わさっきhb

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かけ算の順序のエビデンス 4選

[twitter:@tkp034_803ki]さんの直近のツイートも読みました.個人的にブロックしているアカウントからのリプライが多いようで,同情を禁じ得ません.
ただ,かけ算の指導や意味の理解について,知っておくとよい文献がどなたからも通知されていないのは,残念でもあります.そこで僭越ながら,この記事で整理を試みました.
エビデンス」は昨年にも取りまとめています.

この終わりのところで,「エビデンス」を算数・数学教育に用いることの必要性もしくは妥当性について,次のように記しました.

その後,日本中で,九九は7の段からになったかというと,そんなことはありませんでした.では,7の段からではなく2の段からのほうがよいという反証が出たのかというと,知る限り,そうなったわけでもありません.
エビデンスがあるのは,それに基づく教育・指導をするための必要条件にも十分条件にもならないと思うのが良さそうです.

その後1年半ほど,論文よりは授業例・出題例を目にすることが多かったものの,認識は大きく変わっていません.
それでは,個人的に学ぶことの多かった論文を4つ,取り上げまして,それぞれ簡単に解説していきます.なお,いずれも,かけ算順序指導がより良いことを示したものではなく,かけ算の順序(誤解を招かない表現にするなら,被乗数と乗数の区別は前提となっており,そのもとで,対象者に応じた理解状況を調査しています.被乗数と乗数の区別や,小学校で学習するかけ算について,海外事情を把握するなら,http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20130216/1360948813#greer1992, http://books.google.co.jp/books?id=Vyl42R9JV1oC&pg=PA189をご覧ください.国内状況の取っかかりは,『数学教育学研究ハンドブック』(第3章 §2 演算の意味・手続き)です.

小原(2007)

高学年の児童(合計638名)を対象に問題を解いてもらい,学年ごとの通過率を見るなどして,乗数効果を確認しています.
乗数効果とは,算数の文章題や,日常生活において,「これは,かけ算!」と認識することの困難さが,乗数が「整数」「1より大きい小数」「1より小さい小数」のうちどれであるかに大きく依存し,被乗数の種類には依存しないことを言います.引用している海外文献では,乗数が「1より大きい小数」の場合は「整数」よりも10-15%,正解率が下がり,「1より小さい小数」と「整数」との間では40-50%になる,と報告しています.
困難だとか,正解率が下がるだとかいっても,それは同一の解答者群に対し異なる問題を解かせた比較であり,学年間では,6年生は4年生や5年生よりも通過率が高いですので,算数の学習は無駄ではないことも付記しておきます.

中島(1968)

小原(2007)とは別アプローチで,乗数が小数になる場合の児童の理解について調査を行っています.東京都内の公立小学校8校より5年のクラスを対象とし,児童総数は301名です.
そこで用いられている式は「7×2.4」です.累加すなわち「7を2.4回加える」と考えてよいという児童,だめという児童に分かれたほか,いくつか調査し結果が載っています.設問は,http://ci.nii.ac.jp/naid/110004614978〔オープンアクセス〕やhttp://ci.nii.ac.jp/naid/110005716875〔PDF有料〕でも使われています.
1960年代においても,被乗数と乗数とを区別して指導されていた*1のですが,このことが乗法の意味をさらに抽象していく上に,どのような影響を及ぼしているかについて,「○×△」の式をもとにした選択式の設問が入っているのは,他の調査には見られません.
ただその結果については,著者の期待に沿うものでなかった,と読むことができます.最後の節から主要部を抜き出すと,「この点(引用者注:○に比例するという見方)に関しては,乗法を長方形の求積公式と結びつけて理解している(略)こどもの場合にも,必ずしも高い結果を示していない」とあります.

金田(2008)

以下の問題を,かけ算を学習した大阪府内の公立小学校2年生(108名)と,国立大学生(21名)が解きました.

文章題a 1はこに 4こずつ ケーキを 入れていきます 6はこでは なんこに なりますか
文章題b おかしの はこが 3つあります 1つの はこには、おかしが 5こずつ はいっています みんなで なんこに なりますか

結果の棒グラフによると,小学2年生の文章題bの正答率は,「3×5でも5×3でもよい」という基準Aでは100%にわずか足りず,「5×3のみ正解」とする基準Bでは,80%を少し超えたくらいです.大学生の正解率は,基準Aでは100%,基準Bだと30%台です.
上記のような2種類の文章題を同じテストで解かせ,正解率を比較できるものは,『児童心理選書〈第8巻〉算数科の教育心理 (1957年)』にも載っています.文章題bと同タイプ(基準量が後に示された問題)については,かけ算の順序を問う問題にて整理してきました.

Mulligan (1992)

シドニー都市部のカトリック学校から8校をランダムに選び,女児60名にインタビュー調査を実施しています.
最初の調査では,かけ算もわり算も未習です.最後の段階では,簡単なかけ算の計算は学習しているものの,わり算の計算はしていません.なので,学年が上がればかけ算・わり算を使って容易に答えられる問題に対し,それらを知らない(または学習していく)子どもたちがどのような解き方(strategies)で答えを出すかというところに,関心が置かれています.
かけ算については,累加,割合,倍,アレイ,デカルト積に基づく問題文が作られています.そこで使用される数値には,小さな数(4〜20)と大きな数(20〜40)があります.
正解率の表を見ると,インタビューを進めるごとに,正解率が上がっていることや,アレイの正解率は累加と差がないことなどが見て取れます.直積は非常に低くなっています.
解き方についても表があります.人数は記載されていませんが,その表や本文を読む限り,例えば,トランプ配りやアレイ・長方形の面積を用いて,かけ算の答えを求めようとする児童は出てきません.

おわりに

「かけ算には順序がない」「かけ算順序強制はナンセンス」と言う人々の提示するエビデンスを読んできて,個人的には以下の認識を持っています.

  • 「かけ算ではかける順序はどちらでもいい」に基づき,課題設定,国内外の先行研究,設問を含む実験方法,実験協力者(学校,教室)の選定,解答例の整理,統計処理,(結果を踏まえた)考察・展望に渡って,今回4つ挙げた文献に匹敵するような研究成果は,どうやら見当たらない.
  • 教師がある意図*2を持って出題・指導している事例に対し,不適切さを指摘している.

後者の事例というのは,http://aobadb.edu-c.pref.miyagi.jp/practice_research/attach/01B0010.pdf, http://www.sed.tohoku.ac.jp/~edunet/annual_report/2011/11-06_miyata.pdfです.批判はwikipedia:かけ算の順序問題にも載っています.順序自由派の主張や,当ブログの記事へのリンクは割愛します.
エビデンスに基づいた「かけ算の順序」研究からもう一つ書き出して,本記事の結語とします.

  • 誰がエビデンスをつくるべきか?
  • 対照実験でいいのか?
  • エビデンスがあれば,それに基づいて指導方法を変えていくことになるのか?

といった質問を考えてみます.最初の質問については,現状は,授業や指導の工夫,教科書や出題などの配慮によって,「2年生の導入時では,被乗数と乗数を明確に区別して扱っている」(略)が確立していますので,言ってみればこの通説に反する側に,それは不適切であることをエビデンスとして示す責任があります.

(以降は同日夜に追記した内容を翌朝書き換え)

Re: わさっささん

小学校の掛け算順序問題×7 >>614でURLが書かれていました.「わさっささんのブログ」には笑いました.
>>571にリンクされていますが,アレは第3学年と明記されていたぞ…その後の書き込みを見ると,>>592の間違いだったようです.
なお,金田(2008)の実施時期は「対象 大阪府の公立小学校の2年生3クラス108名(略)、平均年齢は8.0歳であった。調査は2007年3月に実施した」(p.40)ですので,“習った直後に検査”は適切とは思えません.
正解率に幅があるのは,アレを検証した,「計算の意味の理解」の調査における一考察*3でも見てきています.

(最終更新:2014-11-21 朝)

*1:当時の状況を知るには,同じ著者が同年に書いたhttp://ci.nii.ac.jp/naid/110003849391〔PDF有料〕がおすすめです.

*2:「かけ算には順序がある」,と言いたいところですが,「第2学年や第3学年では、読み取った数を、「1つ分の数×いくつ分=全体の数」と表現できることが重要であり、逆に、この立式ができているかで、数の読み取りができているかを判断できる」(『小学校指導法 算数 (教科指導法シリーズ)』p.92)がより的確です.

*3:今この記事を読み直してみると,アップデートすべき事項が2つ,思い浮かびます.一つは,都算研の調査問題http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20131026/1382734792,もう一つは,「複数の(教科書会社の教科書に掲載…)」は「全ての」に置き換えられることhttp://d.hatena.ne.jp/takehikom/20140629/1403967600です.