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「日英の言語・文化・教育」からみた,かけ算の順序

Google ブックスのプレビューより,何ページか読むことができます.ただし,「17〜19ページはこのプレビューに表示されません。」「25〜26ページはこのプレビューに表示されません。」とも出ます.

文章は,幕末期の出来事から始まります.「文久3年の(1863年)の薩英戦争と元治元年(1964年)の馬関戦争」を取り上げています.その後,「明治新政府の欧化政策によって,西洋の文物・風俗の模倣が熱病のように広まった」と記し,日本の文化や教育の観点では「英語国語化論」「日本人種改造論」に言及します.その次の段落で,「神仏分離政策」そして「廃仏毀釈」によるその悪影響のことを書いています.1970年以降,戦後日本は経済大国になったにもかかわらず,経済面で「敗北」「敗戦」に至っていることに,p.19の真ん中あたりから約1ページを費やしているのも,へえ,語学に関わる人は,そういうイントロを書くものなのかと感じました.
副題にある「数学教育」のことは,p.21から出てきます.Googleブックスのプレビューでも読める箇所ですが,書き出しておきます.

そんな教科の候補として,いつも真っ先にあがるのが算数・数学である。数や数式は,それ自体がすでに一種の国際共通語であり,必ずしも日本語で教える必要はないと考えられやすいためである。「算数を英語でやることで,英語も覚えられて一石二鳥」のうたい文句で,「算数・数学を英語で学ぶ新しいスタイルのクラス」が各地に誕生した。すでに『算数を英語で』などという小学校低学年用算数教科書も出ている。

3. 文化型としての数詞と10進法
数や数式は一般に,個別の言語には依存しない超民族的な普遍性をもった万国共通語であると信じて疑われることはない。数学の教師や研究者など数学の専門家の間でさえも,学習者の言語・文化によって数学の学習が影響を受けるなどとは考えられもしない。そのために,1964年の第1回IEA(国際教育到達度評価学会)国際教育到達度調査でも,国際比較のための学力調査の対象として,真っ先にとり上げられたのが「数学」であった。
たしかに,たとえば数式2×3は,そのまま広く国際的に通用する。2×3は国際的に共通であって,国や地域によってその意味が異なるなどとは一般に考えられていない。しかし,実はこの数式は,日本と英語圏ではその意味が,明らかに異なる。こんな事実に気づいている人は,国際的にみても,まだ決して多いとはいえない。
2×3は,日本では当然「2の3倍」,すなわち2 + 2 + 2を意味する。ところがアメリカやイギリスでは,一般にそうは考えない。この数式は英語圏では,「2 times 3(2倍の3)」と読まれ,3 + 3と解されるのが一般である。たとえば,英語国の算数の教科書を開いてみるがよい。そこには必ず次のような記述がある。
2 threes are 6. We write: 2×3 = 6. We say: Two times three is 6. 2×3 means 3 + 3, and 3×2 means 2 + 2 + 2.
すなわち,日本語と英語では,乗数と被乗数の位置が逆転するのである。これは明らかに,各国語に固有の構造が,普遍的であるはずの数式を個別に拘束した結果に他ならない。
しかし,わが国では,近代数学の同じ数式が,英語圏と日本では意味が正反対になると言っても,恐らく信じる人はほとんどいないと思われる。その証拠に,わが国の辞書・辞典類が「乗数」をどのように定義しているかを調べてみるとよい。『広辞苑』,『日本国語大辞典』等の国語辞典はもちろんのこと,『新数学事典』,『数学用語辞典』など数学の専門の辞典類でさえも,「乗数」は,先ず例外なく「掛け算の掛けるほうの数。A×BのB」と言い切っている。われわれは,「乗数」とはBであって,それ以外のものではあり得ないと固く信じて疑わない。そして,実はBは「乗数」ではなく,逆にAが「乗数」であると考える文化圏が,この地球上には立派に存在するという事実が,わが国では完全に見落とされてしまっている。これでは,われわれが数式2×3を,そのまま普遍的な万国共通語であるかのように誤解するのも無理はない。一見,普遍的にみえる数や数式にも,実は個別の言語・文化が少なからぬ関わりをもっているという事実に気づくことは容易でない。
(p.21-22)

こんなところで「かけ算の順序」が.そして「かけ算の順序」からですか….
関連情報を見ておきます.算数・数学教育において,2×3の意味が日本と米英とで異なることの指摘は,中島(1968b)に見ることができます.タイ語のかけ算の自然な語順は日本語と同じ,教科書の式は英語と同じという観察から,学習者の認知的な負担を指摘しているのは馬場(2002)です.小学校では2×3と書くけれども,中学校式に2aと書いたら,「2のa倍」というよりは「2倍のa」と解釈され,したがって欧米式になることについては,『量と数の理論 (1978年)』で記されていますが,http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20120213/1329083228にリンクしておきます.
"2 threes are 6."から始まる英文について,本文で出典などは挙げられていません.英語の文献で,a×bとb×aの違いを示しているものとしては,Anghileri & Johnson (1988)(http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20121222/1356112738)が思い浮かびます.Webで調べたところ,Understand the basics for 2 x 3 = 6 | Multiplication.comというのを見つけました.Flashで読み進めることができます*1
上記引用のあとにも,算数について言及があります.p.24の「4. 文化型ととしての乗法九九」です.日本の九九と,スペイン語との対比については,磯田正美による図や文章(http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20130209/1360335600)を連想します.p.25の「こう考えてくると,国際数学テストの度に,特に四則計算に関わる算数技法的な問題について,日本の子どもたちが,欧米に比べて巨大なクラスサイズなど,明らかに劣悪な教育条件にもかかわらず,異常なまでに高い成績をあげることも合点がいこう」についても,書籍についてはThe Teaching Gap: Best Ideas from the World's Teachers for Improving Education in the Classroom,自分が書いた中からだと,http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20111110/1320871493http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20130314/1363210285があります.
2×3は「2の3倍」か「2倍の3」か,というのは,日本と外国との対比でないことも,分かっています.韓国・台湾も,出題例(http://www.todayhumor.co.kr/board/view.php?table=humordata&no=1454118http://www.youtube.com/watch?v=vhaOzXSLSyw)を見る限り,「2の3倍」を採用しています.
そんな中,算数・数学はこれからどうなっていくのかについて,私は良い展望を持ち合わせていませんが,これまでどうなっていたのかを理解するには,引用した中にある「構造」が重要となってきます.そこでの構造は,「言語構造」ですが,「乗法構造」と書けば,算数教育において,おおよそこれという概念がありますし,1983年・1988年に書かれた"Multiplicative Structures"と題する文章の存在も,無視するわけにいきません.

*1:途中,2×3=6と3×2=6を対比しているところで,2×3の式の魚は,2×4にしか見えませんが,まあこれは単純ミスでしょう.