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「組体操は危険だからやめてほしい」「やめます」の事例研究

いきなりですが問題です.

「組体操は危険だからやめてほしい」という訴えを受け入れ,組体操そのもの,あるいは危険な技をしなくなった事例のうち,最も古いのは,いつ,どこの学校ですか?

と,問題を設定してみたものの,「これが最古だ!」という答えは出せないでしょう.事例を見つけて年代やその他の情報を書き出し,より古い事例を見つけたら更新する,といった形で,さかのぼっていきたいところです.
ですので最古だとは私自身,思っていませんが,昨今のWeb上で読める報道や記事よりも前に,要望を受け入れ,危険な技をしないと明記した本が,2011年に出ていました.

組体操指導のすべて―てんこ盛り事典

組体操指導のすべて―てんこ盛り事典

該当箇所を書き出します(p.152).

あとがき
TOSS体育授業研究会代表
根本正雄


組体操をしていて大きな怪我に合われた保護者の方が学校に来られた。
「組体操は危険だからやめてほしい」ということであった。
「どうしてですか」と質問をした。
「子どもが高校の体育祭で5段タワーをしていて、大怪我をしました。ですから組体操は危険なのでやめてほしいのです」
確かに組体操は危険な技がある。特に3段タワー、5段タワーは組体操の花形である。
成功したときの達成感は大きい。観客からも大きな歓声と拍手が起こる。
しかし、一度失敗すると大事故につながる危険な技である。
それを聞いた後は、私の学校ではタワーの技はやらないようにした。そして、安全な技に変更した。
本書に紹介されている技は、小学校の組体操として安全な技である。
(略)

内容としては,「組体操は危険だからやめてほしい」という訴えを受け入れ,組体操そのものの廃止ではなく,危険な技をしなくなった事例と言えます.
ですが,釈然としません.気になることがいくつか浮かびまして,以下,1点1点,見ていくことにします.
まず編者・根本氏の肩書きが「TOSS体育授業研究会代表」となっています.現職の学校の先生であれば,学校名も書いてあるはずです.これについて,奥付の編者紹介には「元・千葉市立高浜第一小学校校長」とありました.またWebで調べた結果*1からも,この方は小学校の先生だったことが分かりました.
そうしたときに,「保護者の方が学校に来られた」とあれば,根本氏の勤務校(小学校)と推測できます.しかし来た方は,「子どもが高校の体育祭で5段タワーをしていて」と言っていますので,根本氏の勤務校とは別の学校での負傷となります*2.このことが,危険な技を自校で取り入れない方向に働いたと,読み直して思いました.
なお,「3段タワー」は各段の人は立ちますが,「5段タワー」は全員が立っている状態ではなく,下の2段の人は四つんばいあるいはそれと似たポーズで,背中を地面と平行にするものと思われます.5段タワーから段数を1つ減らした技は「16人タワー」という名前で,『組体操指導のすべて』p.108で紹介されており,そこで3段タワーよりも安定することが記されています*3
それと,上記のあとがきは,「タワーの技はやらないようにした」であり,ピラミッドの技については何も言っていません.同書の中で,最も段数の高いピラミッドは,55人ピラミッド(pp.144-145)で,三角錐型で7段のピラミッドとなります.横から見た55人の配置と,配置決めの指針,また成功に導くための細かな情報が載っていました.
55人ピラミッドは,昨年購入した本でも目にしています.『子どもも観客も感動する! 「組体操」絶対成功の指導BOOK』のp.75です.実施にあたっての詳細説明が少ない一方で,人数(そして段数)を減らした三角錐型ピラミッドの例が,同じページの下段に見られます.
出自の異なる2冊の本から,55段ピラミッドを成功させ,そのやり方を説明してあるわけなので,実施者(指導にあたった先生方)からすると,比較的「安全」な技だ,と判断することができます.
それに対し,ピラミッドの安全性に警鐘を鳴らす記事が,2014年9月に出ています.

時期としては『教育という病 子どもと先生を苦しめる「教育リスク」 (光文社新書)』の刊行より前です.なお『教育という病』で『子どもも観客も感動する!「組体操」絶対成功の指導BOOK』は取り上げられていますが,『組体操指導のすべて』への言及は,見当たりませんでした.
リンク先の記事では,2つの情報源からピラミッドにおいて隣同士で腕をクロスするかしないかを取り上げながら,「中身はまったく逆のことが書かれている」と主張しています.これについては,通して読んで,妙な思考停止だなと感じました.
私自身,小学校教師ではありませんが,先生方が当然のように行う「教材研究」を,組体操指導にも適用すればいいのではというのが,最初に思い浮かびます.専門用語を用いずに表現するなら,こうです:異なる方法が書かれていて,どっちにすればいいのなんてことで戸惑う必要はなく,クロスすべきか否かは,教師ら,また演技をする子どもたちが,実際に組んで確かめればいいのです.全部組め,というのではありません.下から1段目,2段目,3段目くらいで,どちらが安定するかは,判断できるわけです.
最下段の人をより安定させるためのアドバイスとして,『組体操指導のすべて』のp.86にある「中指をほんの少し,外側に向けます」(イラストつき)も,知っておきたいところです.『「組体操」絶対成功の指導BOOK』裏表紙の三角錐型7段ピラミッドは,最下段・最前列の隣同士で腕をクロスさせていませんが,見えている範囲で,それぞれの手の指は外を向いています.
こういった,安定・安全のための秘訣を,本やネット動画,また教師らのネットワークを通じて学び,指導する子どもたちには思うようにいかないのを前提で,運動会前には創意工夫されているんだろうなと想像します.
先生方の指導は分かった,でも組体操のケガが多いのはどう説明するのか,と問われたとき,今回見てきた内田氏の記事中には言及がなかったので,自分もノーコメントといきたいところですが,今後に向けて少しだけ,思うことを書いておきます.
キーワードは「個性」あるいは「1人1人」です.
組体操の多人数技について,どこに誰が配置してどんな役割を担うのかを,1人1人まで演技者・指導者が認識して,準備を行い,運動会で披露するのが,学校の先生方の実情なのに対し,そういった演技者1人1人の個性を取り除きながら,ぜんぜん安全じゃないじゃないかと主張しているのが,昨今の組体操論議の根底にあるのでは,という仮説を持っています.
この仮説のもとで,上のあとがきのような,負傷した自分の子ども---我が子も,組体操はまだ先として,保育所や小学校の中でケガをしたり,させたりしてしまう可能性があるのを認識しつつ---もまた,親あるいは周りが組体操(全体または危険な技)の廃止を訴えていく中で,個性が失われていくように,思えてなりません.


『組体操指導のすべて』には,ポップアップピラミッド(クイックピラミッド)が見当たらないなあ,あれのやり方や安全性が,文字になっていればなあ…と思いながら,先頭から読んでいると,すごいのが目に飛び込んできました(p.21,著者は和歌山県太地町立太地小学校 沖平和生).

(4) 大技を決める
これもテーマに沿って考えていく。今回とても参考になったサイトを紹介する。それは、You Tubeだ。You Tubeで「組立体操」や「組体操」と検索すると様々な動画がヒットする。これらの中には非常に役に立つものも多い。その中でも、よしのよしろう先生の組体操の動画が一番役に立った。よしのよしろう先生の動画は、彼が考え出した技を解説付きで紹介してくれている。たいへん分かりやすい動画である。その中から、「一気扇」と「一気ピラミッド」を採用した。これらの技の詳細は、よしのよしろう先生の動画に詳しいのでここでは省略する。簡単に説明すると、一気に5人で扇を作ったり、一気に3段ピラミッドを作ったりできるのだ。作るだけではない。壊すのも一気に行えるのである。だから、繰り返し作ったり、壊したりできるすぐれものである。これこそ、私が考えたテーマにぴったりであったので、採用した。運動会当日もこの大技で大歓声が起きた。拍手が鳴り止まなかった。

どこがすごいのかは,簡単には言い表せません.以前に書いたhttp://d.hatena.ne.jp/takehikom/20151005/1443981007http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20151011/1444564271をご覧ください.
(リリース:Sun Feb 21 02:10:57 JST 2016ごろ)

*1:wikipedia:根本正雄も,あるのですね.学校名は書かれていませんが.

*2:なぜ保護者が根本氏のところへ行き,組体操をしないよう要望したのかは,いくつも可能性が思い浮かびます.負傷した子どもの弟妹または親類が通っているだとか,根本氏が体育指導に熱心なのを聞きつけただとか.

*3:イラストのほか,次のとおり数量的な検討も入れています:「2段タワーにさらに6人の下段をつけた3段タワーを行う学校もあるだろう。3段タワーは下段6人で2段タワー(4人)を支えるので、6:4の荷重、一人あたり1.5の負荷がかかる。この16人タワーはそれよりも負荷がかからない。」…なのですが,下が6人で上が4人なら,下の一人あたりの負荷は4÷6で1よりも小さいし,16人タワーも2段目は6人で4人を支える(肩ではなく背中に乗せるという違いはありますが)ので,一人あたりの負荷は同じになるはずです.