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Re: かけ算の教え方とそれに基づく採点方針

wikipedia:かけ算の順序問題に,「かけ算の教え方とそれに基づく採点方針」と題する章がつけ加えられました.
これに対しノートでは,もともと出典がない内容を記事に追加することや,学習指導要領解説で「かけ算は『1つぶんの数×いくつ分』」 と書かれているという記述への疑問が出ています.
T's-Nekoさんによる 2013年9月22日(日)12:08(UTC)時点の版の該当(挿入)箇所を最初に読んだとき,「俺が切り拓いたんだ! お前らは,きちっと整備していけよ!」と言っているかのような印象を受けました.
別の言い方をすると,丁寧さに欠けるのです.
一つ,取り上げますと:

「1つぶんの数×いくつ分」を読んだだけでかけ算の概念を理解することは不可能である。そこで、絵を見ながら学んでいく。1つぶんの数は抽象的なので、絵に描くものは、ウサギの耳やタコの足や自動車のタイヤなど、所有関係が固定された具体的な動物や物を登場させる方がよい。

「動物」を素材として,ウサギならその耳の総数を求めるというのは,数学教育協議会の影響を受けた指導法です.教科書や問題集,学力調査で,現在,その種の出題を見つけるのは容易ではありません.
動物を使ったかけ算については,1970年代の時点で,「その目的意識が子どもに理解できにくい」「問題場面そのものが無意味」*1といった批判がなされていました.
ともあれウサギの耳で行くのなら,数学教育協議会の編集による,最近の書籍を見ておきましょう.『活用力アップ!子どもがよろこぶ算数活動 2年』pp.70-73で,2年生で扱うかけ算に「ウサギの耳型」「お皿のリンゴ型」「整列型」という3種類を示している事例があります*2
とはいうものの,数学教育協議会のかけ算指導法では,以下のような,“基準量が後に示された問題”を授業でどのように取り上げるか,かけ算の意味を確認するためテストで出題しているかを,検証する必要が出てきます.

かけ算の計算ができるようになり、「6人のこどもに、1人4こずつみかんをあたえたい。みかんはいくつあればよいでしょうか。」という問題がテストに出されたら、(略)

『活用力アップ!子どもがよろこぶ算数活動2年』には,基準量が後に示された問題は見当たりません.「数学教育協議会のかけ算指導法では,基準量が後に示された問題は取り扱わない」と断言することは困難ですが,『数とは何か?―1、2、3から無限まで、数を考える13章 (BERET SCIENCE)』で2度,書かれているかけ算の文章題は「どのお皿にもミカンが3個のっています。お皿は全部で4皿あります。ミカンを集めて大きな袋に入れると、全部でいくつになるか?」であり,委員長経験者の認識をうかがい知ることができます.
なお,“基準量が後に示された問題”については,ここで集約を図っています.平成23〜26年度の東京書籍および大日本図書の教科書で,2つの文章題をもとに,一方はa×b,もう一方はb×aと表されることを学ぶことが意図されています.
“基準量が後に示された問題”を用いて,かけ算の意味を理解しているか,誤答に対してどのように分析しているかについては,東京都算数教育研究会 平成22年度実施 学力実態調査小学校算数 これでバッチリ!計算指導に記されています.なお,それぞれの学力調査で,3年生以上のかけ算の文章題でも,逆順に書くと間違いとしてあり,文字式の順序で見てきました.


「かけ算の教え方とそれに基づく採点方針」で,他に気になったことを:

  • かけ算の教え方…howを取り上げていますが,かけ算についてどのようなことを学習しなければならないか,すなわちwhatが見当たりません.
    • 学習指導要領をもとにするなら,交換法則だけでなく「乗数が1ずつ増えるときの積の増え方」も必要となってきます*3
    • 国内外の算数(かけ算)の指導まで考慮に入れるなら,かけ算の「構造」や「モデル」が様々に提案され分類されてきたこと(海外文献だと例えばVergnaud 1983; Greer, 1992; Vergnaud, 1988; Anghileri, 1998; Schwartz, 1988)にも配慮したいところです.
  • 自動車のタイヤ…出典があります.『板書で見る全単元・全時間の授業のすべて 小学校算数2年〈下〉』pp.46-47には,次のように,「自動車が5台あります。タイヤの数はいくつでしょうか。」に対して「もし,5×4だったら…」として,問題文に合わないことを図にしています.


  • 厳密な単位は個/巡…いわゆるパー書きの単位表記は,物理の次元を算数に適用しようとするものであり,算数教育では受け入れられていない(数学教育協議会のかけ算指導法でも,近年,その表記を採用しない指導例を見かけます)上に,歴史が浅く,1970年代に広まったものです.式に単位(古いもの)をご覧ください.
  • 1つぶんの数という概念…これはかけ算からというわけではなく,1年で,その素地となるものを学習しています.「具体物をまとめて数えたり等分したりし,それを整理して表す活動」として,学習指導要領に記載されています.学習指導要領解説だとp.65です.一つ前の学習指導要領および解説にも,書かれています.

「かけ算の教え方とそれに基づく採点方針」の記述は撤回し,ノートできちんと議論するのがよいように感じます.2年だけでなく,1年から6年までで,どのような学習事項があるかを,明確にすべきでしょう.

*1:手島勝朗: かけ算の意味と方法の具体的展開―整数のかけ算―, 新しい算数研究, No.85, pp.11-14 (1978); 『整数の計算 (リーディングス 新しい算数研究)』p.114; 乗法の意味,情報の価値

*2:ウサギの耳型では1あたりの数が固定しているのに対し,お皿のリンゴ型は中身の数が自由に変えられるという違いがあります.

*3:「被乗数が1ずつ増えるときの積の増え方」がないことは,被乗数と乗数の意味を区別して指導していることとつながります.