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さくらんぼ計算 (2015.02)


例えば7+4を計算するときに,たす数の4を,3と1に分け,4の左下と右下に配置してそれぞれ○で囲み,7と線で結びます.この図式が「さくらんぼ計算」です.
なぜ3と1に分けるのかというと,「7に足したら10になるもの」が3だからです.1は,4から3を取り出した残りであるとともに,たし算の結果,一の位の数になります.
さくらんぼ計算は,1年生の「繰り上がりのあるたし算」でよく用いられます.繰り下がりのあるひき算についても,類似の図式があります.


堺に住む母は,うえの子あてに,毎月,雑誌「たのしい幼稚園」を贈ってくれていました.
さて4月からは小学生.年明けに届いた雑誌には,幼稚園ではなく「一年生」の文字があります.

着いてすぐに中を開け,うえの子が独り占めすることなく,子らは付録でよく遊んでいます.お礼の電話をしたあと,中身はどうかと,表紙を開いてみると,2年ほど前から,検討・調査をしてきた,「さくらんぼ計算」が載っていました.
カラー写真で,黒板を使ったさんすうの授業です.ページ下部には協力校の名前もあります.
横長の黒板に,横並びで3つのたし算が書かれており,左から順に「7+4=11」「6+5=11」「5+7=」です.最後だけ,和が書かれていないのは,これを求めるために2人の子どもが取り組んでいるところだからです.
「7+4=11」のところの写真は次のとおり.

加数の4を二股にして「3」と「1」を書き(これが「さくらんぼ」),被加数の7と,二股の1つの3とを囲んで,そばに丸囲みの10を添えています.
この式の下には,数の入る箇所が切り抜かれた,紙が貼ってあります.切り抜かれた箇所を□で表すことにし,読んでいくと,以下のようになります.

□はあと□で10
□を□と□にわける
□に□をたして10
10と□で□

「7+4=11」に当てはめると,こうです.

7はあと3で10
4を3と1にわける
7に3をたして10
10と1で11

ただし,10を除く数はすべて,その用紙にも,□の中(黒板上)にも書かれていません.これは2つのことが想定できます.学級の児童らがノートに書くときには,□の中も合わせて書くこと.そして,このテンプレートは他の問題,別の日の授業でも,使用されるものと思われます.


式の下に貼られた紙は,まさにテンプレートであり,7と4の和11を得るまでの流れは,「型にはめた」ようにも見えます.
この「型」については,当ブログでこれまで取り上げてきた情報とは別に,『小学校学習指導要領解説 算数編』にヒントが載っていました.
PDF版のpp.67-68を引用します.

イ 1位数の加法とその逆の減法の計算
1位数と1位数の加法とその逆の減法については,和が10以下の加法及びその逆の減法と,和が10より大きい数になる加法及びその逆の減法に分けて考える。
前者の計算については,具体物を用いた活動などを通して理解する。後者の計算については,具体物を用いた活動などを通して「10とあと幾つ」と考えることによって筋道を立てて計算の仕方を説明することができるようにする。いずれの場合もその後の加法や減法の計算の基礎となる重要な内容である。その指導に当たっては,具体物を用いた活動などを通して計算の意味を理解し,計算の仕方を考え,計算に習熟し活用することが大切である。

ポイントとなるのは,この計算を学習する際,単に和が求められれば良い,(かけ算の)九九と同じように暗記・暗誦せよ,というのではなく,「筋道を立てて計算の仕方を説明することができるようにする」のが要請されていることです.なお,現行(2008年)より1つ前の解説にも,同様の記載があります*1
PDFファイルの各学年の内容の章で,「筋道」を検索したところ,最初に見つかるのは上記引用であり,第1学年の学習事項では他に出現しません.したがって,算数において筋道を立てて求め方を説明する最初の機会が,この,繰り上がりのあるたし算となるわけです.


この学習について,容易に想像できる反論の1つに,「こういった計算をいつまでするのか? 学年が上がっても行うのか?」が思い浮かびます.
「学年が上がっても」については,解答を試みると,2年で学習するたし算・ひき算の筆算では,さくらんぼ計算ではなく,部分和・部分差を暗算で求めることが,期待されています.
1年と2年では,〈筋道を立てた説明〉と〈暗算〉というだけでなく,もう1つ大きな違いがあります.「さくらんぼ計算」と「繰り上がりのあるたし算」の対象が少しだけ,異なっています.
『小学校学習指導要領解説 算数編』の引用を読み直すと,和の求め方は,「和が10以下」と「和が10より大きい数になる場合」とに分かれます.
具体例を挙げるなら,7+4は,さくらんぼ計算で求めますが,6+4は,そうではありません.筆算では「繰り上がり」の処理において,統合されます.
では6+4はどうするかというと,その和が10になるのは覚えましょう,というのが答えとなります.
実際のところ,和がちょうど10になる場合を先に理解しておき,さくらんぼ計算に活用することが期待されています.『小学校学習指導要領解説 算数編』PDF版pp.63-64でも,8+6を対象として,冒頭のテンプレートに当てはめることのできる,和を求める流れが書かれています.
和が10になる2つの数を求める練習は,『入学準備 小学一年生直前号』のp.52にも載っています.「陰山プリント」*2と題されています.

9つあるどの問題も,正方形を横線で等分割し,上半分の長方形には「10」が書かれています.下半分は縦線で2つの正方形に分割し,左側には数字,右側は空欄です.そうして2つの和が10になるよう,空欄を埋めよという練習問題となっています.ひき算(10−3や10−5のように)で計算せよ,というのではない点にも,注意したいところです.


ここまでについて,当ブログの過去の記事を見直してみます.
テンプレートに数を当てはめた,「7はあと3で10」「4を3と1にわける」「7に3をたして10」「10と1で11」はいずれも,数の合成・分解を行っています.Webだと啓林館の用語集で見ることができます.

『小学校学習指導要領解説 算数編』PDF版ではp.63で,数の「合成や分解」が連続する2つの文に出現し,数の意味の確立に欠かせないものとしています.
昭和初期,したがって算数ではなく算術と呼ばれていたころの本にも,同様の学習が見られます.高木佐加枝『尋常小学算術書活用と補充』では,「数の構成及び分解」という小見出しを設けて,2から10までの各整数に対し,次のとおり,組合せを例示しています(http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1457148/24).

しかし,さくらんぼの形状にはなっていません.
上下関係で,数の合成と分解を示した図は,http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1457148/134にあります.

http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1457148/140にもあります.丸囲みの数と丸囲みだけの間は,バネのようですが,拡大すれば「タス」と書かれているのが分かります.

もしかして当時「さくらんぼ」がなかったのかなと,Wikipediaを起点に調べたところ,佐藤錦の品種は大正11年に実ができ,昭和3年命名されたとのこと.出回っておらず,算術の教具にならなかった,といったところでしょうか.
さくらんぼ」については,緑表紙教科書と現在の算数との間に,もう一つ,挙げておきたい本があります.『算数に強くなる水道方式入門 (1961年)』です.p.95には《10に対する補数》として,以下のように,文章と,さくらんぼの並びがあります(1971年に出た新版では,さくらんぼの図が見当たりませんでした).


10の合成・分解について,海外の動向を見てみましょう.まずはウォールストリートジャーナルの邦訳記事です.英単語のseventeenを例にとり,子供たちは17と71で混乱しやすくなるということを指摘してから,東アジアそして米国の状況を,次のように記しています.

 東アジアの多くの国々で小学校1年生のときに教えられる足し算や引き算をするときに「10を作る」という計算法は、英語を話す子供よりも中国語を話す子供にとって受け入れやすい。2つの数字を足すとき、子供たちはその数字を2つの部分に分割し、10の倍数と1の倍数を再び組み合わせる。たとえば9+5は9+1+4と考える。「10を作る」という計算法は桁数が多い数字のより高度な足し算、引き算の問題で強力なツールとなるとフソン博士は言う。
 米国の教師の多くがこの計算法の指導を増やし、多くの州で採用されている共通基礎基準は小学校1年生が足し算や引き算のときにそれを使うことを求めている。発達障害の研究の一環として行われ、94人の小学生を対象とした2011年の研究では、1年生のときに桁の値を理解していると、3年生で学ぶ2桁の足し算を解く能力についても予想できるということがわかった。

算数習得するのに最適な言語は何語か - WSJ

「10を作る」は,数の分解と合成に対応しますし,「9+5は9+1+4と考える」は,さくらんぼ計算で手続き化・可視化ができます.
「共通基礎基準」というと,Core Standardsです.数学のスタンダードを見ると,「make a ten/tens」が,以下の2箇所で出現します.

In Grade 1, instructional time should focus on four critical areas: (1) developing understanding of addition, subtraction, and strategies for addition and subtraction within 20; (snip)
1) Students develop strategies for adding and subtracting whole numbers based on their prior work with small numbers. They use a variety of models, including discrete objects and length-based models (e.g., cubes connected to form lengths), to model add-to, take-from, put-together, take-apart, and compare situations to develop meaning for the operations of addition and subtraction, and to develop strategies to solve arithmetic problems with these operations. Students understand connections between counting and addition and subtraction (e.g., adding two is the same as counting on two). They use properties of addition to add whole numbers and to create and use increasingly sophisticated strategies based on these properties (e.g., “making tens”) to solve addition and subtraction problems within 20. By comparing a variety of solution strategies, children build their understanding of the relationship between addition and subtraction.

Grade 1 » Introduction | Common Core State Standards Initiative

Apply properties of operations as strategies to add and subtract. Examples: If 8 + 3 = 11 is known, then 3 + 8 = 11 is also known. (Commutative property of addition.) To add 2 + 6 + 4, the second two numbers can be added to make a ten, so 2 + 6 + 4 = 2 + 10 = 12. (Associative property of addition.)

Grade 1 » Operations & Algebraic Thinking » Understand and apply properties of operations and the relationship between addition and subtraction. » 3 | Common Core State Standards Initiative

「2 + 6 + 4」の計算例は,加法の結合法則を学習するためのものです.そこに「make a ten」ということで,6 + 4 = 10を組み入れていますが,別の見方をすれば,8+4を求める際,8+4=2+6+4=2+10=12として求めることができます.これも,さくらんぼ計算では考慮がなされていて,被加数分解と呼ばれます.
少し古い本にも,さくらんぼ計算と結びつけられる記述があります(Carpenter & Moser (1983). "The Aquisition of Addition and Subtraction Concepts". isbn:012444220X p.21).

Although learning of basic number facts appears to occur over a protracted span of time, most children ultimately solve simple addition and subtraction problems by recall of number combinations rather than by using counting or modeling strategies. Certain number combinations are learned earlier than others, and before they have completely mastered their addition tables many children use a small set of memorized facts to derive solutions for addition and subtraction problems involving other number combinations. These solutions usually are based on doubles or numbers whose sum is 10. For example, to solve a problem representing 6 + 8 = ? a child might respond that 6 + 6 = 12 and 6 + 8 is just two more than 12. In an example involving the operation 4 + 7 = ? the solution may involve the following analysis: 4 + 6 = 10 and 4 + 7 is just 1 more then 10.
(私訳:1桁どうしのたし算の学習は長い時間を要するように見えるものの,たし算やひき算の単純な計算問題については,大部分の子どもは最終的に,数え足しやモデルの利用といったやり方ではなく,覚えたことを使って答えを出せるようになる.学習においては,ある組み合わせのたし算を先に行い,それを活用して,たし算の表を完全に覚えてしまうよりも前に,他の組み合わせの計算ができる.そのときには通常,2倍や,和が10となる数を用いる.例えば,6+8を計算するときに,ある子どもは6+6=12なのと,6+8はそれよりも2大きいことを用いて答えを出す.また4+7を求めるのに,4+6=10なのと,4+7はそれよりも1大きいことを使えばよい.)

さくらんぼ計算に対応するのは,"4 + 7 = ? ... 4 + 6 = 10 and 4 + 7 is just 1 more then 10"(4+7を求めるのに,4+6=10なのと,4+7はそれよりも1大きいことを使えばよい)のところです.一つの式で表すなら,4+7=4+(6+1)=(4+6)+1=10+1=11です.
ただし,段落の前半では,子どもたちは最終的に,何たす何は何というのを表(addition table)として頭の中で持っておき,取り出すこと(recall)ができるようになっているとしています.それがこの段落の主要部であり,ADDITION STRATEGIESというセクションの結論となっています.
「こういった計算をいつまでするのか? 学年が上がっても行うのか?」への答えは,海外書からも見ることができたのでした.


現行の学習指導要領や解説では,さくらんぼの図式で求めることは要請していないものの,「筋道を立てて計算の仕方を説明することができるようにする」こと,そして数の合成と分解を活用することが,記載されています.
ここに注意して,比較的新しい書籍から,さくらんぼを使わない同様の計算の問題を探していくと,ちょうどいいのがありました.

思考力・表現力を評価する算数テスト集

思考力・表現力を評価する算数テスト集

このp.38に,出題があります.

[2] よういちさんは 8+7の けいさんを したのように しようと して います。

8は あと 2で 10です。

よういちさんの かんがえを あらわしている ず を したから えらび、したの □に かきましょう。
(図省略)
[3] [2]の もんだいで えらんだ ずの かんがえを したの ぶんに つづけて かきましょう。

アイウのどれを選べばいいかというと,イとなります.「2」が読み取れる図は,イしかありません.なお,アは被加数分解(8+7=(5+3)+7=…=15),ウは両方から5を取ってきて足す(8+7=(3+5)+(5+2)=…=15)という方略のようです.
この問題は,子どもたちの記述力・表現力の向上を狙ったものです.[3]について,1年生ですらすらと答えを書けるとは限りません(大人でも,この記述は難しい?).

筋道を立てて計算の仕方を説明しましょう,そして,他の人の発言の断片からその意図を見出しましょう---そういった呼びかけを,この出題例より見ることができます.


以前に書いた記事:

(最終更新:2015-02-04 朝)

*1:isbn:9784491015507 p.68

*2:「陰」の字は原文では「隂」.次のページには「陰山英男先生」の顔写真とコメントが載っています.