いきなりですが問題です.
4まいずつたばになったおり紙が30たばあります。おり紙は,ぜんぶで何まいありますか。
という問題で,AさんとBさんは次のように立式しました.
Aさん …… 4×30
Bさん …… 30×4
2人のうち,どちらが正しいでしょうか.
元ネタです.
- 安藤壽子: 体験させたい「分かる喜び」―子どもたち一人ひとりの頭と心に視点を当てて―, 教室の窓, 東京書籍, Vol.11, pp.4-7 (2007). https://ten.tokyo-shoseki.co.jp/ten_download/dlf5/emje6973.pdf
「特別支援教育と算数」という特集で書かれた解説とのこと.著者は小学校の副校長となっています.お名前で検索したところ,お茶の水女子大学の特任教授*1のほか,NPO法人 らんふぁんぷらざの理事長*2として,名前が見つかります.
元ネタのPDFファイルは全4ページで,最初のセクションは特別支援教育そして支援教育とは何なのかが述べられ,2番目のセクションが,算数教育の話になっています.冒頭の文章題,そしてAさんとBさんの立式は,p.5左カラムにあります.
2人の式のあと,文章は次のようになっています.
式の意味をたずねると,Aさんは「先に出てくる数を先に書いた」と答え,B算は『かけ算の筆算ができるから」と答えた。どちらも問題の把握過程でのつまずきが認められた。
ということで,この解説では,式に対する正解・不正解は書かれておらず,かわりに,2人に対して指導を行っています.同じページの右カラムで,Cさん・Dさんが出現し,折り紙を長方形に置き換えて「かいた図」というのが出てきます.Aさん・Bさんはというと,「先ほどのAさんは長方形をランダムに並べたが,Bさんはどのようにかいてよいのか分からなかった」とのこと.
人数が増えるわ,図の長方形1個が折り紙1枚なのか4枚なのか分からないわで,読解に苦しみました.「Dさんの図はより具体的でイメージ化された表現である」と,肯定的にとらえているかと思ったら,「したがって,Dさんには,十進法のしくみをさらに深く理解させるための支援が必要であるかも知れない」と,そこにも要指導を匂わせる記述が出てきます.
ただ,そこを抜けると(p.6),Aさん・Bさんそれぞれへの指導は,こういうのが「個に応じた指導」なのだなと納得できます.Aさんは数をお金で表現すること,Bさんは巾着袋に折り紙を4枚ずつ入れた図を用いることで,イメージ化の支援をしていました.
セクションは,「このように,それぞれの数処理に関する認知レベルに合わせた指導が重要である。」で締めくくられており,問題文の「4まいずつ」と「30たば」の認識は,できるようになったと想像します.ですが,式はどうなるのかが書かれていません.
「一つ分の数×いくつ分」に当てはまるのは,30×4ではなく4×30ですので,式だけ見ると,Aさんが正解と思うのですが,式だけ見て2人のうち片方が正解,もう片方は間違いと,持っていかないのは,この文章の意図したところと思われます*3.
「教室の窓」のVol.11について,全ページ,そしてタイトル別のPDFファイルは,以下よりアクセスできます.
「かけ算の順序」を含む文書としては,むしろ以下の解説を見ておくべきでしょう.
- 半田進: 乗数と被乗数の区別の指導について, 教室の窓, 東京書籍, Vol.11, pp.10-11 (2007). https://ten.tokyo-shoseki.co.jp/ten_download/dlf33/cmde6975.pdf
その後につくられた,書籍やWebの情報も,いくつか思い浮かびますが,とりあえず小学校の「乗数と被乗数の区別」に関しては,GreerがEqual Measuresとしてモデル化したもの*4が高学年*5で出てきますし,5年で「乗法の意味の拡張」を学習する際の場面も,乗数と被乗数の違いは明らかです*6.それと中学の文字式に関しては,例えば2a×3b=6abという計算では,交換法則だけでなく結合法則も必要となり,結合法則の適用(例えば(2×a)×(3×b)={(2×a)×3}×b)において,被乗数とは,乗数とは何だろうか,というのも気になってきます.
*1:http://researchers2.ao.ocha.ac.jp/html/100001032_ja.html
*2:http://www.city.yokohama.lg.jp/kyoiku/shogaijiky/gakushushien-koza24/
*3:順序はどちらでもいいじゃないかという意見を見越して,いえいえこう指導するのですよという展開になっているのは,1971年の『水道方式入門 整数編 新版』に見られます.http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20130412/1365713117
*4:http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20151121/1448031600より:「3人の子どもが4.2リットルずつのオレンジジュースを持っているという場面にも適用できる.式は4.2+4.2+4.2と表せる.このモデル(累加モデル)に属する場面の,重要な特徴は,乗数が整数でなければならないことである.被乗数に制約はない」
*5:2007年当時は,小数×整数が5年で分数×整数は6年.現在は1学年ずつ下がっています.
*6:被乗数と積は同種の量なのに対し,乗数は,場面の提示では例えば「2.5メートル」であっても,かけ算をする段階で「2.5倍」すなわち無次元量になります.