及していないため,「不適切な説明」としています.
ミカンの配置に関して,また別の課題が指摘できます.その図にするのは,直積(デカルト積)に基づいたアプローチです.
長方形配置(アレイ)と直積の結びつきは,早いうちからノートに書かれていた文献*3で指摘されています.目にしてきた国内外の論文・解説・報告書を総合すると,直積に基づく乗法の意味づけについては算数教育上,課題があるという結論に,ならざるを得ません.*4
この話は,アレイ図を与え,児童らはその総数をかけ算の式で求めるのと,違う点にも注意をしたいところです.そこではアレイを,計算の対象としています.文章題から(囲い込みなしの)長方形配置で図示するのは,アレイを計算の手段としているのです.
長方形配置の,文による(図なしの)記述として,遠山の示した「教室の机は1列に6つずつ4列ならんでいます.机はみんなでいくつありますか」や,"The apples in the grocery window are in 3 rows and 6 columns. How many apples are in there?" (http://www.corestandards.org/assets/CCSSI_Math%20Standards.pdf#page=89)があります.

8×x

この教科書の指導書によれば、

☆1の(ア)でいえば、x × 8 = y でも y = x × 8 でも正しいが、「1冊x円のノートを8冊買い、代金がy円であるときの関係式」という文章の流れからいけば、x × 8 = yを推奨したい。
ただし、x × 8 が 8 × x になっている場合は、「8円のノートがx冊」という意味になってしまうので問題文とは合わない。常に式の意味をしっかりと意識させることが大事である。 
(啓林館 小6算数教科書『わくわく算数6上』指導書朱註 p.58)

このように、現行の教科書では「かけ算の順序によって、問題文を正しく読み取れているかを判断できる」とされており、現場教員向けのマニュアルでも「かけ算の順序によって、問題文を正しく読み取れているか判断すべきである」としているのである。

上の引用から読み取れるのは,x,yといった文字を用いた式でも,「1つぶんの数 × いくつ分 = ぜんぶの数」が適用される,ということです.別のかけ算の式を根拠にするなら,それに従うまでです.
学習指導要領を見直しておくと,第6学年の中に,「数量を表す言葉や□,△などの代わりに,a,xなどの文字を用いて式に表したり,文字に数を当てはめて調べたりすること。」とあります.
ところで,学習指導要領を参照しながら,「かけ算の順序」を検証するのなら,他に留意すべきことがあります.「(単価)×(個数)」という表記が,小学校学習指導要領解説 算数編(p.58)と,中学校学習指導要領解説 数学編(p.71)に入っています.「(単価)×(個数)と書きなさい」と規定しているわけでもありませんが,これが「1つぶんの数 × いくつ分」に基づいて得られる式だというのは,容易に想像できます.
2つの解説に同じ形の式があるので,小学校・中学校での文字式の一貫性が期待されます.さらに言うと,小中に「(単価)×(個数)」とあることは,教科書に「(小学校高学年・中学生になったら)どちらでもいい」と示すことを,抑制しているようにも見えます.この推測が妥当なら,「文部科学省による学習指導要領および指導要領解説には規定されていない」は削除するか,書き換えや補注が必要になりそうです.
なお,個数が例えば2個で単価が変化する(変数xとします)なら2xにしないといけない,という指摘も可能です.これについては,いったん「x×2」としてから---慣れないうちは実際にノートなどに書き,慣れてくれば頭の中で---,中学校スタイルの式の表現として2xと書く,ということになるのではないでしょうか.その流れにおいて乗法の交換法則は,場面をx×2で表す段階ではなく,x×2を2xに置き換える段階で使用されます.

雑多なところ

  • 「トランプ配り」は,名称のバリエーションこそあれど,学校での適用の対象・場面はもっぱら,等分除です.トランプ配りの乗法への適用は,遠山が提唱者であり,算数教育に携わる人々の間では議論されず(適切だからではなく,活用の対象とされなかったと見るべきでしょう),ネットで盛り上がっているように見えます.別の言い方をすると,算数教育において「トランプ配り」というのは,「3個あれば全員に1個ずつ…4つ分」までであり,「なので3×4」と,かけ算の式にすることまでは,受け入れられていないということです.…11月11日朝,見たら,「トランプ」が記事から取り除かれていて,びっくりしました!
  • サンドイッチの話では「円×冊=円のようにサンドイッチの形にするのが正しいなどと指導」に出典がほしいところです.問題集ですが,4マス関係表で解く文章題教育出版版 小学算数 2年が関連しそうです.個人的には,サンドイッチは,「指導」ではなく,式の確かめや数量関係の把握に「活用」されているように思うのですが.
  • どの子も伸びる算数力』pp.172-173にある出題・指導の事例もまた,かけられる数にあるべきものが,かける数に書かれたので,これが〜倍を表す,というかけられる数のほうを〜倍の解釈をしています.田中博史の本の引用の「このような問題文になっていると子どもたちは必ず式を間違えますよね」と同じ話の進め方(そして時間的には先)という点でも,興味深い内容だと思います.
  • 「ディポール大学教育学部の高橋昭彦」を出すなら,かけ算の順序だけでなく,http://www.odekake.us/index/brilliant_people46.htmにも目を通しておきたいところです.
  • 包含除・等分除に言及するなら,関連項目にwikipedia:除法があってもいいのでは.…入りましたね.
  • 少し古い版なのですが,あるときから批判の中に「抽象化」が消え,軽く驚きました.抽象化のことが解説されているのは,『算数教育指導用語辞典』p.57でしょうか.とはいえ辞典を,Wikipediaの出典にするのも変ですね.ちなみにこの本もp.19から,「「かけ算の正しい順序」を推進・擁護」する側と読めます.
  • 外部リンクの「北海道教育大学の教授 宮下英明」について,国立大学法人 北海道教育大学 |教員情報  | の「著書、学術論文」から,出版物リストを見ることができます.「かけ算の順序」を含むものはいずれも「著書」で,リンクを進めれば,オンラインブックばかりです.ここでは氏の発表形態の是非を問うものではありませんが,「論文」の合間にそれらが解説として作られている点は,「かけ算の順序」を学問上(数学教育学から見て),どう認識すればよいかについての示唆を与えているように思います.
  • 宮田らの論文が,参考文献に入っています.読み直しましたが,「いったん状況を絵にかいて式と答えを書くことができるようになった児童」は見当たりませんでした.状況理解のときも,学習支援プランの実施でも,絵を用意したのはスタッフです.…hotfixがなされましたか.
  • 伊藤宏の報告,そして宮田らの論文ともに,それぞれの趣旨(何をするための調査・設問か)を示しておらず,「学校で『かけ算の順序』を指導しても,子どもたちは身についていない(混乱をしている)んだよ」という方向へ持って行くような取り上げ方は,百科事典としてどうなのかなと思います.
  • wikipedia:学習指導要領も,関連項目に入れておくべきかな.まあそうすると,「1953年(昭和28年)までは学習指導要領(試案)という名称であった。」なんてのも見つかるのですが.
  • 批判が細分化され,「多面的にものを見る力や論理的に考える力を育てることにマイナス」という項目が入っています.そこの理由は「直積」で,それについては上述のほか,先日も検討しましたので,ここでは別の点を指摘しておきます.「かけ算の順序」を維持した上で,「多面的にものを見る」授業は数多くあります.山梨のケース,新潟のケースのうち新潟のほう,それとhttp://www.kasanken.com/03shidouan/2nen/2-20071006-kakezan.pdfを,思い出しました.それらと比べると,批判というのが,かけ算(乗法の意味の理解)に関して学校で行われている指導や評価の中でも,極めて小さな---批判者にとって都合の良い---範囲だけを取り出しているように見えてなりません.
  • 文章題(→絵)→式→答え,が出題・解答のしかたのすべてではありません.子どもは?で集約を試みましたが,かけ算の式をもとに,子どもらの設定した場面(文章題,絵など)がその式と合っていないことを確かめる話---□×△と△×□の違いを,子どもらは認識しているわけです---が,向山型算数,筑波の算数,数教協&日教組と,まったく異なる算数教育の団体に関わる人の本で,書かれています.
  • 「正しく読み取りができていないとされる式の書き方をしている児童は、答が正しくても「式」が正しくないので不正解だとされることがある[要出典]」について,本を引くなら,『小学校算数 これでバッチリ!計算指導 (指導のこつシリーズ)』のp.72とp.123かなあ.Webだとhttp://www.sokyoken.or.jp/kanjikeisan/pdf/2nen.pdf.そこの調査に入っている,たし算の文章題と比較すると面白いんだけど*5

(最終更新日時:2012-11-13 深夜.「8×x」を追加しました)

*1:Wikipediaが教えない,かけ算の真実」とどちらが,本日のエントリのタイトルにふさわしいか,ちょっと迷いました.どちらにせよ,我ながらなんとも下種ですね.

*2:ここの3×2=6を,「3人×2本/人=6本」と解釈することは,単純な交換法則の適用,Vergnaudの解説をもとにした関係作用素などから,理屈として可能ですが,結局のところ学校教育は,その考え方を採用していません.

*3:中島: 乗法の意味についての論争と問題点についての考察, http://ci.nii.ac.jp/naid/110003849391

*4:キーワードの一つは「現代化」です.あと問題意識としては,順列・組合せが低学年ではなく6年で取り扱われているのはなぜか,その学習・理解には何を前提とするのかを,考えてみるのがよいように思います.

*5:加法《BA型》