わさっきhb

大学(教育研究)とか ,親馬鹿とか,和歌山とか,とか,とか.

アリとキリギリス

1. 10年ほど前の会話

  「あいつの行動を見てると,せやなあ…」
「…」
  「アリとキリギリスで言うところの,アリさんみたいな奴やな」
「それを言うなら,キリギリスでしょ!」

2. 方略変換

何の本なのかは,はしがき(p.i)から:

本書は,2011年,早稲田大学大学院人間科学研究科に提出し,2012年1月に博士(人間科学)の学位を授与された際の審査学位論文『数的活動で利用される具体物が子どものインフォーマルな知識および方略に与える影響』に修正および加筆したものです.

氏名ほかはhttp://www.waseda.jp/human/graduate/campuslife/thesis-doctor.htmlで見ることができました.概要書も見つかりました.本を手に取って読む前に,もし,「インフォーマルな知識」という言葉に引っかかりを覚えた方は,次の文献が無料で読めるのでおすすめです.

さて,本のほうですが,具体物としてどんなものが使われてきたのかを概観しているのは,第2章(先行研究の検討)のところです.第3章は,著者による第1学年の算数科授業をビデオ撮影して分析し,そこで459件の数的活動が行われたことを報告しています.
本日は,第4章について多くの分量をとり紹介することにします.「くり下がりひき算」の話です.1回目は著者による授業,2回目に課題の提示を行い,式は同じでも,具体物が違うと,約3分の2の子どもたちに方略変換が見られたことを報告しています.
「方略変換」とは,使えるモノが異なると,具体的な解き方が変わることをいいます(関連).ただしこの研究では,モノに応じて最適な(最適と実施者が想定する)方略をとっているかどうかまでは考慮していません*1
課題は次のとおり(p.78).

  • 「15円もって買い物に出かけました.8円のあめを買いました.いくらのこっているでしょうか.」
  • 「15このキャラメルをもっていました.8こたべました.いくつのこっているでしょうか.」

利用できる具体物は…書き出すのが困難なので,写真撮影*2を(p.80).

このうち「15個の卵」は1回目の授業で使用した教材です.買い物の問題とキャラメルの問題とで,15という数を表す具体物が異なっているため,式はともに15−8だけれども,どのようにして答えを得るかが変わってくるだろうという次第です.
方略変換の状況もまた,図になっています(p.91).

この図では,方略変換をしていない(買い物の問題もキャラメルの問題も,同じ方法で答えを出した)子どもについては書かれていません*3.全体は35名(p.78)で,方略変換をしたのが23名なので,割合としては65.7%となります.
第5章についても少しだけ.「等分活動」とありますが,分数の意味理解に関する実験と理解しました.いきなり実験ではなく,実験群と教科書群に分け,プレテスト(共通),授業(異なる),ポストテスト(共通)という手順を踏んでいます.実験群と教科書群とで,ポストテストの違いが数値化されているのですが,自分としてはそこよりも,分数の意味理解の学習を通じて,以下の,ポストテストの最後の問題(p.140)を正答できる子になってほしい,さしあたり我が子に関しては,と思いました.

3. 等分除と包含除

等分除と包含除に関して昨夜,天むす名古屋([twitter:@temmusu_n])さんが連続ツイートをしていました.

きっかけは,私が次のページにはてブしたことのようで.

内容に関して,「包含除の理解でつまづくお子さんは多い」については,個人的な認識と合いません.といっても私自身は算数の授業をしているわけではないので,本やWebからの情報ばかり(例えば包含除先行で取りまとめています)ですが,それでも違和感を持ちました.
読み直してみると,“学習障害(LD)児は,包含除の理解でつまずきやすい” のか “等分除を重視した指導では,包含除の理解でつまずきやすい” のかが判然としません.そして最後の段落,「それからさらに難しいのが教師用指導書によると式の順序というのがあって」のところで,ああ,この人の言葉の選択は当てにならないなと感じました*4
批判者から学習者へスイッチします.まずは学習障害と除法の意味理解,包含除・等分除について,CiNiiで検索…ぜんぜん見つかりませんでした.学習障害だけだと,1339件もヒットしたのですが.
学習障害ではなく学習支援教室のところの子どもで,わり算の報告があったはず…ありました.

ここで出てくる児童の状況は,次のように記されています(p.39).

以上の課題の遂行から,Yは「○人で分ける」と「一人に○個ずつ分ける」を混同し,わり算を全て「一人に○個ずつ分ける」という包含除の意味で捉えていることが明らかになった。しかもYは,具体物を分けた結果過不足が生じても分け直しができず,スタッフがYの考えと異なる分け方をすると,それに引きずられて誤って立式したことから,この包含除的な考え方が一貫して使用されていることがわかる。その一方で,海賊船問題では具体的操作をせずに問題文を読んですぐに立式したが,この場合は問題文に合う式を立てることができた。したがって,Yは,問題文を読んでその通りに立式することは可能であるが,問題文で言及される状況の表象(問題表象)は,等分除と包含除のいずれの文章題に対しても「一人に○個ずつ分ける」という包含除的な表象を構築しており,問題状況に応じて適切に表象を構築することが十分にできないといえる。

指導法と結果は次のとおり(p.44).

このようなYのわり算文章題解決過程に対する支援活動として,式の意味に合うように○を囲むという作業をさせた。その結果,Yは式と図とを対応づけられるようになった。この作業を文章題解決過程に照らすと,プラン過程で立てた式を手がかりにして問題表象を構築する内容となっており,通常の過程を逆に辿ったかたちになる。それによって,式と問題表象とが結びつけられたと考えられる。(略)

と,事例を一つ,書き出しましたが,学習支援を要する児童は,等分除の理解でつまずきやすい,という一般化はできません.
昨日はてブしたページと合わせて,明示されていない,指導法のところが気になってきます.“等分除主導だと包含除の理解でつまずきやすく,包含除主導だと等分除の理解でつまずきやすい” という仮説が思い浮かぶのです.

Q: 「等分除と包含除」ですか? 「包含除と等分除」ですか?

A: これまで読んできた記憶で言うと,書籍もWebも「等分除と包含除」のほうが多いです.
公的なところで「等分除と包含除」と表記されている事例を一つ,挙げておきます.

[3]除法が用いられる場面を大別すると等分除と包含除が考えられる。2つの特徴をふまえて除法の導入にあたって留意すべきことを示しながら,どのように指導するか,18÷3を例にとり具体的に述べなさい。

試験ガイド:熊本県教員採用試験 - 東京アカデミー

『小学校学習指導要領解説 算数編』では,第2章(算数科の目標及び内容)では等分除が先,第3章(各学年の内容)の第3学年と第5学年の内容ではともに,包含除が先に書かれています.第5学年については,比の3用法が関係しており,第1用法が包含除の拡張,第3用法が等分除の拡張となるという事情があります.
私自身は,引用時には原文を尊重するよう努めるとともに,特に指定がなければ「包含除と等分除」を好んで使うようにしています.
この質問と回答を書くにあたり,「Q: 「かけられる数とかける数」ですか? 「かける数とかけられる数」ですか?」(「×」から学んだこと 13.04―用語)を参照しました.

4. アリとキリギリス

「かけ算の順序」という言葉を持ち出して,現状の算数教育に批判的な人々は,キリギリスのようなものだ.威勢はいいけれど,算数・数学教育の蓄積(食料)がないから,冬になったら飢え死にするしかない.wikipedia:除法の「[要出典]」はその象徴だ.
……というのは曲解です.ともあれ自分は,批判者と学習者,タイプAとタイプBアメリカ式とイギリス式のディスカッション,経済学部と工学部の教授(Scientists or Engineers?),そしてアリとキリギリスの寓話を思い起こしながら,知った情報を一つ一つ蓄積し,あとで取り出せるようにしていくとします.
『小学校算数科で利用されてきた具体物』で引用されている文献のうち,いくつかはすでに読んだもので,いくつかは,この文章を書きながら検索し,取り寄せて読みました.かけ算の順序論争で飯を食っているわけではないとはいえ,そういった情報の蓄積が,教育にも研究にも活用できるのは,ありがたいところです.
それと,wikipedia:アリとキリギリスの,次のくだりが気に入りました.

(略)このように食べ物を分けてあげるという改変は古くからあるが、最も有名なものは1934年にシリー・シンフォニーシリーズの一つでウォルト・ディズニー制作の短編映画であり、当時ニューディール政策により社会保障制度の導入を進めていたフランクリン・ルーズベルト政権への政治的配慮から、アリが食べ物を分けてあげる代わりにキリギリスがバイオリンを演奏するという結末に改変されている。

思いは2つあって,一つは,自分の中では少しでもハッピーエンドになるのを望んでいること,もう一つは「政治的配慮」がそんなところにも及ぶのかという,ちょっとした驚きです.

5. 情報は,食料か?

アリが食料を備蓄するように,自分は情報をせっせと集め,あとで参照できるようにしているのかというと,ある意味でアタリ,ある意味でハズレです.食料は消費するとなくなりますが,情報は一度公表すれば,何度参照してもなくなりません.
「かけ算の順序」関連で,どのくらい情報を取りまとめてきたか,振り返ってみました.
まず,takehikomのブックマークのうち,「かけ算の順序」という言葉が使われていたり,そうでない場合でも批判的な内容を含むページにはかけ算の順序タグをつけていて,これまで209件です.かけられる数とかける数の区別に留意した指導事例には,5×3タグをつけ,177件あります.かけ算に限定されない算数教育には,算数をつけ,156件です.
当ブログは昨日付けまでで2,978件の記事をリリースしてきました.そのうち,5×3のカテゴリーは2010年11月から2013年2月までで302件,OoMのカテゴリーは2013年3月以降で40件あります.
もう一つのブログ・「×」から学ぶことは,事例を中心として94件です.「×」から学んだこと@wikiは,用語と文献を中心に117ページを作成しています.

*1:「子どもは,いくつかの方略のなかから,より効率のよい方略を選択している」(p.57,第2章)と,その直後の段落の「そこで,子どもがある方略を使用しないからといって,利用してきた旧来の方略が新たに発見された方略によって消失するのではなく,いくつか利用可能な方略は状況にあわせて再び利用される.1つに方略の限った利用に子どもを導くことに対し,警鐘を鳴らす」が,大事なところのように思えます.本文から離れますが,これらを前提とするなら,かけ算を学習していく中で,積の乗法(長方形配列などの計数)で2種類のかけ算の式ができることを経験した後でも,倍の乗法(配る総数を求める問題など)では□×△のみが適切な式であり,逆に書いた△×□は間違いであると,子どもたちが認識することになります.

*2:http://ci.nii.ac.jp/naid/110006223706から有料でダウンロードできる論文にも,やや不鮮明ながら,図が入っています.

*3:今週出席した某ゼミで,環境分野の院生の発表に,同様の図がありました.このスタイルの図には何か名称があるのかな?

*4:「掛け算はそういう要素でできているということを理解する。」の文のうち「要素」という言葉にも少々戸惑いました.連想する言葉は「構造」で,文献としてはVergnaud (1983)と『数の科学―水道方式の基礎 (1975年) (教育文庫〈7〉)』(第4章の章題は「乗除法の意味と構造」)が思い浮かびます.