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学校教育を受けた子どもは

子どもは数をどのように理解しているのか―数えることから分数まで (子どものこころ)』を読み直しました.以前に,「■文化による違い」から始まる内容を取り上げましたが,本日はその直前です.
「■日常生活からの学習」と題した文章です.「日常生活の中から数をどのように学習しているかを見るための手っとり早い方法は,同じ年齢の子どもで,学校に通学しているものと通学していないものとを比較することだろう」(p.132)から始まります.ここで「数」とはnumberではなく,number concept(数概念)やarithmetic(算数,計算)を意味していると考えるのがよさそうです.
日本では,比較どころか「通学していないもの」を見つけるのが困難ですので,世界に目を向けます.街頭の売り子を調査した研究を紹介しています.学校でかけ算・わり算を学習する前に学校をやめている子もいたりして,何がいくつなんてときの金銭勘定は,物売りをしていくなかで彼らなりに工夫しているわけです.対話例を:

買い手:「ココナツ一つは、いくら?」
子ども:「35クルゼーロ」
買い手:「10個ほしいんだけど。いくらになる?」
子ども:「三つで105だから、もう一つ三つで210。(少し考えて)あと四つだから、(少し考えて)315、だから350だと思う」
(pp.133-134)

このように,105+105+105+35と計算しているわけです.「学校教育にたよることなく、まさに街頭での商売という生活上の必要性から計算の方法を自ら獲得した例」(p.134)です.
しかし,そういった事例をもって,学校教育と同等の知識・能力をもち活用しているというわけではない,というのが著者の見解です.2種類の調査とその反応を例示したあと,次のように述べ,「■日常生活からの学習」の結論としています.

それでは、学校教育はこうした数の能力の学習に何の効果ももたらさないのだろうか。そんなことは、ないはずである。ギンスバーグの研究では、たし算の方略に明らかな差がみられた。学校教育を受けた子どもは、問題に応じて効果的な方略を選んで解いていた。つまり、問題に応じて解くための方略を柔軟に使い分けていたのである。ところが、伝統的な生活をしていた子どもは、どんな問題の型であれ、彼らが知っている方略を一貫してかたくなに使用し続けていることが明らかにされている。つまり、日常生活でもある程度の有能さを身につけられるが、そこには自ずと限界があることが、示唆されたわけである。
(pp.135-136)

方略の例としては,35×10の計算で「35に0をつけて,350」が思い浮かびました.
といったところで,日本の算数に視点を移します.そこでは,「問題に応じて解くための方略を柔軟に使い分けてい」るのでしょうか.「かけ算の順序」論争では,ある決まったかけ算の式しか認めない,という指導や評価になっているのではないでしょうか.
これまで見てきた限りのことを言うと,「柔軟」と断言はできませんが,一つの問題に対して様々な方略があることを,典型的には問題解決型の授業を通じて学習しています.文章題に対して,ある方略で答えを得た児童に,「こんな方法もあるのでは?」と持ちかけると,自分の出したものと比較し,当初の考え方でいいのだとする事例もあります.小学校の算数についてはもっぱら本からですが,大学で,自分が担当したり参観したりしてきた授業でも,同様の学生の行動を見かけることがあります.
基準量が後に示された問題から,1つ分の数といくつ分が何になるかを確かめる授業では,反応として出てくる2種類の式を子どもたちが比較して意見を述べます.間違いとされる式には,「この式だと〜になっちゃうよ」といった言い方で,式の読みを示します.比較検討・練り上げ,そしてまとめという流れが,乗法意味理解に関する問題解決型授業の定番となっています.
「かけ算の順序」論争を踏まえて言い直すなら,子どもたちは,a×bが正解となる場面で,b×aという式を認識しているが,比較検討の結果,それを場面に合った式として採用しない,といった次第です.
評価・テストに関しては,授業を終えテストまでの間に忘却していること,また「どんな出題にしたら正解するのはどのくらい」という,正答率の相場のようなものがあることを,テスト結果を受けてどのような指導をすればよいかと合わせて,考察として書いていますので,関心のある方はどうぞ.


ところで「クルゼーロ」を含むやりとりの出典は

  • Carraher, T.N., Carraher, D.W. and Schliemann, A.D.: Mathematics in the streets and in schools, British Journal of Developmental Psychology, Vol.3, No.1, pp.21-29 (1985).

で,http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/j.2044-835X.1985.tb00951.x/abstractから本文を無料でダウンロードできます.
上で「35×10」と書いた件,英語だから10×35だよなと思って読んでいくと,「35×10」と記載されていました.単価×個数の形だよと軽く驚き,さらに読み進めると,「35×10 was solved by the subject as (3×35)+(3×35)+(3×35)+35」という記述に出くわしました.
どっちでもいいという解釈も,できないことはないのですが,その論文の著者らの中には,「単価×個数」と「いくつ分×1つ分の数」というかけ算の式表現が,乗法の交換法則ほかの計算規則とともに,併存しているのでしょう.