- 長井裕樹: 理工系大学院人材に期待される人物像―就職最前線から見て―, 電子情報通信学会誌, Vol.97, No.10, pp.893-897 (2014).
プロフィールによると,著者は(株)アカリクで採用コンサルティング部門(大学関連担当)の執行役員とのこと.
「理工系大学院」と言っても幅が広いよなあ,マスター(修士)とドクター(博士)でも違うし,と思いながら読み進めると,そのあたりへの配慮もありました.
全体としてはドクターコース学生向けの解説なのですが,2節(理工系大学院生の就職状況の現状)では,(1)工学系(電気電子・機械・情報系など),(2)ライフサイエンス・バイオ系,(3)自然科学系(物理学,天文学,地学など)に大別し,それぞれで修士と博士の就職状況・キャリア支援状況が書かれています.
私が学生に指導するのは,(1)ですが,企業への就職率は「ほぼ100%」,教職員への就職についても「ほぼ問題はない状況との認識」とされています.
その一方で,就職のしやすさが問題となり得ることについても,以下のように指摘しています(p.893).
工学系は技術志向で素直な学生が多く,就職もできていることから情報が制限されていても問題となっていないが,自分の目で幅広く世の中を見て,考え,選択をするという点においては問題がある状況となっている.何となく就職できてしまうこともある反面,入社後に自身の希望と合致しない仕事である場合,転職に悩む問題が発生している.
他の分野については,(2)の「研究職の採用人数は製薬メーカ大手25者の合計でさえも概算500名程度」,(3)の「産業界に転用可能な能力(Transferable skills)」は,へえそうなのかと思いました.
この5ページの解説の中に,図が2つ,載っています.ともにp.895です.図1は「採用評価時の3要素」と題し,カント純粋理性批判を参考に作成したとのこと.3要素は理性・感性(EQ)・悟性(IQ)です.
興味深かったのは図2のほうで,「大学院生,若手研究者の能力」というキャプションがついています.その横にCopyright©2014 Acaric云々とあるので,写真をとったり,図を自作*1したりせず,以下,主要な要素を書いていきます.
その図でポイントとなるのは,それぞれの大学院生・若手研究者は「専門分野」を持っているけれども,その基礎となる教養や能力もまた持っており,これが大きいという点です.
基礎的な教養として,科学思考やデータ/文献の使い方,また能力面では,博士のコア能力とされる課題設定・解決能力,論理的思考能力,アウトプット能力,調査・評価の能力,自己管理能力が並べられています.
なお,基礎と離れたところに,「概して論文作成の過程は地道な実験,検証作業」も挙げられており,マスター・ドクターの学年を問わず,この図そして本日紹介の文献を読んでほしいと思いました.
図に戻ります.「専門分野」の上に,三角形*2があり,そのもっとも高いところ(頂点)が,研究における自分のテリトリーと言うべき箇所です.
日々,そこに立って研究活動を行っているわけでもありますが,その位置のみで就職活動をすると,非常に幅が狭まることも,図で指摘されています.
頂点付近に限らず,専門分野の上の三角形のところで,就職の口を探しても,やはり困難です.
そこで,専門分野や基礎となる教養・能力に目を向け,自分の能力のとらえ方を広げると,就職の可能性は高まると説いています.
言ってみれば,高い所から降りてみて,就職のことを考えるといいですよ,という提案です.
自分の学生時代や,教員の職に就いてからのことを,振り返ってみます.とくに就職活動はせず,むしろ研究,そして「査読に通ること」に力を入れ,理論の研究を行っていました.幸いにも,学位をとれば,1年間だけ同じ大学(NAIST)に助手として勤務し,その後は現在の勤務地で働けるとなり,その通りに進めることができました.先生・上司に恵まれました.
職務は当然変わります.大学院大学では,自分の研究をし,修士の後輩学生にアドバイスをすればよかったところ,今いるところの主な学生は学部生です.1年間という卒業研究は長くもあり短くもあり,学生都合また自分の都合で,定例ミーティングの実施が頻繁に変わってしまいます.
計算機環境も,NAISTではDECのワークステーションを受け身で使っていたのに対し,今の研究室では,サーバも,デスクトップ用PCも,持ち出し用の機器も,自分で検討して発注し,破棄まで管理しないといけなくなりました.
ソフトウェアで大きく変わったのは,OSよりも,発表にはPowerPointを使うのが当たり前になったことでしょうか.
そうこうしながらも,何とか研究者生活,教員生活を送っています.学生の理解にも,大いに感謝しないといけません.
そうして振り返ってみたとき,学生時代と今との共通点として,2つが思い浮かびます.
一つは,プレゼンをする際,「それを見せるまで,聴衆は何を知っているか,それを見せて説明した後に,聴衆は何を知っているか」という意識を持って,スライドを作り,話すことの重要性です.
もう一つは,自分のWebページからの転載ですが,「どのように対象を記述すれば,計算機で利用でき,かつ関わる人々が幸せになれるか?」を追求していることです.
冒頭の解説記事で,最後の節の最初の2つの段落(p.897)は,学生と企業との接点に関わってきた方ならではの提言と感じました.
自身の未来への糸口をつかむ活動が就職活動と言える.これから就職活動を行う学生の皆さんには,就職活動の際には,まずは自身の専門に付随する先入観(例えば大手メーカでの研究職)から自身を開放し,自身の理性,感性,悟性を元に「社会で,人生で,何を達成したいのか」という観点を持つことをお勧めしたい.
その上で,「なぜ自分は今,この分野でこの研究をしているのか?(哲学でもなく,生物学でもなく,文学でもなく,なぜ電気情報通信学なのか?)」ということを自身に「なぜ」と何度も問いかけることで確認し,自身の価値基準・判断基準と特性をつかむことが就職活動において重要である.
*1:立体的に見せる必要はなく,とんがっているところを含めて形状は「}」の字を回転させれば,PowerPointで作れそう,というくらいまで思案してから,時間の都合もあり,作図を断念しました.