前半と後半にそれぞれ,危ういなあと感じた箇所がありました.以下,引用は上記からです.
前半は「小学校学習指導要領解説[算数編]」を起点に,いくつか表現を拾ったり,作成協力者や出版社を書き出したりしています.
真っ先に心の中でダウト*1と唱えたのは,次の箇所です.
小学校学習指導要領解説[算数編](平成20年6月)(文部科学省・著/東洋館出版社)を読んでいます。
■http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/youryou/syokaisetsu/
文科省サイトからダウンロードできるPDFファイルには,出版社の情報が書かれていません.文科省サイトの情報(HTML)にも,見当たりません.
ところで,「指導要領解説」は複数の出版社が出しています.Amazonで検索(*)すると,いくつか出てきます.
それぞれをクリックして,登録情報を見ていけば,出版社名が分かるのですが,そこまでしなくても,表紙の色合いが同じものは同じ出版社となっています.
算数を含め,小学校の各教科の解説は東洋館出版社ですが,『中学校学習指導要領解説 数学編』は教育出版です.小学校を含むもの,だと,『特別支援学校学習指導要領解説 総則等編(幼稚部・小学部・中学部)』は教育出版*2,『特別支援学校学習指導要領解説 総則等編(幼稚部・小学部・中学部)』は海文堂出版です.
ただし,算数を含め,同一の指導要領解説を,複数の出版社が出すということはないようです.
『小学校学習指導要領解説 算数編』と『中学校学習指導要領解説 数学編』の出版社が異なることは,wikipedia:かけ算の順序問題の参考文献にも書いたのでした(*).
これら2つの文書で,作成協力者を見比べておきます.文部科学省以外の名前で,共通する氏名は見当たりませんが,「なお,文部科学省においては,次の者が本書の編集に当たった。」以降では5名中4名が一致します.また本文の中では,両者に「(単価)×(個数)」が書かれています.
ともあれ,学識経験者というのは,小学校の算数教育と,中学校の数学教育とで,異なると思っておくのがよさそうです*3.そういった違いは,日本数学教育学会誌が,奇数月は数学教育,偶数月は算数教育になっている(*, **)ところにも,現れています.
前半に書かれた内容への補足として,「算数的活動」は一つ前の学習指導要領にも書かれてはいたけれど,2008年の改訂にあたりその充実を図ったこと,それと「算数的活動」「言語活動」(の充実)や,「説明する力」などは,PISAショック*4の対策として掲げられたこと,あたりを挙げておくことにします.
後半ですが,
さらに、p.50〜51には“式の表現と読み”という項目もあり、式の働きが4つ、式の読み方が5つ示してあります。このような指導要領解説をもとに教材が作られれば、「次の式はどんな場面を表していますか」といった問題が、挿絵のなかから答えを選択する形で出されるのも不思議はありません。この問題は、「5+3で答えが求められる問題を考えましょう」とは意味が異なります。ある意味、正反対です。
後者は、1つの式がいろいろな場面に適用できるからこその問いですが、前者は1つの式には1つの場面が対応すると考えての問いです。何しろ「式」が事柄を正確に表現しているものとされているから、その式にあてはまる場面は、選択肢のなかではただひとつに決まる、ということになってしまうのでしょう。
この中の「何しろ「式」が事柄を正確に表現しているものとされている」については,控え目な言い方をするなら,その出典を確認しておくほうがいいですよ,で,ざっくばらんに言うと,ああそれトンデモですよ,です.
その内容と密接に関係する情報が,2013年12月13日(金)の日付で出ています.
後半の長さくらべの取り上げ方が恣意的です*5.具体的には,「まさお君の縄跳びは、2m13cmです。秋子さんの縄跳びは、2m34cmです。どちらが何cm長いですか」という出題に対して,「34cm−13cmでは、式としては×なのだろうね」とのこと.
授業として見ると,先生が,複名数の加減算を意図して実施したものなら,式の候補として「34cm−13cm」が挙がっても,そうもできるね,それでねと,他の式「2m34cm−2m13cm」を選び,それを主軸に展開するのが自然な流れです*6.
元記事および掲示板で書かれていませんが,その授業や対応で引っかかるところが2点あります.まず,長さの計算を2年の授業にしていますが,学習指導要領や解説を読む限り,2年で規定されているのは長さの「測定」であり,「計算」は見当たりません.なので,発展的内容として取り上げるのなら差し支えありませんが,そのような授業は,日本の算数の至るところで展開されているのだ,という主張にしようとするのならまずいです.
もう一つは,その種の問題に「34cm−13cm」あるいは「34−13」で求めるとすると,上の学年でどのような不具合が起こりそうかの懸念です.上の学年に出てくるのは,割合,言い換えると「比で(割って)くらべる」活動です.そのとき,234÷213と34÷13とでは,答えも,そして式の意味も違ってきます.
比較に関して「比でくらべる(比べる)」と「差でくらべる(較べる)」の区別は,『算数授業研究 VOL.83』で複数の執筆者が取り上げています.そこで指摘されていますが,平成24年度実施の全国学力テストに,割合で比べるとどうなるかを答える問題が入っています*7.PISAの「盗難事件」の問題(*, **)も,挙げておかないといけません.
話を2年生に戻して,そういった比や割合は上の学年だ,2年生なんだからひき算できればいいんだ,ともし主張するのなら,しばしば議論となっているかけ算の文章題も,2年の学習範囲の中で行えばよく,かけられる数とかける数を逆にできるという見方は,それに適した学年で扱えばいいじゃないか(*),と言うことができます.
他の事例と合わせて(*, **),かけ算の順序を批判する人々は,適切な問題を作ったり*8小学生に向けて授業をしたりする資質・能力の点で疑問がぬぐえず,結局のところ「ネットで騒いでいるだけ」なのかなとも思います.おそらく私自身にも当てはまります.
本記事のタイトルは,以下の記事の一節をイジったものです.
(最終更新:2013-12-19 朝)
*1:死語かも.ちなみに小学生のとき「ざぶとん」という名前のトランプゲームをよく遊んでいて,後に学研の本だったかで「ダウト」と呼ぶことを知ってびっくりしたことがあります.名称やルールについては,wikipedia:ダウトがまとまっています.
*2:「色合いが異なるものは異なる出版社」は偽となります.逆は真ならずです.
*3:とはいえ,『中学校学習指導要領解説 数学編』の作成協力者の中に,算数の書籍でも目にする清水静海の名前があります.
*4:wikipedia:OECD生徒の学習到達度調査で順位を落としたこと.
*5:その授業,果たして適切なのか,全国の小学校でそのように実施されているのか,ともし問うたときに,掲示板の投稿者が,そんなのは元記事の作成者に尋ねてくださいと答えるのが予想でき,Webの情報をネタにして,リスクを負わない人だなあという印象を持っています.
*6:"There should be permitted more than one way of solving a problem." --- Yes, the class typically encourages the pupils to produce various answers based on diverse ways. And one of them (or more) is what they will share, the teacher wishes, in the class and some of them are correct in a mathematical sense but less interesting, and some are the answers or approaches which the children will see as wrong. I found sophisticated problems to prevent the deal-out and make it impractical.
*7:算数B大問5(3).「一輪車に乗れる人調べ」という表があり,男子で乗れるのは9人,乗れないのは6人,女子で乗れるのは12人,乗れないのは8人です.あやかさんは「乗れる人数は,男子が9人で女子が12人です。だから,女子のほうが乗れるのかな」と言ったのに対し,たろうさんは「でも,合計の人数は男子と女子でちがいます。だから,乗れる人数だけで比べるのではなくて,割合で比べてみませんか」と言い,次のページで出題となっています.
*8:「解くのに用いるのは○○ですね」「その書き方だと××といった問題は起こりませんか」といった指摘をする人がほとんど見当たらない点を含めて.