学者にできることは何か――日本学術会議のとりくみを通して (叢書 震災と社会)
- 作者: 広渡清吾
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 2012/05/18
- メディア: 単行本
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(略)学術会議の審議が注目されることは歓迎すべきことであるが、7月3日の読売新聞朝刊第1面に「原発撤退なら月2121円増 学術会議試算」という記事が掲載された。
この記事は、私たちからみて、2つの問題があった。1つは、この試算が分科会の審議資料に含まれていたのはその通りであるが、これはなお精査を要すべき中間的なデータと位置付けていることである。もう1つは、この試算だけに焦点を当てることによって「原発撤退が経済性から見て問題である」という印象を読者に対して作り出すことである。この2つの問題は、学術会議にとって遺憾なことであり、いずれにしてもこの記事によって社会に誤解が生じないように対処することが必要であった。副会長と事務局長が相談して(後述するように金澤会長は6月20日に70歳定年制によって退職した)、学術会議のウェブサイトに釈明を掲載した。
新聞は「ニュース」を報道し、なにが「ニュース」であるかは、報道する新聞に決定する権利がある。しかし、学術会議から発出される提言の一部分が全体の文脈から切り離され、あるいは審議途中の事項がそのことへの配慮なしに、「ニュース」として報道されると、社会に対して結果において誤っていたことを伝えかねない。このような関係は、なにも学術会議のみに係る話ではないであろう。報道する側が、なにを「ニュース」にするか、そこにこそ、報道する側の社会に対する責任と見識が問われる。エネルギー政策に関する報道が「発電コスト」の多寡にのみ焦点をあてることに、その後も苦々しい思いをもった。
「誤ったことを伝えかねない」ということは、すぐに実証された。おそらく脱原発の立場に立つ国会議員から「原発をやめたら2千円も電力料金があがります」というメッセージを学術会議が出すことはきわめて「政治的」であり問題だ、と批判が来たのである。北澤委員長と事務局担当者が出かけていってこれが誤解であることを説明した。いずれにせよ、学術会議がこうした状況の下に活動していることをあらためて認識させられた。
(pp.73-75)
新聞記事と,学術会議の釈明を,見つけるのにちょっと時間がかかりました.
- http://www.yomiuri.co.jp/atmoney/news/20110703-OYT1T00003.htm
- 平成23年7月3日(日)付けの読売新聞第一面「原発撤退なら月2121円増 学術会議試算」の記事について|日本学術会議
本では,原発やエネルギー政策のこれからについて,日本学術会議がどのように意見を取りまとめ,公表してきたかについて,取りまとめる側の視点で書かれています.
著者は金澤会長退職後に,会長に選ばれました(2011年7月11日,前掲書p.88).任期は,学術会議の第21期が終わる同年9月までと,短かかったとはいえ,日本学術会議幹事会声明として9月22日に出された「東日本大震災からの復興と日本学術会議の責務」(前掲書pp.154-156,PDF)が,その活動の総括,また次の期へのバトンタッチとなる提言であるとともに,このメッセージの読み手(「市民」)がこれから,どんな行動していけばよいかを考える指針になっているように思います.
上の引用ですが,何度も読み直していると,自分はどうやら,日本学術会議の側よりも,読売新聞の側に近いように,思えてきました.
釈明する側よりも,報道する側,と言ってもいいかもしれません.自分の言動が新聞などに載るわけではなく,報道というか発出の手段は,当ブログをはじめとする「ネット」のほか,授業やゼミなどでの学生への発言です.
情報をやりとりする際,それまであるいはそのときに得た情報に対し,自分から発する情報を選択する作業が入ります.情報源を示す(ブログだったら,リンクする)だけでなく,全体または一部を転載したり,自分なりに要約をしたりすることもあります.
そんな中,昨日のゼミでは,ショートトークで「情報強者」をテーマにしゃべってみました.これを話そうと思ったきっかけは,次の件です.
3番目の岡本真氏(アカデミック・リソース・ガイド株式会社,saveMLAK プロジェクトリーダー)は,持続可能な事業運営のため,二次利用しやすくすること,そこに壁があると利用されなくなることを,力強くおっしゃっていました*2.
継続のために
*2:聞いた瞬間は正直なところ,「この方,情報強者なんだなあ」と思いました.昼食中に一人で考えてみたのですが,二次利用に際する問題(承諾をした人の意に反する利用など)については,それに対処することを,情報の保持者・運用者が保証することまで含めた上での,「二次利用」なのだろうなと思うに至りました.
もう一つあって,東京出張のリュックに入れていた『創造力なき日本 アートの現場で蘇る「覚悟」と「継続」 (角川oneテーマ21)』です.ここからも,仕事の厳しさとともに著者の「情報強者」ぶりを見ることができたのでした.
「情報強者」はあいにくまだ,辞書に載っていません.情強/ 情報強者/ 同人用語の基礎知識の記述をもとに,自分なりに検討しました.
専門知識の面でも情報発信力(メディア力)の面でも,岡本真氏,村上隆氏に肩を並べるどころではありません.だけれども自分は,学会行事に参加でき,本を選んで読め,また情報提供の機会を持っているわけで,現時点で「情報強者」になっているなと,ショートトークの内容を練りながら,思うに至りました.
「情報強者」と認識したとして,何をしていけばいいのか…
ショートトークでは,wikipedia:ノブレス・オブリージュを引いた上で,「得た情報を,適切な方法で社会に提供(還元)していくこと」が,情報強者のノブレス・オブリージュになるだろう,と話を進めました.
まとめの中に,学生へのメッセージを複数書くのは良くないと承知しつつも,
- 強者の奢りではなく,社会の一員として「尽力」する
- 研究室を,情報強者の集う場にしたい
を取り入れました.ともに,偽らざる思いです.