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内包量とパー書き〜1960年代,1970年代,1980年代の記述より

はじめに『算数に強くなる』からの抜粋画像が載っています.毎日新聞社編となっていますが,中身を見ると「精薄児でも理解できたと数教協の研究集会で報告されています」(p.134)の文で団体名(数教協=数学教育協議会)が明記されているほか,p.135のウサギの耳で「「3たす3」として6と答えを出す子もいるのです」は,遠山啓が1972年に書いた「6×4,4×6論争にひそむ意味」にもありました.ということで,この箇所の執筆者は遠山ではないかと思ったのですが,現物を見ないとわかりませんので,Amazonで注文しました.〔追記:読みました.あとがき(p.235)に「数学教育協議会から取材して学芸部の藤田恭平記者が書いたものです」とありました.「数学教育協議会の遠山啓先生」は,その次のページに取材協力で名前が挙がっていたほか,本文中にもたびたび出現していました.〕
ちなみにウサギの耳*1について3+3で計算する(というやり方に対して価値を認める)記述について,今の算数指導で,関連するものが思い浮かびません.むしろ,a×bとb×aの2つの式で,表せるものが異なる点が,重視されています.文字ベースだと,桜井進が例示している「ペアシートが3席」と「3人用シートが2席」が簡潔ですし,教科書だったらhttps://ten.tokyo-shoseki.co.jp/text/shou_current/sansu/files/web_s_sansu_gakuryoku1.pdf#page=2より,えんぴつの数を扱った2つの文章題を見ることができます.海外の授業例について,イランとアメリカシュスター先生で紹介してきました.視覚的な試みだと,(『まるごと2年生 2年生担任が まず読む本 (教育技術MOOK)』p.16)が明瞭ですし,最後に自分の話ですが,http://www.slideshare.net/takehikom/ss-45239765/44は,ここまでの知見を1枚で表現したものとなっています.
さて,本題です.1962年に刊行されたという『算数に強くなる』の抜粋に目を通したとき,「内包量」も,パー(/)を用いた数量の表記も,出現していないのが,本記事をつくるきっかけでした.
戦後の算数の状況*2は,以下のとおりです.この記事において,1961年の『水道方式入門』では,かけ算の式にパー書きは見当たらないものの,1個の値の表記としてであれば,「2.5円/g」が見られることも,書いていました.

  • 単位なし: 4×45=180
  • 被乗数と積に単位: 4個×45=180個
  • 被乗数はパー書き: 4個/人×45人=180個
  • すべてに単位: 4個×45人=180個

そして,1960年代あたりまでは,「単位なし」と「被乗数と積に単位」が併存していました.1960年代から1970年代においては,そこに「被乗数はパー書き」が加わります.数学教育協議会(水道方式)の展開により,この式が普及する一方で,「被乗数と積に単位」の利用頻度が下がってきます.
現在では,「単位なし」が算数の教科書や各種出題で採用されており,「被乗数はパー書き」は数教協のほか,その影響を受けた団体(学力研など)の指導に限られます.日常生活では,「すべてに単位」が,飲食物や日用品の数量表記でよく用いられています(略)

式に単位(古いもの)

ということで,数教協においてパー書きを用いてかけ算などの式にする指導が,いつごろから普及しだしたかについて,『算数に強くなる』を見て何かわかったというものではなく,1960年代から1970年代のはじめごろに,取り入れられたという推測は変わりません.
かけ算から少し離れまして,算数の理解や指導にあたり,パー書きがどのように分類されているかについて,読み直した2つの書籍より,書き出してみます.
まずは1975年のもので,『かけ算には順序があるのか』でも,参考文献に入っている本です.

内包量m=y/xにおいて,2つの外延量x,yが分離量か連続量かで,4つの組合せが考えられる。
1) x,y:分離量(例:うさぎ1匹当たり耳2本……2本/匹,1家庭当たり子ども2.2人……2.2人/家庭)
2) x:分離量,y:連続量(例,子ども1人あたりの学校の敷地面積……2㎡/人)
3) x:連続量,y:分離量(例:宇宙での水素原子の密度……2個/㎤)
4) x,y:連続量――本来の内包量
(『量の世界―構造主義的分析 (1975年) (教育文庫〈8〉)』p.103)

2つの分離量によって,「2.2人/家庭」という小数の値が出る点については,次のページで詳しく書かれており,内包量は,連続量の1つであるという話につなげています.
もう1つの情報は,1988年の洋書からです.

Before concluding the discussion of intensive quantity and turning directly to the subject of referent transforming composition, which is the central subject of this chapter, I must make a remark about the nature of the sorts of intensive quantity that can be encountered. Since an intensive quantity is formed (in general) from two extensive quantities, each of which might be either discrete (D) or continuous (C), we have the following situation:
1. Intensive quantities of the form D/D are relationships between two sets of discrete extensive quantities, for example, children/family or candies/bag.
2. Intensive quantities of the form C/D and D/C are relationships between a set of discrete and a set of continuous extensive quantities, for example, gallons/bucket or persons/year.
3. Intensive quantities of the form C/C are relationships between two sets of continuous extensive quantities, for example, miles/hour or grams/cubic centimeter.
(私訳:内包量の検討を終え,単位を変えるような合成(これが本章の中心となるテーマであるが)に話を移す前に,起こり得る内包量の種類について注記しなければならない.一般に,内包量は2つの外延量により構成され,それぞれは離散的(D)または連続的(C)のいずれかであるから,以下の状況を得る.
1. D/Dの形の内包量は,2つの離散的な外延量の関係であり,例えば 子ども/家族,キャンディ/袋 がある.
2. C/DまたはD/Cの形の内包量は,離散的な外延量と連続的な連続量との関係であり,例えば ガロン/バケツ,人/年 がある.
3. D/Dの形の内包量は,2つの連続的な外延量の関係であり,例えば マイル/時,g/㎤ がある.)
(Number Concepts and Operations in the Middle Grades (Research Agenda for Mathematics Education S.) pp.44-46; Schwartz, J. L.: "Intensive quantity and referent transforming arithmetic operations")

原文のreferentを,訳では「単位」としましたが*3,「本/匹」や「マイル/時」,またそれらをバラバラにした「本」「匹」「マイル」「時」が,いずれもreferentの例となります.またchildren/familyを原文に即して「子ども/家族」と訳しましたが,これを「人/家族」と表記し,「1家族あたりの子どもの数」と解釈すると,『量の世界』の同じ例示が,英語の文献でもなされていたこととなります.
なお,Schwartzが書いた文章には,参考文献に日本のものがなく,この方の提唱するパー書きや内包量の概念は,日本(数教協)と別に展開されたものと個人的には推測しています.上記2つの文献の関連づけは,『認知心理学からみた数の理解』でも見ることができ,該当箇所を内包量×外延量,I×Eで引用してあります."referent transforming composition"とは,簡潔に書くとI×Eのことです.
なぜ別々のルーツで,同じものが出てくるかについて,一つ,ヒントになりそうなのは,物理量や次元解析の概念(が算数教育に持ち込まれたこと)です.実際,Schwartzの件の参考文献には,それらをタイトルに含むものが見られます.日本でパー書きが取り入れられた経緯は,まだ掴みきれていませんが,1960年代後半の文献整理を,していかないといけないのかもしれません.


最後にどうでもいいことを.高木貞治における「かけ算の順序」 | メタメタの日に,「遠山啓のいわゆる「トランプ配り」(初出1972年)を,高木はとっくに(1911年に)指摘していたわけです。本当に烏滸がましいけれど「畏るべし高木貞治」です」とあり,読んでなるほどと思いましたが,高木の書いた中で,今の算数にも使える話だなと思ったのはむしろ,http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/826655/35で「29. 被乗数に小数部分ある場合。」として,小数の乗法に先立ち,小数×整数を取り上げている箇所だったりします.
さらに興味深いことに,http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/826655/36には「青森より下の関まで鉄道哩程1179哩なり。一哩を0.41里とすれば,此里程幾許なるか。」という出題があります.文脈から,出現する2つの数をひっくり返して0.41×1179の式に表し,計算することが意図されています*4

*1:念のためp.135より問題文を書き出しておくと:「ウサギには耳が2本あります。ここに3羽のウサギがいます。耳の数は全部でいくつですか」.この種の出題・指導についての課題が『[isbn:9784491026343]』p.114(初出は1978年)より読めます.

*2:戦前の算術の状況は,http://ameblo.jp/metameta7/entry-12105403061.htmlで詳しく取り上げられています.当ブログからだと,http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20130809/1375999854http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20150116/1421357502をご覧ください.

*3:当ブログの初出は,http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20111029/1319835106

*4:この文章題そのものは(数量を変えた上で)今,算数で活用できるものとは思っていません.高学年で「かけ算の順序をひっくり返す」意義が乏しいのに加えて,その文章題は単位の換算だからです.単位の換算の注意点については,http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20150214/1423867877をご覧ください.