途中に,「2008年と今の自分の認識の違いはいくつかあって」から始まり,3つの項目を挙げています.それぞれ,連想する情報があります.
まず:
・よその国では逆に教えるところも結構ある、ということを伝えれば、かなりのところ、状況は改善されるのではないだろうか、と考えていたのが、甘かった!と分かったこと。
08年に考えていた掛け算順序についての議論を、注釈しながら採録してみる - 川端裕人のブログ
この件ですが,2008年以降に,外国だとか,日常,目にする事例では,逆だったりするけれども,日本の算数はこうだと記した文章が,いくつか出ています.
2年生の導入時では,被乗数と乗数を明確に区別して扱っているが,これもかけ算の意味の理解を確かにするためと考えられる.図1のみかん全部の個数を4×6=24と表すときに,被乗数4が一つ分の大きさ,乗数6が幾つ分を表していることを大切に扱う必要がある.ただしこの意味は世界共通でなく,例えば英語ではこれを6×4=24とするので,被乗数,乗数の意味は逆になる.
(布川和彦: かけ算の導入―数の多面的な見方、定義、英語との相違―, 日本数学教育学会誌, No.92, Vol.11 (2010). http://ci.nii.ac.jp/naid/110007994852)
Students are required to clearly distinguish between multiplicands and multipliers at this stage because this distinction helps them understand the meaning of multiplication. Teachers pay attention to whether their students understand that multiplicands express sizes of units and multipliers express numbers of groups. These meanings are reversed from the viewpoint of some educators elsewhere in the world. The amount of oranges in Figure 1 is expressed as 4×6=24 in Japan. The expression 6×4 is not usually allowed at the introductory stage.
(Nunokawa, K. (2010). Multiplication: introduction, 日本数学教育学会誌, No.92, Vol.11.)
乗法の場面、「1ふくろにミカンが3こずつ入っています。5ふくろでは、ミカンは何こでしょう。」は、3×5と立式される。立式は、「1つ分の数×いくつ分=全体の数」とまとめられ、それぞれ被乗数、乗数という。ところで、「オリンピックの400メートルリレー」や「このDVDは16倍速で記録できる」、「xのk倍は」の式は、どのように表わされるであろうか。それぞれ、一般的には「4×100mリレー」、「16×」、「kx」と表される。被乗数と乗数の位置が教科書の書き方と逆になっていることに気付くであろう。この例から分かるように、乗法では、数の位置ではなく、数が意味する内容に注目して、どの数が1つ分の数であるか、いくつ分はどの数かをしっかりと読み取ることが大切である。第2学年や第3学年では、読み取った数を、「1つ分の数×いくつ分=全体の数」と表現できることが重要であり、逆に、この立式ができているかで、数の読み取りができているかを判断できる。しかし、高学年になり、乗法では交換法則が成り立つことや外国での立式を知り、数の意味をしっかり理解できていれば、必ずしも第2学年で学んだ順序で立式することを強制しなくてもよい。
(『小学校指導法 算数 (教科指導法シリーズ)』)
「The expression 6×4 is not usually allowed at the introductory stage.」や「高学年になり(略)必ずしも第2学年で学んだ順序で立式することを強制しなくてもよい。」と関連する授業例は,『読み取り表す力を育てる「足場」のある算数授業―すぐに使える!読解問題付き』に載っている,6年の比の問題があります.そしてこの本は,2年の指導では,基準量といくつ分を区別することを明記しています.領域,固定に書いたのは,10日ばかり前です.
2008年よりも前になりますが,日本の算数はこうだ,で思い浮かぶのは緑表紙教科書です.それまで乗数先唱だったのを,被乗数先唱に改める際の根拠として,「5円の色紙を8枚」「3を4倍する」「5円×8」といった言葉や式が例示されています(『「小学算術」の研究』).
同数累加を素地として乗法を導入し,高学年で,乗数が小数になったとき*1には意味の拡張を図るという,現在の学習指導要領に載っている考え方は,1968年の中島健三の論文(http://ci.nii.ac.jp/naid/110003849391)に出てきます.またこの論文では,以下の通り注をつけており,日本のかけ算指導の一貫性を示したものとなっています.
4) 4×2は,英語ではfour times twoまたはfour twosなどという関係で,乗数と被乗数がわが国の場合と反対になっている.
9) (略)なお,註4)で,アメリカでは,乗数を先にかくとのべたが,最近では,わが国の場合のように,乗数をあとにかく方法(乗数をoperatorとしてみる場合に統一的にでき便利である)をかなり取り入れるくふうがされている.この場合,3×4は3 multiplied by 4などと呼んでいる.
次は:
・当時は、掛け算の順番は、言語依存なんじゃないだろうか(その国の国語で自然な順番になっている)と思っていたのが、結局、そんなこともなさそうだ、いう話。
08年に考えていた掛け算順序についての議論を、注釈しながら採録してみる - 川端裕人のブログ
これにも,思い浮かぶ文章があります.ただし作成されたのは2008年より前です.
具体例を挙げて、少し説明を加える。かけ算の導入は、日本では次のように扱われる。
『しょうがくさんすう2年下』(中原他, 1999, p.16)
みかんがひとさらに5こずつのっています。4さらではなんこになりますか。
この問いに対して、1さらに5こずつ4さらぶんで20こです。このことをしきで
5 × 4 = 20
とかき「五かける四は二十」とよみます。
それに対して、英語ではかけ算を表す順序が逆で、“four plates of 5 oranges”という英語での表現より、4×5=20となる。そこで問題となるのは、例えばタイでは自然な語順が日本語式であるにもかかわらず、教科書は英語式の順番に従っている。単にかけ算の順序が逆になっただけで小さなことのようであるが、初めての学習者にとってはかなりの認知的な負担が強いられるだろう。この例に見られるように、認識的な差異を考慮に入れないでカリキュラム開発をするならば、教科書という基本的な教材の中に、基本的な問題を抱えこんでしまう可能性がある。
(馬場卓也: 数学教育協力における文化的な側面の基礎的研究,平成13年度 国際協力事業団 客員研究員報告書 (2002). http://jica-ri.jica.go.jp/IFIC_and_JBICI-Studies/jica-ri/publication/archives/jica/kyakuin/pdf/200203_08.pdf)
表にしたこともあります.
語順 | かけ算の順序 | |
日本語 | かけられる数が先 | かけられる数が先 |
英語 | かける数が先 | かける数が先 |
タイ語 | かけられる数が先 | かける数が先 |
しかしこのギャップに注意した上で,タイの算数で,かけ算の式を「かけられる数が先」にしていいのかどうかについて,要検討なのは,変化ありません.
掛け算の順序と自然言語の対応についてちょっとだけ - 誰がログは,分析として興味深いのですが,後半に取り上げられている柳原(2008)について,サピア=ウォーフの仮説を含め,フィリピン事情より前の話は,馬場(2002)に書かれた内容と,かなり重なっています.
最後に:
・アメリカでも、コモン・コア教育なるものが登場して、掛け算順序を推進していること。その際の順番は、日本の方式とは逆で、結構、笑える。しかし、笑えない! みたいなお話。
08年に考えていた掛け算順序についての議論を、注釈しながら採録してみる - 川端裕人のブログ
「コモン・コア教育」で検索しても,なかなか見つかりません.「各州共通基礎スタンダード」がより分かりやすいです.
他に,読んで興味深かったところを.
- コモン・コア・ステート・スタンダード(CCSS) - NAVER まとめ
- 岡邑ら:アメリカにおける共通コア州スタンダーズに対する学校の反応と課題―ニューヨーク市の小・中・高等学校でのフィールドワークをもとに―, 大阪大学教育学年報、Vol.19 (2014). http://hdl.handle.net/11094/26907 http://ir.library.osaka-u.ac.jp/dspace/bitstream/11094/26907/1/aes19-097.pdf
- アメリカ・K-12の教育政策・最先端レポート -データ分析の観点から
批判は,スタンダードの記載内容そのものよりも,それに基づく全米規模でのテストに対するものが多いように思います.その教育改革に従いたくないという州・自治体・学校の存在も,見過ごすわけにいきません.これらを含む文章が,岡邑らの中にありました.
「テストにどれだけ十分に生徒を合格させたかが問題になっていて、もし達成できなければ、先生の授業が悪く、生徒をよく見ていないということになる。このテストスコアが外から学校を観るときの、判断基準になっている。だから、それは教師に相当大きなプレッシャーを与えている。カリキュラムがもっとテストに沿ったものになるべきだと考えられ、テストの点数で親も毎日の学校教育について不満を言う」。だが、一方で、コモンコアの内容自体は、以前の表面的なスキル重視のニューヨークのスタンダードと比較して良くなっていると校長は感じている。だが、それでも、低学年の子どもたちに対しては、この学校が子どもの創造性や好奇心を大切にし、子どもを中心に据えた教育を行っているという背景もあり、共通コア州スタンダーズを適用することの効果に懐疑的である。
コモンコアで記述されている,かけ算の「式の解釈」は,『小学校学習指導要領解説 算数編』に書かれているものと同等です(かけられる数とかける数が反対になりますが).指導要領解説の英訳版を差し込んで,3件,並べてみます.
Interpret products of whole numbers, e.g., interpret 5 × 7 as the total number of objects in 5 groups of 7 objects each. For example, describe a context in which a total number of objects can be expressed as 5 × 7.
Grade 3 » Operations & Algebraic Thinking » Represent and solve problems involving multiplication and division. » 1 | Common Core State Standards Initiative
When teaching how to interpret algebraic expressions, one can have students construct problems from a algebraic expression like 3 × 4, such as: “A pack contains three containers of pudding. There are four packs. How many containers of pudding are there in total?” To further foster the ability to interpret algebraic expressions, it is important to make the connection between algebraic expressions and concrete situations like this, and to represent the interpretation using ○'s, diagrams, or concrete objects.
小学校学習指導要領解説 算数編 日英対訳
式を読み取る指導に際しては,例えば,3×4の式から,「プリンが3個ずつ入ったパックが4パックあります。プリンは全部で幾つありますか。」というような問題をつくることができる。このように具体的な場面と関連付けるようにすることが,さらに,読み取ったことを,○や図を用いたり,具体物を用いたりして表現することが,式を読み取る能力を伸ばすためには大切である。
小学校学習指導要領解説 算数編
以上,冒頭のブログ記事に「書かれていたこと」と,自分の認識や他の刊行物との照合とを試みてきましたが,冒頭のブログ記事に「書かれていないこと」を1点挙げるなら,ネットで(国内外で)騒いだりするにも関わらず,どちらでもいいんだという授業例が出現しないこと,でしょうか.
個人的な考察ですが,これまでの教育の状況や教科書の記載内容(各社の比較や,過去の教科書・学習指導要領などとの比較も),そして授業研究を通じて,授業内容を具体化していくと,かけ算の指導は「かけられる数×かける数」に基づくのが,教えやすく学びやすく,応用もしやすいとなります.例えば,小中連携で持ち出される「a×3=3a」については,「10が3つで30(10×3=10+10+10=30)」「1mが3本で3m(1m×3=1m+1m+1m=3m)」と同様に,a×3=a+a+a=3aと考えればいいのです.『量と数の理論 (1978年)』では,「A+A+AをAの3倍といい,3AまたはA×3で表す.」と定義しています.A3も3×Aも出てきませんが,それらを使わなくても,乗数を有理数・負の数・実数へと拡張させていきながら,量の体系(演算)が記述できるわけです.
小学校に話を戻して,どちらでもいいってわけではないよという海外の授業例は,2008年以降に出ていました.
- サルカール アラニ・モハメッド レザ: 算数・数学教育における子どもの概念形成と思考方略―イラン、アメリカ、日本の比較授業分析―, 中等教育研究部紀要, 名古屋石田学園, Vol.2, pp.3-30 (2010). http://ci.nii.ac.jp/naid/110009327270 http://www.n-ishida.ac.jp/main-office/tyuto/kenkyukiyou/09/P3.pdf
ここで取り上げられているアメリカの授業については,原文がGoogleブックスで読めます(http://books.google.co.jp/books?id=2NX4I6mekq8C&pg=PA3).
*1:0.1×3は,同数累加で計算ができ,4年で学習します.80×2.5のように式で表したりこれを計算したりするのは,5年です.