わさっきhb

大学(教育研究)とか ,親馬鹿とか,和歌山とか,とか,とか.

書かれた情報を取り出し,結びつけること

昨秋,届いたメールマガジンの中に,興味深い記事があるのを思い出しました.現在はWebでも読めます(メールマガジンの購読手続きも不要です).

第39号の《巻頭言》です.以下の記述が,中核をなしています.

しかし、人文情報学の発展は、この定説に風穴をあけることになる。19世紀以前の英米文献のデジタル化にともなって、「X'mas」の用例が少しずつ発見されていったからである。さらにGoogle BooksとHathiTrustの登場が、風穴を一気に押し広げ、誰でもが「X'mas」の古い英米用例を検索できるようになった。「X'mas」和製英語説は、いまや完全に葬り去られたと言えるだろう。

メールマガジンは「2014-10-28発行」となっていますが,少し調べると,同じ方が2007年にすでに書かれているのも確認できます.

7年間,何もしなかったということはなく,「X'mas」和製英語説への反例が,1件どころかそれなりの数あるのを見てきて,それを整理したのが2007年の日記であり,人文情報学月報への寄稿を依頼され,この件と,人文情報学とを結びつけて執筆し,クリスマス直前にリリースされたのが,第39号の《巻頭言》なのだろうと想像します.


ここで「かけ算の順序論争」に人文情報学が…というのは言いすぎですね…文献や記載内容が,どのように影響するだろうかを検討してみます.
検討の必要性を思うきっかけとなった,Webの情報を紹介します.先週から松本幸夫「3×5 vs. 5×3の問題」を取り上げていますが,その内容に賛同し,小学校の算数教育に疑義を唱える記事を2つ,見かけました.

そこで問題提起をアレンジして書かれています.引用します.

そして、問題提起として、次のような問いかけをする。問題文に書き直して提示しておこう。
問題提起  たてに5だん、よこになん列かならんだげた箱があります。全部で40足の靴を入れることができます。げた箱は、よこになん列ならんでいるでしょうか。
この問題は、「等分除」か「包含除」か?

この問題提起を10秒ほど眺めて,もし小学生がこれを解くなら,「5×□=40」と式を立ててから,かけ算とわり算の関係をもとに,「40÷5=8 答え8れつ」とするのかなと思いました.
算数教育の用語でいうと,等分除でも包含除でもなく,乗法逆の除法(逆思考)です.実際,「たてに5だん、よこになん列かならんだげた箱があります。全部で40足の靴を入れることができます」という場面設定から,わり算を見出すのは明らかではなく,かけ算を想起するのが自然なのです.
さてこの問題提起をもとに,等分除か包含除かの二者選択を迫るのは,国内外の算数教育の知見からすると違和感があります.
さしあたり日本の算数に限定し,その知見を簡潔に書くなら,かけ算は,「被乗数×乗数」というモデルと,「因数×因数」というモデルに大別できます.上述のげた箱の問題は後者です.等分除・包含除の区別は,「被乗数×乗数」でモデル化されたものに適用しています.「1つのかけ算に2つのわり算」と書くことができます.「因数×因数」のモデルに対するわり算は,「1つのかけ算に1つのわり算」です.
著名な数学者が書いた中で,該当するものを引用します(『数学の世界―それは現代人に何を意味するか (中公新書 317)』p.72*1).

除法の場合には,典型的には正比例関数でおこなわれる。この場合に,比例定数を求めるa=y/xは等分除といわれ,ベースを求めるx=y÷aは包含除といわれる。小学校以来,この区別がされているが,(略)。複比例型では,そのままでは除法は意味を持ちにくい。

「被乗数×乗数」を,「因数×因数」と区別しているのが顕著な書籍を,「3×5 vs. 5×3の問題」に関連づけて先日,取り上げました.*2

それ以前にも,同趣旨の算術書があります.

書誌情報ばかりでは味気ないので,今年取りまとめたものを.

筆者は,「かけ算の順序」あるいはそれに類する表現が,小学校の教育の実情を適切に理解し,また教育をより良くするための手立てにはならないと確信している.乗法の意味や指導法・教育法を知るキーワードは,「被乗数と乗数の意味」であり,それらの「区別」である[布川2010].歴史を遡ると,明治時代の出版物[須田1988][太田1902][阿知波1905]にも,その区別を見ることができる.実際,[阿知波1905]で名数を含むかけ算の式は,「10寸×10」のように,かけられる数が名数(10寸),かける数が無名数(10)となっており,逆になった式は見当たらない.これは[太田1902, p.43]に記された「59. 乗法において,被乗数は,名数なるを得れども,乗数はつねに無名数にして決して名数なることできずしかしてその積は被乗数と同じ名数なり」と整合する.

教育評価論から見たかけ算の順序―若柳小学校事例の別考察

今はどうなのかというと,教科書の状況は批判者らが見てきているとおりですし,その方針は,教科書作成のもとになる『小学校学習指導要領解説 算数編』でも同様です.つけ加えると,『解説』では「因数×因数」のモデルに対するわり算についても,次のとおり,言及がなされています(PDF版p.159).

公式としては,第4学年では面積の公式が取り上げられている。例えば,(長方形の面積)=(縦)×(横)の公式を導いていくような一般化の考えは,数学や様々な分野でよく使われる大切な考えである。公式は,どんな数値に対しても成り立つ一般的な関係であることを理解できるようにする。そして,(縦)と(横)から(面積)が求められるという見方に加えて,(面積)と(横)から(縦)を求めることもできるというような,公式の見方ができるようにすることも大切である。

これを読んで「面積と縦から横を求めることは学習しないのか?」と疑問を持つ人は,いるでしょうか.上の引用は,「因数×因数=積」でモデル化される場合,積と因数の一つから,他の因数が求められるというのを,長方形の面積に当てはめたと解釈すれば,違和感なく読めます.このモデルにおいては,1つのかけ算にわり算は1つです.


ここまで,日本語の関連情報を見てきましたが,これらは日本限定ではありません.ただし,海外文献を見る際には,「被乗数×乗数」のところを〈乗数と被乗数が区別される文脈〉*3に,「因数×因数」を〈乗数と被乗数を区別しない文脈〉に,置き換える必要もあります.〈乗数と被乗数が区別される文脈〉と〈乗数と被乗数を区別しない文脈〉は,以下の紀要論文の用語です.

そこで引用されている,次の文献では,2種類の文脈をさらに詳細化し,図や表に表しています.*4

  • Greer, B. (1992). Multiplication and Division as Models of Situations. isbn:1593115989 pp.276-295.

そこに記載の表(TABLE 13-1. Situations Modelled by Multiplication and Division)からも「1つのかけ算にわり算は2つ」と「1つのかけ算にわり算は1つ」の分類を知ることができます.
1992年は少し古い,今はどうなのかというなら,まずはCommon Core State Standardsの表を見ておきたいところです.

表は,1つのかけ算にわり算は2つに基づいて構成されています.面積の例(Area example)の2つのわり算では,違いは「3」と「6」しかなく,1つのかけ算に対し実質的に1つのわり算となっています.
またかけ算・わり算の学習段階の記述に関しては,http://www.corestandards.org/Math/Content/3/OAで読むことができます.式の表現は3.OA.A,交換法則を含む乗法の性質は3.OA.Bと,分けられていますので,これを読んで「交換法則が軽視されている」と言うのは無理筋に見えます.
解説ではなく,算数教育の実践により近い観点からの動向についても,Re: 3×5 vs. 5×3の問題にて,1988年から2009年までの英文の主要部を転載したとおり,「交換法則を学習したら,a×bでもb×aでもよい」が確立されているようには思えません.
日本の海外との関連づけを,1点,図っておきます.7.2÷3は?で書いた「連続量×分離量」について,Greer(isbn:1593115989 p.286)では累加の考え方を説明する中で,4 oranges + 4 oranges + 4 orangesや4.2 liters + 4.2 liters + 4.2 litersといった式を示したのち,"the multiplier must be an integer; no restriction applies to the multiplicand"と書いています.用語は違えど,ここからもまた,被乗数と乗数の区別を知ることができるのです.


ところで,「かけ算の順序」に批判的な人と協力して(協力する気があるかどうかについては後述),実施したいこともあります.

「かけ算の順序」について、「(1当たり量)×(いくつ分)」にしなければならないかを、子どもたちにいかに教えたかという小学校教師の奮闘記が新聞で紹介されたことがあるが、そんな先生の苦労を解放してやらなければならない。
「意味のないこと」「無駄なこと」「間違ったこと」を一生懸命教える先生がいなくなることを願うばかりである。
(『数とは何か?―1、2、3から無限まで、数を考える13章 (BERET SCIENCE)』pp.46-47. 転載元

掛け算の順序を便宜的に決めておけば,教育上それなりに便利なのかもしれないが,しかし,どんな教育理論にしろ,そのアウトプットとして掛け算の特定の順序が正しいとするような指導に行き着くとしたら,その教育理論は間違っていると言わざるをえない.
(松本幸夫: 3×5 vs. 5×3の問題. 数学セミナー2015年2月号 p.58)

これらの主張から見えてくる,数学者から算数教育への批判について,時系列や類似性を考慮した整理そして分析を,やってみたいのです.
手がかりがないわけではなく,すでにいくつか把握しています.上の2つの引用は,http://www.asahi.com/edu/student/teacher/TKY201101160133.htmlがもとになっています.インターネットを介した情報の中で,「掛け算の順序」という表記のある,知る限り最も古いのは,http://www.math.tohoku.ac.jp/~kuroki/keijiban/a0018.html#a19980821195612で,1998年8月21日付です.*5
また次の書籍に収録された,1965年の座談会には,「1つのかけ算に2つのわり算」に対する批判が含まれています*6

かけ算・わり算に関する批判---今の算数は難しく教えていて,子どもたちは問題を解けていない.もっとシンプルにすべきだ---も,日本限定ではなさそうだと想像しています.以前に見かけて記事にしています.

数学者からの要請ではありませんが,批判や改革について,米国ではどのようになされてきたか,そして日本の教育はどうなっているかを探るとなると,また別の本があります.*7

「批判的な人と協力して」と書いたものの,Web上で目にする批判的なメッセージから,「他責」や「被害者面」*8を感じることが多く,こちらから申し出て,人的つながりを密にすることは,残念ながら叶いません.
冒頭の《巻頭言》から引用した「「X'mas」和製英語説は、いまや完全に葬り去られたと言えるだろう。」に対応するような,かけ算の順序論争における知見の,当面の目標に置いています.本業や家庭のイベントを怠ることなく,賛否の情報を自分なりに整理して当ブログで報告しながら,アクセスログから関連情報を知り,さらに探索の手を広げていくことにします.

(最終更新:2015-01-21 朝.[http://megalodon.jp/2015-0121-0720-15/d.hatena.ne.jp/takehikom/20150120/1421704239:title=最初のバージョン])

*1:その前のページと合わせて囲み記事になっていて,末尾に「(M)」とあることから森毅が執筆したものと思われます.引用で略した部分は等分除と包含除の混乱について書かれているほか,「乗法というのは本質的に二次元的性格を持っているので,イメージとして倍拡大型に固執していては苦しい。」で囲み記事を終えていること,また本文の会話からも,当時の算数教育への批判が含まれていることを,ここに注記しておきます.引用において2種類の除算記号が異なるのは原文ママです.

*2:[http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20150116/1421357502

*3:かけ算の式の順序,具体的には「被乗数×乗数」か「乗数×被乗数」かについて,本記事では対象としていません.関連:http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20140810/1407660260

*4:http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20131226/1387983600

*5:http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20120406/1333658986

*6:批判を書き出したのは:http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20140610/1402399854

*7:関連:http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20120104/1325617625

*8:この記事を書く自分自身にも,「他責」「被害者面」その他の特徴が見出せることを自覚しています.関連:http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20150106/1420494579