わさっきhb

大学(教育研究)とか ,親馬鹿とか,和歌山とか,とか,とか.

「×」から学んだこと 13.04―教育

Q: 数学は自由であるべきでは?

A: 「かけ算について,何を学ぶべきか」は,数学ではなく,数学教育の課題です.
数学との連携はもちろん必要ですが,学習者(子どもたち)の発達に応じた指導の方法や,政策として算数・数学の教育内容がどうあるべきかというのは,数学だけで答えの出せるものではありません.
例えば次の文献では,数学者バスと現場教師(教育実践家)ボールとの間の協同の事例を中心としながら,「数学教育は, 数学ではない. 」という文を皮切りに,それらの違いを述べています.

Q: 文科省の見解では,かけ算には順序があると教えるとはされていないと聞いたのですが,どうなっていますか?

A: 教え方は,各学校・各教師に任されています.もちろん完全に自由ということはなく,先生が休んでも代わりの先生が授業できるよう,また学年が上がってもそれまでの内容をもとに新たな事項を学べるよう,学習内容が配置されています.
マルかバツかの観点でいうと,東京都下(実施は東京都算数教育研究会)や,日本国内の広い地域での(複数校の)学力調査で,《りんごの問題》の類題が見られます.それは子どもたちに「かけ算の意味」がどれくらい定着しているかを,外在的に評価するために使われています.
『かけ算には順序がないのか』に書かれている,文部科学省へ電話をしたエピソードは,かけた側の「俺理論」への理解を,文科省に求めようとしていると受けた側が判断し,言質を取られないよう「文科省としては,かけ算の式には順序があるという指導をしていないし,順序はどちらでもいいという指導もしていない」と回答したのではないかと考えています.

それと,学習指導要領を根拠とする場合,上の学年にも目を向ける必要があります.例えば小数×整数は第4学年,整数×小数は第5学年で学習することとなっています.現在の小学校の算数は,式計算だけではありませんので,それぞれのかけ算が用いられる場面,したがって「小数×整数」と「整数×小数」という2つのかけ算の意味が,異なっていると認識できます.

Q: 学習指導要領は,読んでおいたほうがいいですか?

A: ええ,いいと思いますよ.
文科省サイトから,学習指導要領解説のPDFファイルがダウンロードできます.通し読みして,分からない言葉は他の本で理解を図り,それからまた読み通すと,算数教育の面白さと難しさが見えてきます.

Q: 学習指導要領にも,2×6と6×2が同じことを表す図が載っているんでしょ?

A: 12個のおはじきを,2行6列に並べれば,それは2×6にも6×2にもなるという,学習指導要領解説にある件ですね.それは2×6と6×2が「同じ」というよりは,12を例として,「数についての感覚を豊かにする」ための活動となっています.
《りんごの問題》に対してりんごを3行5列に並べたものは,その問題を適切に図示していない,とされます.何を出発点として,何を言うことができるかには,注意を払いたいものです.

Q: 学習指導要領は,不磨の大典ですか?

A: 学習指導要領は,日本の初等中等教育における憲法のような役割があると言っていいでしょう.学習指導要領解説は,そのコンメンタールとなります.実際のところ,小学校学習指導要領解説 算数編については,学習指導要領に記された各事項は,この解説の中に箱囲みで入っています.教科書は個々の法律,教科書検定は法案審査といったところでしょうか.
大日本帝国憲法日本国憲法との違いもあります.学習指導要領はこれまでの改訂履歴を見ると,およそ10年ごとに改訂がなされています.今後もそうなるでしょう.その間に,教育実践の成果が蓄積され,課題をもとに次の改訂となるわけです.

Q: いろいろな学力テストで,かけ算の文章題の正解率が低いのは,かけ算の順序を前提とする,現在のかけ算の指導方法の効果が低いことを意味しているのでは?

A: 《りんごの問題》と同種の出題で,正解率が低くなっている点には,同意します.
自治体や算数教育の団体が実施する学力調査は,各解答者(児童)の学力把握よりも,教師や学校などへのフィードバックが主目的となっており,そこで,正解率の低い出題と改善案の提示がなされているのでしょう.
正解率の低い問題としては,低学年向けだと,《りんごの問題》の類題のほか,かける数が1増えたときに,積はかけられる数だけ増えることと問うものが挙げられます.高学年になると,かけ算・わり算の選択や,情報過多における平行四辺形の面積(隣り合う辺の長さをかけるという間違いが多い)がよく知られています.
なお,正答率は,テスト実施の前に類似問題を解かせればアップできるので,これを主要な(あるいは唯一の)尺度とすることには賛成できません.

Q: 全国学力テストの採点では,乗数と被乗数を逆にしても,バツにしていない.なぜ教育現場では,かけ算の順序にこだわるのか?

A: 簡単にいうとそれは,「2年のかけ算」と「高学年のかけ算」の違いです.
全国学力・学習状況調査は例年,6年生が解答しています.そしてご指摘のとおり,平成22年度以降の小学校算数の解説には,「乗数と被乗数を入れ替えた式なども許容する」という注意書きが入っています.
面積に代表される〈乗数と被乗数を区別しない文脈〉や,乗法の交換法則をはじめ二つの数量の関係を記号で表す,4〜5年あたりで,「順序にこだわらない」ようになっていると感じています.
その段階では,かけられる数とかける数の区別ではなく,かけ算かわり算かによって,演算の意味の理解を調査することが主となっています.

Q: 教育評価って,必要なのでしょうか?

A: はい,いまの小学校の教育において,授業やテストでどのような問題を解かせ,その結果をどのように理解・活用していくかを知るには,教育評価の概念は避けて通れません.
その中でも,診断的評価・形成的評価・総括的評価の考え方は,「いつ(どんな状況で)その出題をしたのか」を理解する,キーポイントになります.また近年では,パフォーマンス評価やルーブリックに基づく評価が活用されていますが,かけ算の単元でも,それらの評価法を組み合わせた授業の例があります.
定評のある本をご覧になり,“値踏みのためのテスト”という古い教育観から解放されることを,希望します.

Q: 交換法則は学習しないの?

A: 2年で学習する交換法則は,「児童が乗法九九の構成を通して「3×4」と「4×3」の答えが同じ12になることを見付ける」や「乗数と被乗数を交換しても積は同じになる」です.
4年で「□×△=△×□」となりますが,△と□はともに整数です.5年,6年と,数の対象が小数や分数になっても,交換法則ほかが成り立つことは,その都度確認されます.
文章題に対する交換法則の適用は,聞いたことがありませんね.一つの文章題から,ある考え方で□×△,別の考え方で△×□という式を立て,そこから□×△=△×□すなわち交換法則を学ぶという展開なら,あってもいいように思うのですが.

Q: 交換法則は重要視されないってこと?

A: 「計算の性質やきまり」の一つとして学習し,問題の解決に役立ててほしいのですが,「計算の性質やきまり」は,交換法則だけではありませんし,それに偏重するわけにもいきません.
こんな子のことを,思い浮かべてください.7×6の答えがすぐに出ないというのです(7の段は,九九で間違えやすい段といわれています).そこで,交換法則を使えば,7×6=6×7です.さてその子が,6×7=44(ろくしちしじゅうし)と間違って覚えていたら,どうなるでしょうか.7×6=44と答案に書いて,これは間違いですね.
小学校で学習する,かけ算の性質には,「乗数が1増えれば積は被乗数分だけ増える」があります.7×6に適用すると,7×5=35だから,それに7を足して,7×6=35+7=42とできます.分配法則を用いた求め方も,あります.
これらを,ときには一つ,またときには複数使えば,九九の穴埋め問題や,九九の範囲を超えたかけ算でも,答えが効率良く求められるわけです.求め方がいくつもあることは,間違いの可能性を減らすことができるとともに,数に対する見方をより豊かにしてくれます.
交換法則・結合法則・分配法則,そして「乗数が1増えれば積は被乗数分だけ増える」という性質について,それぞれそのままの言葉で,2年生に指導するのは困難かもしれません.ベネッセに掲載されている事例では,それぞれに「しきぎゃくほう(式逆法)」「だんかけほう(段かけ法)」「だんたしほう(段足し法)」そして「まえたしほう(前足し法)」という名前をつけ,教室に掲示したり,子どもたちがノートに書いたりしている事例を紹介しています.

Q: トランプ配りは,学校で出てこないの?

A: そうですね,「トランプ配りの乗法への適用」が,見当たりません.
トランプ配りのQ&Aは,こちらに集約しましたのでご覧ください.

Q: 順序では,読み取りができているか判定できないのでは?

A: 《りんごの問題》の類題は,先に書いたとおり,いくつかの教科書に掲載されています.市販の問題集からも,見つけることができます.市販されていないドリルにも,きっとあるのでしょう.
論争の対象となっている文章題は,かけられる数とかける数との区別を授業で学習した上で,「一つ分の大きさ」と「いくつ分」を読み取り,かけ算の式で表すという知識・技能が,きちんと定着したかを測るために出されたと理解するのがよさそうです.
この出題は,学習中であれば形成的評価,単元や学年のまとめであれば総括的評価に,それぞれ関連します.
前後の学年を見ておきます.「一つ分の大きさ」の概念については,かけ算より前,1年で学習します.「まとめて数える」活動です.そして3年では,わり算またはより広い範囲のかけ算を学習する前に,2年のかけ算の理解度をチェックする際の出題(レディネステスト)も見られ,これは診断的評価に対応します.

Q: 「一つ分の大きさ×いくつ分」の考え方しかできないのは,多面的にものを見る力がつかないのでは?

A: 「一つ分の大きさ×いくつ分」の考え方で,一つの場面に対して様々な式で表すという活動が,教育現場でなされています.
例えば3行4列に並んだおはじきの数を求める式は,直積だと「3×4」「4×3」の2つ(他の式を得るには,並べ替えが必要になります)ですが,一つ分の大きさを発見することを行えば,「3×4」「4×3」のほか「2×6」や「6×2」を得ることもできます.
なお,「一つ分の大きさ×いくつ分」は,小学校で学習するかけ算の基本ですが,すべてではありません.各学年で,どんな「かけ算の言葉の式」(または,かけ算の式で表される場面)があるかには,注意しておきたいところです.

Q: 順序にこだわらないような,かけ算の教え方は,ダメなのでしょうか?

A: ダメと認定されたわけではなく,やりがいのあるテーマだと思うのですけどね.批判はするけれど,順序にこだわらない教え方を提案したり紹介したりする試みが見られないのは,残念なことです.
一つ,知っていることを紹介しますと,数研出版の『学ぼう!算数低学年用準拠版ワーク 下 改訂版』は,その種のこだわりがなかった本でした.とはいえそのシリーズの中学年向けの本に,「全員で34人います。1人に15まいずつ半紙を配るとすると,全部で何まいいりますか」という出題が見つかるのですが.

Q: たし算にも,順序があるのですか?

A: 加法は,増加(添加)と合併に大別できます.増加に基づくたし算は,たされる数とたす数に区別を必要とします.高木貞治が仮想鼎談の中で,「朝三暮四」を例にしてその区別の有無を解説しています.
とはいえ,「たし算の順序」で式がバツになる事例は,かけ算のそれよりも少ないですね.加法は合併を中心に学習している点が,関係しているように思います.海外の書籍でも,「部分-部分-全体の関係」が本質的であることを示しています.

Q: 高木貞治が,かけ算の順序に関わっているのですか?

A: ええ,教師向けに書かれた『新式算術講義』では,乗法を累加で定義して,交換法則を証明しているほか,いろいろと展開しているのを読むことができます.交換法則と結合法則を合わせて「多くの数を加へ又は乗ずるに当りて、其順序を如何様に変更するとも結果は常に同一なり」と書いています.
とはいえ,高木貞治は順序派が非順序派かを,考える必要もないでしょう.『新式算術講義』の内容は,《りんごの問題》の式が3×5であるか5×3であるか,どちらでもいいかについて,何も言ってません.

Q: ななめに置いた長方形に「縦」と「横」はあるの?

A: 回答を書き換え,新着情報に置いていますので,ご覧ください.

Q: 2年生のかけ算って,九九のことじゃないの?

A: 九九からではなく,かけ算が用いられる場合を理解し,式で表すことから始まります.
そして九九を学びながら,それぞれの段の九九が使える場面(図あるいは文章題)を見ていきます.なお,九九は1の段から学習することはまずなく,何の段から順に学ぶとよいかについては何種類かあります.まとめて数える活動を行なっていることなどから,2の段,5の段,3の段,4の段,6の段,7の段,8の段,9の段,1の段の順序がポピュラーです.
ひととおり終わると,様々な形の応用問題に取り組みます.
こうして,かけ算の意味を理解するようになっています.

Q: どんなかけ算の文章題がありますか?

A: 個人的な取り組みとしては,《AB型》《BA型》《B型》《複数解》というラベリングをしてきました.それぞれ次のとおりです.

  • 《AB型》:文章題で,A,Bの順に数が現れ,A×B(=P)の形で式に表すことが期待される問題.
  • 《BA型》:文章題で,A,Bの順に数が現れ,B×A(=P)の形で式に表すことが期待される問題.「基準量が後に示された問題」とも呼ばれる.
  • 《B型》:文章題で,Bに関する記載はあるが,Aは問題文以外からその値を定め,A×B=Pの形で式を立てることが期待される問題.
  • 《複数解》:A×B(=P)とA×B(=P)の両方またはどちらか一方を解答することが期待される問題.文章題に限らない(図を見て式に表すものでもよい).

《りんごの問題》は,《BA型》になります.
海外の事例だと,Greerによる分類は,小学校の範囲で,かけ算の式で表せる対象が海図のようになっています.これを持っていると,一見新たな出題を見つけたとき,どこに位置づけられるかが,理解しやすくなります.
Anghileri (1988)では,"A variety of Contexts"と題する中で,分離量(整数)どうしの乗除算として次の名称を挙げ,言葉や図で場面を示しています.

  • Equal Groupings―Multiplication
  • Equal Groupings―Division
  • Allocation/Rate―Multiplication
  • Allocation/Sharing―Division
  • Number Line―Multiplication
  • Number Line―Division
  • The Array
  • Scale/Multiplying Factor
  • Scale/Reduction Factor
  • Cartesian Product

Q: 「授業」とか「学校教育」とか書いているけど,実際に学校へ行って見ているの?

A: いえ,私は国内外の書籍・論文・論説から,数学教育学のいわば通説を知るとともに,これは日本限定ですがWebで読める「学習指導案」を通じて,それぞれの授業がどのように計画され,成功・失敗を含めて実施されているかを,理解するようにしています.
学習指導案はある作法のもとで書かれています.プログラムのソースコードというよりは,計算機(ハードウェア,ソフトウェア)を使うための手順書のようなものです.また研究分野によっては実験に先立って作成・レビューのなされる,プロトコルに対応するものだと思っています.
なお,学校へ行って見ているかどうかは,よほど全国を飛び回って多数の授業などを見ている先生でなければ,論争に役立ちません.なぜなら,「ええ,学校で見ていますよ」と答えたところで,「あなたの知っているのは,ごく限られた範囲に過ぎないんじゃないの?」と返されるのが目に見えているからです.

Q: 日本の算数教育の水準って,世界的に見てどうなの?

A: 先進国と言っていいと思います.外国との交流では,「かけ算の順序」に注意した授業や教材作成の事例も,見ることができます.
日本の数学教育が海外で高く評価された,1冊の本があります.『The Teaching Gap』です.その訳書『日本の算数・数学教育に学べ』では,米国の教師は,教職着任時から指導能力向上は(本人が意識しない限り)されないが,日本では新米先生を育て,ベテラン先生にしていく,人的なつながりがあることが,述べられています.

Q: 算数教育に関わる各団体は,かけ算の順序についてどのような見解を出していますか?

A: 公式見解を出しているところは,見たことがありません.関係しそうな事例を,以下の記事でまとめています.新たな情報が入れば,加筆修正するようにしています.

エッセンスを書いておきます.「かけ算の順序」という問題認識は,していないように思います.ただし,『かけ算には順序があるのか』の本に影響され,「順序」について言及している本はいくつかあります.
「順序」という言葉を使わないにしても,順序があることを暗黙の了解としているものばかりです.かけ算の式と,子どもが設定した場面(文章題,絵など)を子ども自身が照合し,式が合っていないと認識する話―□×△と△×□は意味が違う―が,向山型算数,筑波の算数,数教協&日教組と,まったく異なる算数教育の団体で活動する先生方の本に,それぞれ書かれています.

Q: かけ算の指導の,目標って,何なのでしょうか? そして今の学校教育は,その目標に向かって,進んでいるのでしょうか?

A: 目標として,次のことを挙げたいと思います.すなわち,…かけ算で計算できる場面を子どもが見つけたら,かけ算の式で表すことができ,計算して,数量(単位)にも注意しながら答えを出すこと,そして立式や計算において,どうしてそうなるのかを説明できるようになることです.
多種多様な授業例や出題例を見ていると,成果の蓄積と,緩やかな改良がなされています.
なので,「目標」と「支援体制」を学校の内外でうまく定めれば,その目標に至るのは,決して難しくないように映っています.

Q: 文科省は,「5人に1つずつ配ると5個必要」を単位と見なして5[個/巡]x4[巡]と立式することを禁じていないでしょ?

A: 「配ること」を児童が発想したり,先生が誘導したりする授業例があればいいけど,見かけるのは「配るの禁止」のほうです(りんごのかけ算).
なお,「かけ算の順序論争」がWebで容易にアクセスできるようになった現在では,「配ること」に基づく考え方を子どもが出すと,先生は「素晴らしい発想」ではなく,「入れ知恵か」と思われるかもしれませんね.

Q: その生徒がどういう風に考えているのか判断する解決法を挙げてもらえませんか?

A: 手法の一つに「作問」があります.出題する側は,「8×4」といった,かけ算の式を提示します.子どもたちは,その式になるような文章題を作ります.
かけ算の式と,子どもが設定した場面(文章題,絵など)を子ども自身が照合し,合っていないと認識する話が,算数教育の団体で活動する先生方の本に,書かれています.
算数の学習プリント―学力調査・算数的リテラシーに対応! (教育技術MOOK)』には,6×4,4×6のそれぞれについて,その「式になるようなもんだいをつくりましょう」という出題があります.

Q: 式から児童の思考を正しく読み取れるのかどうか…?

A: 授業を通じて何を学習してきたかを,ずっと学校にいない我々がどのように推測するか,の話だと思います.
書かれた式がどのような意味になるか―「式」やかけ算より前からあって,13のつもりで「103」と書いたとしても,それは「じゅうさん」ではなく「ひゃくさん」を表すことになります―をつぶさに見ていけば,学校の先生だけでなく,子どもたちも,この式はこういう意味になる,といった言葉で,式の意味,そして場面との整合性を確かめることができます.
それを支えるのは,「式の読み」でしょう.これについては,『数学教育学研究ハンドブック』の第3章§3,「文字式」が,数学教育学における見解となっていおり,理解を深めていくための糸口です.中学数学で使用する文字式のほか,具体的な整数値を擬変数(“いろいろな数の代表”)として扱えるという話も入っており,2年のかけ算にも関わりがある内容です.
主要な部分を書き出します.

文字式の利用過程を詳しくみると,事象を数理的に捉えて文字式で表す過程が「式に表す」過程であり,文字式から事象の特徴を解釈する過程が「式をよむ」である。「式に表す」と「式をよむ」は表裏一体となっている。
一方,文字式は他の言語と異なり,表現された式を一定の規約に従って形式的に変形することができるという優れた機能をもっている。「式の形式的処理」の過程は,「記号」と「記号」の結合の仕方が問題となり,言語学では統辞論の分野である。文字式の変形は,もとの事象へのより深い考察を可能にする。なぜなら,変形の結果として得られた文字式を解釈・評価・比較することで,すなわち「式をよむ」ことで,もとの事象に対して以前とは異なる洞察が可能となるからである。図2ではこの過程が「読む」と明記されている。
ここで重要なのは,図1,図2では顕在化されていないが,「式に表す」から「式の形式的処理」,そしてその結果の解釈としての「式をよむ」という過程は,一度だけではなく,場合によっては何度か繰り返されるという点である。そのことにより,事象の特徴や一般性が次第に明らかになる文字式は数学における表現と伝達の手段だけでなく,思考の手段として際立った価値をもっているのである。
文字式を使用する過程を「式に表す」「式をよむ」「式の形式的処理」としたが,これらは当然のことながら密接に関連している。したがって,先行研究においてもこれらが混在して出現するだろうが,どこに主として焦点が当たっているかで分類整理することにする。
(pp.83-84)

図がなくても,「式に表す」「式をよむ」「式の形式的処理」の関連づけは想像できると思いますが,もし困難でしたら,本をご覧ください.
他にも,算数教育の実態を知るのに有用なとりまとめが,この本でなされています.乗法の意味は,その直前のセクションです.「順序ありの指導が良いとするエビデンスがほしい」という主張には,まず通説に対抗する側が,順序なしのほうが良いとするエビデンスを出す必要があることに留意した上で,第1章§2(研究方法論)を通じて,定量評価(量的研究方法)への限界を知っておいてください.国内外の状況などは,第6章に書かれています.
そういった蓄積と比較しながら,あなたの「式の見方」「教育への関わり」を見つめ直すというわけには,いかないものでしょうか.

Q: 一般には必ずしも適用できないと言う事を後に教えるのか?

A: 「一般には必ずしも適用できないと言う事を後に教える」とのことですが,適用できなくなるため,かけ算の意味の拡張を図る話には有名なものがあって,具体的には5年,かける数が小数になった場合です.これは割合の計算で出てきます.
もし,「(1つ分の数)×(いくつ分)=(全部の数)」が,一般には必ずしも適用できない,という意味で書いたのなら,おそらくこの式の能力を過小評価されています.まず実用の面でいうと,物品とりわけ食品や生活用品の数量表記は「(1つ分の数)×(いくつ分)」に当てはめれば,全体の数が書かれていなくてもその単位が推測できるし,書く際にもそうすればいい(誤解を少なくできる),というコミュニケーションの恩恵をもたらしてくれます.
「能力」というのは,「倍」と「積」から学んだことで書いた言葉を使うと,《倍指向》と《積指向》が同等である,ということです.《積の乗法》は《倍の乗法》に帰着することができます(その逆も).そうするとあとは,《倍指向》と《積指向》のいずれで導入すればいいのか,比較検討する流れになって,《積指向》の問題点の(出典付きの)指摘へと到ります.
別の言い方をすると,「(1つ分の数)×(いくつ分)=(全部の数)」では長さ×長さ=面積が言えないよというのが批判者,それに対して単位正方形の個数を求めればいいじゃないかとして長方形の面積の公式を得るのが学校教育となります.

Q: 「意味が違う」を根拠にテストで×をつけることが問題なのでは? かけ算には交換法則が成り立つんでしょ?

A: 教育現場では「テスト」ではなく「評価」に関心が向けられています.『教育評価 (岩波テキストブックス)』によると,教育評価は,ともすれば解答者を値踏みして勉強や発達をあきらめさせる道具から,子どもたちに質的に高い学力を保証し,教育実践への参加を促す装置へと転換してとのこと.詳しくは「計算の意味の理解」の調査における一考察をご覧ください.
テストや評価の目的が目的が変われば,出題形態も変わってきます.東大附属中学の入試で,問題説明の中に「110円×8m^3=880円」と書かれていたのですが,答案に,単位付きとか順序まで注意したかけ算の式を要求したわけではなさそうです.この件,小学校だったら「110×8=880」と式にするところ,「110円×8m^3=880円」でも分かってくれるかな,と少し応用力を試したのかなあと思っています.
できる子は,交換法則と同時に,5×3という式が何を表すか,3×5との違いは何かを理解しており,場面に応じて比較検討し,どちらにすべきかを説明できる子ではないかと思います.

Q: 「意味は違う」って教え方と「意味も同じ」って教え方とで教育効果の比較試験ってある?

A: エビデンスのことですか? 見たことはありませんが,そもそもエビデンスは,指導方法を変更するための必要条件にも十分条件にもなりませんし,量的研究のみで,指導法などの良さを示すのには限界があることも,すでに指摘されています(エビデンスに基づいた「かけ算の順序」研究).
学術的には,布川2010に書かれている「2年生の導入時では,被乗数と乗数を明確に区別して扱っている」で確定であり,通説のようなものです.なので,その通説に反し,「意味も同じ」とするほうが教育上いいんだと思う側に,良いというエビデンスを出すとともに,克服するためにはどうすればいいかの提案をお願いしたいところです.

Q: 「4色セットのボールが3組あるとき全部でいくつ?」という出題はないの?

A: 授業の事例はありますが,問題集や学力調査では,見かけません.配慮が必要だからです.
授業の事例として,第2学年 算数科学習指導案には,「はこが4はこあります。どのはこにも,ちがうしゅるいのおかしが5こずつ入っています。おかしはぜんぶでなんこありますか。Aさんは「4×5=20 20こ」と,考えました。Aさんの考えをせつ明しましょう。」という問題が見られます.これは,練習問題が早く解けた児童向けのチャレンジ問題です.しかし,板書計画や本時案の内容によると,「どらやきの入ったはこがあります。はこは,4はこあります。1つのはこにはどらやきが5こずつ入っています。どらやきは,ぜんぶでなんこありますか。」に対し,4×5=20という式は合っていないことが読み取れます.
同様の授業の構成は,『誰もができる子どもに活用力をつけるワクワク授業づくり―第2回RISE授業実践セミナーの報告』p.69にもあります.そのほか,『板書で見る全単元・全時間の授業のすべて 小学校算数2年〈下〉』のp.49では,5×4のみが正しいとする問題に関連して,1本の木に5種類の異なる花が咲き,そんな木が4つあるという「ふしぎな花のさく木」も取り上げています.この場合には4×5もOKとなります.
いずれも,ある場面(文章題)においてa×bのみが正解だけれど,条件を少し変えると,b×aもその場面を表した式になる,という共通した流れがあります.元の(a×bのみを正解とした)場面に遡って適用できないのは,結局のところ,条件*1が異なるからです.
一つの場面に対して,かけ算を使った複数の式にできるような学力調査の事例には,都算研によるものがあります.第2学年の大問4では,L字型のアレイを提示し,かけ算を使った2種類の求め方を出題しています.解答には,「解答例」の手書きが添えられています.その一方で,大問3は「問題文に出てきた順序と逆に立式する問題」であり,解答類型や解説によると3×4は誤答とされています.
「4色セットのボールが3組あるとき全部でいくつ?」を,かけ算を学習している子どもたちに解かせるとしたら,その出題で何を学んでほしいか,確認してほしいかを明確にしておかないといけません.4×3も3×4も,正しいとするなら,どういう理路によって,4×3を得るのか,そして3×4を得るのか,あるいは一つの式で終わってしまっていいのか,といった展開についても,検討しておく必要があるように思います.そういったことが,出題への配慮,そして学習者(子どもたち)への気づかいとなります.

Q: 引っかけ問題だと分かっている?

A: 《りんごの問題》と同様のものは,算数教育では「基準量が後に示された問題」などの名称により,その出題がポピュラーなものになっています.
古くは昭和26年(1951年)の学習指導要領試案に書かれています*2.「3人のこどもに,えんぴつを2本ずつあげようと思います。えんぴつがなん本いるでしょう。どんな九々をつかえばわかりますか。」という出題と,それに対し3×2=6と書く子に対する分析,そして指導例,という構成です.
最近でも,教科書(啓林館,東京書籍,大日本図書)や問題集のほか,学力調査(計算力調査 2年生・3年生,東京都算数教育研究会 平成22年度実施 学力実態調査 第2学年)では規模・人数面で広範な児童を対象とした出題と分析がなされています.出題例・出版物などは,算数教育・資料集からご覧ください.
問題集や学習指導案を読んでいると,「基準量が後に示された問題」すなわち“かける数が先,かけられる数が後”の文章題は,“かけられる数が先,かける数が後”という(素直な)文章題をある程度解いてから,途中で出現しているのが分かります.Wikipedia:かけ算の順序問題で引用されている中で,「そろそろ式は反対に書かなきゃいけないころだ」と2年生の子が言ったこととも,関わってきます.
出題は,与えられた問題文に式を立てて答えるものばかりではありません.例えば,東京書籍の教科書では「えんぴつを 1人に 2本ずつ,5人に くばります」と「えんぴつを 2人に 5本ずつ くばります」を並べ,それにより2×5と5×2の違いを理解するという意図になっています.
そのほか,「6×8の文章題をつくりましょう」といった,作問を行う授業や出題などもあります.『さんすうの授業 第1階梯―自主編成研究講座 小学校1・2・3年生』では,「ねこが8ぴきいます。1ぴきにすずを6こつけると,すずは何こいりますか」を,分量が先にきている問題として他の文章題とともに分類しています.分類や,子どもが作った他の文章題については,こちらをご覧ください.

Q: 教科書や,先生の指導には順序があっても仕方ないけれど,○×をつけるときに,押しつけるのはよくないのでは?

A: 「○×をつける」を言うとき,教育評価の話が欠かせません.
教育評価 (岩波テキストブックス)』はご覧になりましたでしょうか.学力テストや「目標に準拠した評価」など,現代の教育評価で知っておくべきことが記されているほか,「かけ算の順序」のこともp.158に書かれています.

Q: 高学年になると,かけ算には順序がない,ということですか?

A: 小学校高学年になったら,かけ算の式については間違いにはしない傾向にあります.しかし「小数の乗法」「分数の乗法」では,2年のかけ算と同様に間違いとしている調査もあります.
正解にしている例,間違いにしている例は,以下の記事で整理しています.

そこから一例を取り出すと,平成17年の調査で「水そうに8Lの水が入っています。この中に0.5Lの水を2はい入れました。水そうに入っている水は,全部で何Lでしょう。」という文章題で,4つの式から1つを選ばせているものがあります.「8+0.5×2」と「8+2×0.5」の2つを,正答(◎)としています.
「小数の乗法」「分数の乗法」を問うものは,以下からご覧ください.

Q: 「aのb個分」を表現する記号×と,算術記号×が,同じ記号で表されているのが問題なのでは?

A: その違いを意識している人もいます.
例えば積の立式の論理では,「量×数」と「数×数」とで乗算記号を別にしているのが確認できます.なお,このサイトには,「かけ算には順序がある」という観点で文章が取りまとめられています.
それと同様のロジックで,数や量の精密化を図っている『量と数の理論 (1978年)』では,「量×数」と「数×数」で記号に区別は見られませんでした.
算数という限定をなくすと,「×」の使われ方や,記号のバリエーションについては,wikipedia:×で整理されています.私自身は,記号を別にする必要はなさそうに思っています.

Q: サンドイッチの指導なんて,おかしいと思いませんか?

A: サンドイッチは,倍概念における,被乗数・乗数・積の関係が根拠となっています.かけられる数とかけ算の答えの単位が同じになるという関係は,海外文献でも見ることができます.
またその書き方は,パー書きを採用する以前の『水道方式入門』(1961年刊行)にも見ることができます.
積の乗法では,サンドイッチを使いませんが,長方形配置が与えられたときの○などを数える式では,「一つ分の大きさ」を何にするかに基づき,倍の乗法に帰着させて,複数のかけ算の式を得ることができます(問題集などでも,「4×6または6×4」と書かれています).

Q: かけ算という計算を学んだあと,「具体的なモデル」からは自由にできませんか?

A: 賛成です.とはいうものの,計算の仕方を忘れてしまったときに,「具体的なモデル」に戻って復習できるようにしてほしいですし,そこは「してほしい」と他人事にせず,学校の外で,我々が関わる余地があるようにも思います.
それと別に,「自由」という言葉が「答えが出れば,手段・理由は何でもいい」とならないか,という不安もあります.学校はどうなっているらしいかというと,学習指導要領の改訂で言語活動・算数的活動の充実が求められ,とくに授業では,立てた式がなぜそうなるのかを本人が説明したり,他の子が説明したりするものが増えているそうです.
こう書いてみると,手間が増えて世知辛いようにも見えますが,《りんごの問題》に「5×3=15でも理由は言えるけど、マルバツをつけるのは先生だから、3×5=15にしよう」と,複数の候補を思いついた上で,比較して一つの答えを決めることができる子になってほしいという願い(余談で話す)は,維持することにします.

Q: ななめに置いた長方形に「縦」と「横」はあるの?

A: 「どちらが縦,どちらが横であるか」ではありませんね.
ななめに置いた長方形の面積を求めるには,「縦の長さをどれにするか」を決めればいいのです.
そうすると,横の長さも確定します.あとは縦×横の公式で,面積を求めることができます.
「縦の長さ」の取り方は2種類ありますので,かけられる数とかける数を交換した2つのかけ算の式が,ともに正解となります.
新・算数指導の疑問これですっきり―It’s OK!』p.45には,「長方形はどちらが縦で,どちらが横と教えるとよいですか。」の質問と「長方形そのものには,一意的に縦・横の別がない。次の図のように,一方を縦とみれば,他方は横になるのである。」の回答が,ななめの配置を含む3種類の長方形とともに記載されています.
そういったこともあり,ななめに置いた長方形から面積を求めるような活動を行う意義は乏しいと言えます.かわりに,

のように,平行四辺形の底辺や高さにあたる部分をななめに配置して,底辺×高さの公式で面積を求めたり,

の図をもとに,○の個数を式で表したりする(これは平成元年に,日米の数学的問題解決能力を比較するため,両国の小学校4年生に出題されたものです)といった活動や出題を目にすることができます.

(最終更新:2013-05-31 朝)

*1:「コンテキスト」とも.

*2:出題そのものでは(a×bのみが正解でb×aを間違いとしているかは確認できませんが),緑表紙教科書や,1936年の『小学算術教材ノ基礎的研究』といった,戦前に出版された中にも,見ることができます.