「正方形は長方形でない」と一部の小学校で教えられている件については、素でそう信じ込んでいる教員がそこそこいるのではないかと疑っています。どなたか調査した方はいらっしゃるでしょうか?
「正方形は長方形」「調査」で,思い浮かぶ文献があります.
- 中島健三: 論理的思考力の育成と児童の推論の実態について, 日本数学教育会誌, Vol.50, No.9, pp.90-99 (1968). https://doi.org/10.32296/jjsmep.50.9_90
「児童の論理性の育成を意図した主要な教材の一つ」(p.92)として,図形概念の包摂関係の指導をあげ,そこで用いられる推論に関する実態調査を行い報告しています.調査項目は問1から問8までありますが,中心となるのは以下の設問です(pp.93-94).
問3.四角形で,向い合った辺が1組でも平行なものがあるときに,その図形を台形といいます。
このことをもとにして,次の(1),(2),(3)について,正しいものに○をしなさい。
(1) 長方形は向い合った辺が2組とも平行です。
このことから,ア,イ,ウのうち正しいのはどれですか。
ア.長方形も台形であるといってよい。
イ.長方形は台形であるということはできない。
ウ.ア,イのどちらも正しいとはいえない。
(2) 四角形のうちで,台形となっているもの(向い合った辺が1組でも平行なもの)をいくつか集めました。これらの四角形のうち,次のア,イ,ウ,エのうち,どれが正しい考えですか。
ア.これらの四角形の中には,向い合った辺が1組でも平行になっているものが一つもない。
イ.どの四角形も,向い合った辺は1組だけが平行になっている。
ウ.これらの四角形では,向い合った辺は,1組は平行であるが,もう1組も平行であるものがあるかもしれない。
エ.これらの四角形の中には,向い合った辺が2組とも平行になっているものはない。
(3) 四角形を自分で一つ書いて調べたら,台形になっていないことがわかりました。次のア,イ,ウのうち,どれが正しい考えですか。
ア.この四角形は長方形である。
イ.この四角形は長方形であることも考えられる。
ウ.この四角形は長方形ではない。
ここで長方形と台形を用いていますが,正方形と長方形のペアでないことについては,「(長方形と正方形の関係などについては履習していることが予想されるので避けた。)」というカッコ書きがp.95に入っています.図形の包摂関係という観点では,“正方形は長方形である”も“長方形は台形である”も同等となるので,上記の設問で実施した,と思えばよさそうです.
それぞれの正解と正答率はp.95の右カラムで表になっていまして,(1)はアで小学4年は32%,中学3年は69%です.(2)はウで,51%から77%,(3)もウで,36%から52%です.また(1)-(3)の3つをすべて正解した割合となると,9%から40%で,「個々の正解率に比べてかなり低い」(pp.95-96)ことが指摘されています.
他の設問との関連として,p.97で,2種類の推論形式を挙げています.一つはT型と命名され,「A→B,〜B ∴〜A」で表され,「AならばBである.Bでない.ゆえにAでない」と読むことができます.もう一つはP'型で,「A→B,B ∴A」で表され,「AならばBである.Bである.ゆえにAである」と読むことができます.命題論理においてT型は妥当な推論である一方,P'型は妥当とは言えません*1.
このP'型の正解者と,問3 (1)-(3)の共通の正解者との相関をとったところ,0.2程度と,著者にとっては予想外に低く,そこから,「計画的な指導を行うことが,論理性の発達を教育的に促進する手がかりになるのではないか」という「見通しに対しては,積極的な期待をかけることができないといえよう」としてこの節を終え,次節のまとめに移っています.
他の書籍を見ていく前に,この文献の年代的なところを確認しておきます.文献そのものの刊行年は1968年(昭和43年)です.また調査は昭和42年に行われています.1968年で中島健三というと,https://doi.org/10.32296/jjsmep.50.2_2やhttps://doi.org/10.32296/jjsmep.50.6_74といった,乗法の意味指導や児童らの実態調査を報告したのと同じ年・同じ著者であることも,みておかないといけません.ただ本日の文献は,『数学教育学研究ハンドブック』の図形や論証のセクションで参考文献に入っておらず,Webなどで見た限りでも,後に引用されているわけではないように感じます.
ところで,「図形概念の包摂関係」とは何でしょうか.
思い浮かぶのは,次のような性質です.
- 正方形は長方形のなかまである.
- 正方形はひし形のなかまである.
- 長方形は平行四辺形のなかまである.
- ひし形は平行四辺形のなかまである.
- 平行四辺形は台形のなかまである.
- 台形は四角形のなかまである.
「XはYのなかまである」は推移性を持ちます.「正方形は四角形のなかまである.」と言うのは,常識的にも,論理的にも差し支えありません.包摂関係はよくベン図によって視覚化されます.
正方形をはじめ,上記の各図形の名称は,個々の図形ではなく,図形の集合を指したものである点にも,注意をしたいところです.そのとき,長方形とひし形は,「XはYのなかまである」に当てはめられない---「長方形はひし形のなかまである.」と「ひし形は長方形のなかまである.」のどちらでもない---と言うこともできます.三角形の場合は,正三角形と直角二等辺三角形を挙げればいいでしょう.
といった思案をしてから,手元の書籍を開き,図形の説明の中で「包摂関係」が書かれた箇所を探してみました.どの本にも書かれているわけではないなという印象を持ちました.特徴的な記述を,抜き書きしておきます.
4. 図形の分類
(1) 二分法的分類と包摂関係による分類
ものを分類するとき,大きく分けて二つの分類方法がある。一つは二分法を代表とするもので,例えば,三角形を,正三角形,二等辺三角形,(不等辺)三角形の3種類に分類するものである。一方,上位の概念,下位の概念のように,段階を付けながら分類する方法がある。これを包摂関係による分類という。例えば,三角形を分類するのに,一般の三角形を土台の下位概念として,その一部分が二等辺三角形,さらに,二等辺三角形の一部分が正三角形とする方法である。
子どもの図形概念は,はじめは,二分法的な分類に相当している。つまり,三角形については,正三角形,二等辺三角形,(不等辺)三角形は,それぞれ全く別のものであると捉える。高学年になると,部分的に包摂関係による分類に相当した捉え方ができるようになる。正三角形は,その2辺が等しいので,二等辺三角形でもあると,捉えられるようになる。
(『新しい学びを拓く算数科授業の理論と実践 (MINERVA21世紀教科教育講座)』p.170)
(4) 図形の包摂関係の指導
いくつかの概念を包括してより一般的な概念を形成する過程を経験させる.
「正三角形が二等辺三角形の特殊である」ことを,常に二等辺三角形ができる教具や図形を使い,正三角形を作って理解させる.(略)
しかし,この包摂関係は,子どもにはなかなか定着しない.その原因に次のようなことが考えられる.
① “二等辺三角形”という名称から「2辺の長さだけが等しい三角形」と認識してしまうこと.
② 教科書の挿絵にしても,「二等辺三角形を描きなさい」という指示で描く二等辺三角形にしても,2辺の長さだけが等しい三角形であること.
③ 小学校では,二等辺三角形の性質から正三角形の性質を推論するところまでは学習しないので,包摂関係の意義がほとんど見い出せないこと.
“正三角形の2辺の長さだけに着目すれば,2辺の長さが等しいから,正三角形は二等辺三角形である”という納得のさせ方もあるが,これだけで納得させようとすることは避けなければならない.
また,右図のようなベン図は,三角形が点で表されていることや集合が無限集合であることなど,理解させるには困難な点があり,必ずしも有効な図とはいえない.
3年生には,前述したように教具を用いた操作的な指導が欠かせない.
(『新算数教育の理論と実際』pp.129-130)
各図形の定義や性質に基づいて,特殊な図形がより一般的な図形に包括されるという関係を,図形の包摂関係という。
平成10年改訂学習指導要領では,正方形と長方形とは別の形として指導するように決められ,小学校では図形の包摂関係については取り扱われないことになった。
(『算数教育指導用語辞典』p.45)
7) 概念を拡張する
これは内包をゆるめて,外延を拡張することである。
その一つは概念間の包摂関係を明らかにすることである。
「長方形」の意味には暗暗裡の内にではあるが「隣り合う2辺の長さは同じではない」ということが含まれている。したがって正方形は長方形ではないということになってきている。
そこで,長方形の定義「4つの角が直角な四角形」を満たす図形を改めて見直し,集め直す。そうすると正方形もこの条件を満たしているので,この仲間(外延)に入ることになる。そこで,改めて正方形を含めた「4つの角が直角な四角形」を「長方形」ということにするのである。このようにして「正方形」は「長方形」の特別なものとなる。すなわち「長方形」の概念の内包がゆるめられ,外延が広がり,概念が拡張されるのである。
この一つの概念が,他の概念に含まれるという包摂関係をとらえさせることは,中学で論証をするまでには必ずしなくてはならない重要なことであるが,図形間の関係をこのようにとらえることは,改めて見直さない限りできないことである。しかも,これまでの相互関係としてとらえていた図形(例えば長方形)に対して,包摂関係があるととらえられたときの図形(長方形)は異なるものになる。あとの「長方形」には,「正方形」が含まれるのだから,「長方形」の外延が異なってくるのである。このことが分からなければ,包摂関係を知ったことにならない。だからこれは軽軽に扱うものではない,重要な内容である。
現在は,算数の段階では,「ある図形に,さらに1つ条件を加えるという他の図形になる」という相互関係にとどめ,包摂関係は中学校で行うことになっている。
(『算数教育学概論』pp.151-152)
まとめると:
- 図形の包摂関係という考え方は,教師は頭に入れておきたい.
- 児童には(算数では),包摂関係は教えない.
上記引用のうち「平成10年改訂学習指導要領では」が気になりました.幸いにも本が手元にありましたので,開けてみました.
b.正方形,長方形,直角三角形と構成要素(イ)
ここでは,四角形の中で最も基本的で,児童にとっても身近な,正方形と長方形について取り上げる。第2学年では,「四角形は4本の直線で囲まれた形」として学習している。第3学年では,さらに,直角と辺の長さについて着目することを通して,正方形と長方形について理解できるようにする。
(略)
正方形には大きさは様々なものがあるが,形はすべて同じである。一方,長方形は縦と横の長さの組合わせで様々な形ができるが,どれもみな四つの角が直角である四角形である。いくつかの四角形を直角や辺の長さに着目して分類する。(略)
(『小学校学習指導要領解説 算数編』p.100)
平成20年改訂(現行)の学習指導要領解説にも,書かれています.第2学年です.
イ 正方形,長方形と直角三角形
小学校学習指導要領解説 算数編(PDF版)p.93
第2学年では,正方形,長方形の意味や性質について指導する。また,正方形や長方形の特徴を調べるとともに,身の回りから,かどの形が直角であるものを見付けたり,紙を折って直角を作ったりするなどの活動を行い,直角の意味をとらえられるようにする。
四つの辺の長さが等しく,四つの角が直角である四角形を正方形という。正方形には大きさは様々なものがあるが,形はすべて同じである。また,四つの角が直角である四角形を長方形という。長方形には,縦と横の長さの組み合わせによって,様々な形がある。
まとめにもう一つ,追加しておきましょう:
- 学習指導要領に基づくなら,「正方形は長方形である」よりも「正方形と長方形は異なる」を重視した指導が行われる.
「正方形は長方形である」も「正方形は長方形でない」も,違和感があるというのなら,「正方形は長方形のなかまである」あるいは「正方形は長方形の特殊な場合である」と言うようにしましょう.これは1年前の記事の結論でもあります.