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かけわり図,面積図,学生の評価

今年出版された紀要論文ですが,PDFファイルは無料でダウンロードできます.他の文献で目にしたことのある人物名が,いろいろなところで出現しており,興味深く読むことができました.
「はじめに」では「動的変化を表す図を小学校4年の算数の授業で用いる提案をその目的とする」と書かれているものの,全体として4年の算数への言及は非常に小さく見えます.ただ,p.37の第2段落にある,「小数倍」の指導よりも,わり算の商やかけ算の積で小数になる場合を先に指導すべきという件は,本文では明示されてませんが4年の話と思われます.
さて….「4. まとめとして」に,大きめの表が載っていました(p.39).

目につくのは,「掛け割図」が,小3と小5に出現するところです.本文で,この用語が出てくるのは,p.34です.数学教育協議会(数教協)によるかけ算の3つ分類のうち,「面積」と「量と量との積」において,「掛け割図」が利用できるとしています.
その一方で,「4ます関係図」が小6に入っているのが,やや不可解です.というのも,今回の文献の副題にもある「拡大」は,「乗法の意味の拡張」と関連する話で,そうすると学年は小5です(「3.2.3 小数倍の積を求める方法」の内容は,甲乙丙の3つの考え方を含め,5年で学ぶ内容のはずです).「4ます関係図」を用いた演算決定の活用は,百分率の問題への適用もあり,むしろ5年です.
他の情報と照合してみました.正田良の氏名が,学校図書の算数教科書の著者リストに入っていました.編集の趣旨と特色を見ますと,pp.24-25の「系統的な図の指導」で,4ます関係図は4年の途中から6年までで学習するものとなっています.一方で,この見開きの図にも,また他のページにも,「掛け割図」は(用語も用例も)見当たりません.
というわけで,正田氏が個人の判断で,紀要による発表を通して「掛け割図」への普及を試みている(そして教科書で採用には至っていない)のかなという印象を持ちました.
「掛け割図」という表記について,むしろ「かけわり図」のほうが書籍で見かけるのではないかと思いながら,さらに検索すると,同じ方の,同じ所の紀要がヒットしました.

こちらでは,最初のページに「かけわり図」の語が出てきますし,「このように「かけわり図」は,小学校2年の掛け算の意味指導から積分まで連綿とした機能を持っている図と言える」と,著者の肯定的な判断を見ることもできます.
「かけわり図」で連想するのは「面積図」です.縦と横に,解くべき対象のうち被乗数と乗数を対応づければ,長方形の面積が,その積となります.当ブログでは以下の記事が関係します.

ただ,「かけわり図」という言葉が,算数の指導で使われる(書籍などで見かける)のは,1つのかけ算(あるいはそれをもとにしたわり算)の場面です.かけ算は「1あたり量×土台量=全体量」で表されるのが典型的です.ここで「1あたり量」と「土台量」の認識が重要視されており,長方形から少し離して左右や下に,それらが分かるような情報を添えるものも見かけます.
それに対し「面積図」は,小学校の算数よりもむしろ,中学受験のツールとして活用されています.以下より,さまざまなタイプの面積図(を用いた解き方)を見ることができます.

面積図における被乗数と乗数,いや「2つの因数」と言っていいでしょう,は,長方形の縦や横の長さのように書かれます.そして「面積図」では,長方形を隣り合わせて,全体量や,ある辺の長さ(求めたい数量)を算出していきます.これは「かけわり図」ではほとんど見かけない使われ方です.
ですが,ないわけではありません.正田(2013; 以下のページ番号はこの文献からです)に,図が載っています(p.19).

もとの文章題は以下のとおり(p.18).

20.8kmの道のりのコースを4時間かけて歩く計画を立てました。スタートから10.6kmの目印を通過するときに時計を見たら、それまでの所要時間が、1.96時間であることがわかりました。計画通りの所要時間にするには、それ以降の歩く速さは時速何キロにするべきですか。

これに対し,(1)〜(5)の小問が設けられています.(1)では自分で式を立ててもらい,続いて(2)では「2本の数直線」を提示し,「私が習ったものに似ている」「問題の中の量的関係をよく表している」「はじめての人に教えるのに適している」などを7段階評価(pp.15-16)で答えてもらいます.(3)は画像のとおり面積図(2つの長方形),(4)は折れ線グラフ,そして(5)は表をそれぞれ提示し,回答項目は(2)と同じです.
このうち(3)すなわち図を貼りつけた考え方について,p.6で「[4](3)は,面積で道のりを表していることに関しては,[2][3]の(3)に似た図でありながら,すべての観点で他の図と比べて否定的な評価が為されている」という結果が述べられています.「対象の移動が図での移動と関連しないという視覚的類似性が低いことが原因かと思われる。その上、評価する学生自身がこのような図に慣れていない*1ので、視覚的類似性を強調した判断となったことも指摘できよう」と続きまして,これらの考察には,まあそうだろうなあとも思います.
ここで再び,他の情報との照合を試みます.高学年のかけ算に関する,算数教育を学ぶ学生向けの調査というと,次の文献が思い浮かびます.

その文献では,以下の2つを引用しています.

前者は,小学生を対象とした「乗法の意味」の調査です.そして後者は,前半は米国の事例を取り上げ,後半では「わが国の立場」として,「割合の考え」を図とともに取り上げています.拡張の考えおよび指導の意義として,アイウと列挙されたうちの「イ.この指導を通して,整数の場合にとった乗法の意味を拡張することの必要性を意識させ,拡張の考えを用いる機会をこどもに与えることができること.」は,かけわり図や,1あたりの数(もしくは1あたり量;そういった用語は別として)を低学年から教え,3年で離散量,5年で連続量の「掛け割図」を指導するというやり方では,実現しにくそう*2です.

*1:「評価する学生」は,「小学校の算数のための科目を履修している学生」(p.5)とのこと.中学受験を経験した学生が少なかったのか,この回答をする直近に中学受験の小学生を指導する機会がなかったのかは,何とも言えません.

*2:関連:「一方,意味の拡張を意図しない立場では,乗法の意味づけは,(内包量)×(外延量)になる。乗数を外延量とすることで,整数でも小数でも意味づけは変わらないことになる。この意味づけの課題は,乗法の導入段階で内包量の見方を児童ができるかということである。」(『数学教育学研究ハンドブック』p.75).この箇所の執筆者は中村享史で,正田(2016)でも名前を見ることができます.