1. 式の意味
コピーライトがついているのと,「次スレは 8×小学校の掛け算順序問題 でよろしくw」*1が無視されたのには,軽い驚きを覚えました.
気になるのは>>34あたりからです.「式の意味」とは何だろうかで,議論がおこっています.
そのやりとりから距離を置き,『小学校学習指導要領解説 算数編』のPDFファイルを開いて,「式の意味」を検索すると,最初に出現するのはp.98です.乗法の式に関して「式の意味の理解を深めるとともに,記号×を用いた式の簡潔さや明瞭さを味わうことができるようにする」と記されています.検索を進めると,第3学年の除法の式や,第3学年,第5学年の「数量の関係を表す式」という中にも出現します*2.
それらから,「式の意味」はおおよそこうだろうと,認識することはできますが,しっくりきません.
むしろ算数において,「式」とその「意味」を切り離すのに意義があることが,同じ文書の第2章,学年ごとの説明より前に,入っています.抜き出します(p.58).
式には,次のような働きがある。
(ア)事柄や関係を簡潔,明瞭,的確に,また,一般的に表すことができる。
(イ)式の表す具体的な意味を離れて,形式的に処理することができる。
(ウ)式から具体的な事柄や関係を読み取ったり,より正確に考察したりすることができる。
(エ)自分の思考過程を表現することができ,それを互いに的確に伝え合うことができる。
この中で,「意味」が出現するのは(イ)のみで,直後に「を離れて」がついています.
それとともに,4項目を通して読むと*3,式の意味とは何かの答えが得られそうです.例えば,「式から読み取れる,具体的な事柄や関係」と書くことができます.
もちろん,「ぼくのかんがえたさいきょうのしきのいみ」ではよろしくなく,その式の意味が,先生だとか,クラスの他の子どもにも,うんそうだねと分かってもらえるよう,式や読みを表現する必要もあります.
さて,そうすると今度は,「読み取る」とは何か,算数でどのように指導されているかという問題意識になりますが,上の引用の直後に「式の読み方」と指導例が載っています.
「読み取る」のは,算数ではなく国語だという主張も可能でしょうが,ここはむしろ,算数的活動と,言語活動との連携といったところでしょうか.
2chの議論では,一つの式が(ある場面において)ちょうど一つの意味になるとは限らないことを,発言者や読者がきちんと認識しているかが,少々気になります.そこを検討するには,2chよりも,http://tosanken.main.jp/data/H25/happyou/20131018-7.pdf#page=6の大問3が良さそうです.
(余談:(イ)の前半を「式の表す具体的な事柄や関係を離れて」にして,式の働きの説明において「意味」を使わないようにするのは,どうでしょうか.不適切とは言えないけれど,「意味を離れて,形式的に処理」には,隠された文脈が含まれているように思います.「構文と意味」,syntaxとsemanticsです.情報科学・情報工学でも区別されており,実際,コンパイラの動作を学ぶ際,構文解析と意味解析は別のステップとなります.構文と意味の区別の必要性が,どの学問分野にまで当てはまるかは,断言できませんが,個人的には大学1年の英語で学んだこともあり,言語学にも出てくると言ってよさそうです.)
2. 単位
「りんごが4こずつ入ったはこが,3こあります。りんごはぜんぶで何こありますか」という出題を考えたとき,3×4=12は(日本の)算数では間違いというけれど,「3(はこ)×4(こ/はこ)=12(こ)」と書けば,あるいは3×4=12という式の意味をそのように考えれば,正解になるのだという主張でしょうか.
この検討で,気になるのは,「単位」とは何かです.[twitter:@Iseyan93]さんの中で,また世の中で,そして算数において,何が単位として認められているのかが,異なっている可能性があります.
算数において「単位」は主に,連続量---この用語は,算数ではほとんどみかけませんが---を表現する際に用いられます.長さのcm,面積の㎠が,その代表です.
他に,十進位取り記数法に関する話でも,「単位」の語をよく見かけます.12000を1.2万と表せるのは,万を単位としているからです.また低学年では「十を単位とした数の見方」が指導され,繰り上がりのあるたし算の学習でも活用されます.
そのような使用例と照らし合わせたとき,「(はこ)」「(こ/はこ)」「(こ)」も単位としてよいのかについて,算数では避けられているなあと,個人的には感じています.
実は代わりの名称があります.「3箱」も「3㎠」も,名数と呼ばれます.それに対して「3」だけだったら,無名数です.なお,名数と無名数,それと「1.2万」については,『算数教育指導用語辞典』p.235を参照しました.
名数と無名数の区別,そしてかけ算の式への適用は,明治時代の本にも見られます.太田澄三郎編『女子算術教科書 上』p.43(http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/827357/23)には「59. 乗法において,被乗数は,名数なるを得れども,乗数はつねに無名数にして決して名数なることできずしかしてその積は被乗数と同じ名数なり」と読める記述があります.りんごの問題であれば「4こ×3=12こ」となるのですよ,と言っているようなものです.加減乗除の名数式は,他の本,例えばhttp://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/813755に載っていますが,「3×4こ=12こ」と同じ形式の,かけ算の式は見当たりません.
「(こ/はこ)」のような,"/" (per)を含む数量の表現や,かけ算などの式表現は,戦後になります.以前にまとめたものを転載します.
- 単位なし: 4×45=180
- 被乗数と積に単位: 4個×45=180個
- 被乗数はパー書き: 4個/人×45人=180個
- すべてに単位: 4個×45人=180個
そして,1960年代あたりまでは,「単位なし」と「被乗数と積に単位」が併存していました.1960年代から1970年代においては,そこに「被乗数はパー書き」が加わります.数学教育協議会(水道方式)の展開により,この式が普及する一方で,「被乗数と積に単位」の利用頻度が下がってきます.
式に単位(古いもの)
現在では,「単位なし」が算数の教科書や各種出題で採用されており,「被乗数はパー書き」は数教協のほか,その影響を受けた団体(学力研など)の指導に限られます.日常生活では,「すべてに単位」が,飲食物や日用品の数量表記でよく用いられています.
@Iseyan93さんのその後のツイートは,またも個人的にブロックしているところへの返信なので,口を差し挟みにくいのですが,「3×4=12」は,「3(はこ)×4(こ/はこ)=12(こ)」だけでなく「3(こ/はこ)×4(はこ)=12(こ)」や「3(はこ)×4=12(こ)」,「3(はこ)×4=12(はこ)」*4といった式の読み方ができるのではという思いがあります.
そして算数においては,“だけでなく”のところは,“ではなく”や,“と考える子どもはおらず”に置き換えられます.そういった置き換えは,引用したツイートの「逆に小学生も「これはなんかおかしいよな」ってなるでしょう」につながるようにも思います.
式解釈の多様性については,http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20131116/1384560000にリンクしておきます.
(最終更新:2014-12-21 早朝)
*1:http://wc2014.2ch.net/test/read.cgi/math/1414236623/962
*2:途中には「公式の意味」なんてのもヒットします.
*3:本日は「式の意味」論に焦点を当てていますが,この箇条書きは「式の読みと読み」「式の形式的処理」に注意して理解すべきところです.『数学教育学研究ハンドブック』第3章§3(文字式)には,同じ趣旨の説明と図解,そして文献・事例紹介が載っています.
*4:「3(はこ)×4=12(こ)」という式は,「3箱を4倍したら12個,っておかしいよね」,「3(はこ)×4=12(はこ)」のほうは,「3箱が4つあったら,12個じゃなくて12箱になっちゃうよ」というニュアンスを含みます.