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文字式と交換法則

□×△=△×□やa×b=b×aは,乗法の交換法則を表した式です.
「かけ算の順序論争」でも,この等式を根拠とした批判をときおり見かけます.
そういった批判を読みながら,2012年ごろにうっすらと,抱いていた問題意識があります.それは,乗法の交換法則を,小学生はどのようにして学習しているのか,です.
批判はその疑問に答えてくれませんので,自分なりにいろいろ読んでいき,どうやらそのキーワードの1つが「帰納的(な考え)」であることに,たどり着いています.
実際,『小学校学習指導要領解説 算数編』では,第2学年の学習事項において,「「乗数と被乗数を交換しても積は同じになる」という計算の性質」の直前に「幾つかの場合から帰納的に考えて」を明記しています.
また第4学年で,加法と乗法の「交換法則,結合法則,分配法則」を,□,△,○の記号を用いて等式にした記述がありますが,それぞれの等式を,証明しているわけではありません.第3学年までに「具体的な場面において交換法則,結合法則,分配法則が成り立つことについて理解させてきている」ことを前提としていまして,「具体的な場面において」は,演繹ではなく帰納と関連します.
昨秋より何度も取り上げている"Classroom Discussions"*1の,乗法の交換法則についての授業においても,読み取れるのは,帰納的な考えです.
では,演繹的に,あるいは小学校の先生や児童らが納得するような手順でもって,乗法の交換法則を示すのは,授業として成立するのでしょうか?
例えばアレイ図は,どうでしょうか.任意の自然数に対して,□×△=△×□が説明できるのに使えそうです.なのですが,これとて小学校の算数では,帰納的(かつ視覚的)に,交換法則が成立するのを知る手段となっています.アレイの利用に際しては,SMSGや現代化など,いくぶん歴史的・政治的な観点も,無視するわけにいきません.
小学校の算数や,アレイから離れ,きちんとした証明で,まっさきに思い浮かぶのは,高木貞治の著作です.『新式算術講義 (ちくま学芸文庫)』では,第一章ではペアノの公理と同様の形で順序数を定義してから,自然数を定め,第二章では加法の定義と諸性質の確認のあと,p.26で「乗法の意義」を累加に基づいて書き,その後,「分配の法則」「組み合はせの法則」「交換の法則」の順に*2性質を証明しています.書店でチラ見した,高木の他の本でも,書き方は異なるものの,似た流れの記述がありました.
最近,「小学生レベルの数学」と「中高生レベルの数学」との区別を説いた,本を見かけました.

論理記号と推論規則を定めたのち,「擬人化」により,架空の数学者Q氏を導入します*3自然数解を持つ2元連立1次方程式を例に挙げたのち,定理を,「つまりQ氏は、ことΣ1文に限っては、すべての数学的真理を余すことなく完璧に証明することができる」という直感的な意味とともに,示しています.
「Σ1文」はp.27で定義されていますが,∃x1.…∃x1n.Aのように,存在記号∃による量化が先頭にあり*4,自由変数を含まない論理式です.「Π1文」というのも,存在記号∃ではなく全称記号∀が使われたものとして,同じページに載っています.∃と∀の違いだけなのですが,「一方で彼女(引用者注:Qのこと)はΠ1文が苦手である。たとえば、Qは3+5=5+3などはちゃんと証明できるのだが、これを一般化して「すべての自然数x,yについてx+y=y+x」とすると、途端に証明できなくなる」(p.45)のです*5
またp.48では,小学校の算数との照合を試みています.「Q\approx小学生レベルの数学者」を,独立した行で書き,高学年では□,△,またa,xといった記号や文字を出てくることを記してから,Q氏の証明能力の限界に関して,「たとえば人間の小学生は4年の段階で□+△=△+□などの公式を学ぶが,これはQ氏が苦手とするものである」と述べています.
足し算の可換性を証明できる数学者は,p.51で,IΣ1と命名されています.これはQに,Σ1論理式について,数学的帰納法に対応する推論規則を追加したものとなっています.
『新式算術講義』の内容と合わせて,文字を用いた式において,交換法則を証明するには,数学的帰納法が必要らしいことが見えてきました.
しかしまあ小学校の算数で,証明だとか,帰納だとか演繹だとか,∀や∃だとかは,取り入れにくいですね.「説明」の方法として,アレイ図を起点にするのが無難です.

昔書いたこと

Q: 啓林館の教科書では,6年になってもかけ算に順序があるんですよね?

A: 「x×8」の件でしょうか.一つ分の大きさ×いくつ分による立式は,文字式でも同様に適用できるという意図だと思います.
中学校に上がれば,これを「8x」と書くことになります.その流れにおいて乗法の交換法則は,場面をx×8で表す段階ではなく,x×8を8xに置き換える段階で使用されます.
「1冊x円のノートを8冊買います」という場面において,小学校6年ではx×8と書き,その場合,xはかけられる数,8はかける数となります.中学校式に,×を取り除いて8xと表記したとき,8はxの係数であり,xと8xとを比較すると,8はかける数と見なすことができます.何と何の関係であるか*6,また「係数」とは何なのかに注意すれば,混乱は生じません.
*6:「1冊8円の文具をx個買います」だと,8×x=8xを得ますが,その左辺では8がかけられる数,xがかける数です.右辺では8はxの係数であり,xと8xとを比較すると,8がかける数です.

「×」から学んだこと 13.04―かけ算の意味・式の意味

三角形の3つの角の大きさを足すと180°になります.どうしてか,説明しましょう.

...
Cくんは,三角定規を取り出しました.クラスの3人の友達から,同じ三角定規を借りました.そして4つの定規を,このように組み合わせます.

それから一つを取り除いて,このように組み合わせます.

先生は尋ねました.「えっと…それで?」
Cくんは,答えました.「直角は90°ですよね? 小さいほうの角の大きさは,3つ合わせれば90°になるってことで,90÷3=30,30°です.大きいほうの角は,小さいのを2つ合わせればぴったりになったので,30×2=60で,60°です.だから(三角定規一つだけを手に取り),この三角形の3つの角の大きさは,90°と,30°と,60°.足すと,90+30+60=180で,180°になります」

もう少し,書きむしるか

*1:http://books.google.co.jp/books?id=2NX4I6mekq8Cの「書籍のプレビュー」で,本文が読めます.

*2:ただし,「組み合はせの法則」と「交換の法則」は,別々に証明されています.

*3:「Q\vdashAを「Q氏は定理Aを証明できる」と読む。」(p.43)

*4:有限であればいくつあってもよく,なしでもかまいません.

*5:p.30には「Σ1論理式に否定をつけるとΠ1論理式と等しくなる」ともありますが,Σ1論理式の先頭に否定をつけた式,例えば¬∃x.A(x)は,Σ1論理式ではない点にも,注意が必要です.∀x.∀y.x+y=y+xに対し,否定を用いても,得られる等価な論理式は¬∃x.∃y.x+y≠y+xであり,Σ1文にはなりません.