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モーセの十戒,もーぜのじゅっかい

#掛算経由で,#十分というハッシュタグを知りました.昨日(4月16日)から,ツイートの内容が変わっています.「十分の読みをテストで問われて,『じゅっぷん』と書いたらバツ,正解は『じっぷん』だというが,『じゅっぷん』もマルにすべきだ」といったところでしょうか.
このべき論に一応賛成の上で,「十」の読みとして「じゅっ」を認めるようになったのは最近のことだっけと思いながら,検索すると,東京書籍の国語のQ&Aが見つかりました.

Q5 1年生の教科書にある「十」の用例では「じっ(じゅっ)=十かい」となっていますが,「十回」は「じっかい」と読むのが正しいのではないでしょうか。


 2010年11月に告示された新しい「常用漢字表」では,「十」の音訓として「ジュウ」「ジッ」「とお」「と」の四つが示され,「ジッ」の備考欄に「『ジュッ』とも」と付記されました。これによって,「十回」の読みとして「ジッカイ」とともに「ジュッカイ」も認められたことになります。また発音だけでなく,例えば「十回」の読み仮名を書く場合には「ジッカイ」も「ジュッカイ」も正しいと考えられます。
 以前の「常用漢字表」では「『ジュッ』とも」の付記はなく,「十回」の読み方は「ジッカイ」が正しいとされていました。ただし,実際の発音においては「ジュッカイ」という読みも広く使われており,NHKの放送も「ジッカイ」を基準としつつ両様の読みを認めています。
 ただし,今回の改定によって,「十」の漢字の読みが「ジュウ」「ジッ」「とお」「と」に「ジュッ」を加えた五つとなったということではありません。「ジュッ」は「常用漢字表」の漢字の音訓の欄に示されたものではなく,あくまでも「ジッ」の備考欄に示されたものですので,漢字単独の音としては「ジッ」ですが,ほかの語と結びついたときに「ジュッ」と発音することもできるということです。

【東京書籍】小学校(平成27年度〜) 国語 よくある質問Q&A

常用漢字表の告示(改訂)でしたか.文化庁 | 国語施策・日本語教育 | 国語施策情報 | 内閣告示・内閣訓令 | 常用漢字表(平成22年内閣告示第2号)より,常用漢字表のPDFファイルをダウンロードしました.このPDFのp.74に「十」があり,読み(音訓)は「ジュウ」「ジッ」「とお」「と」の4つで,「「ジュッ」とも」は備考欄にあるのを確認しました.

昭和40年代に,「二十世紀」は「にじっせいき」でも「にじゅっせいき」でもよいとなったと,以前にどこかの本で読んだ記憶もありました.検索すると,国立国語研究所のQ&Aで出てきました.

質問
「十本」などの「十」の発音は,辞書には「ジッ」とありますが,「ジュッ」と発音するアナウンサーもいます。どちらが正しいのでしょう。


回答
現在刊行されている国語辞典を引いてみると,見出し項目としていずれも「ジッ」の方を主に採用しています。「常用漢字表」にも「十」の読み方として,「ジュウ」と「ジッ」はあっても「ジュッ」はなく,語列として「十回」は「ジッカイ」を採っていることから,「十本」などの「十」の発音は,一般に「ジッポン」のように「ジッ」とするのが標準的であると言えそうです。
歴史的仮名遣いでは「じふ」と書くように,漢字音の系統からもともと「十」の字音は「ジフ」でした。「フ」を末尾に持つ字音は,サ行,タ行,カ行,パ行の音で始まる語に続いていくとき,例えば「合 カフ→カッ(合戦)」「執 シフ→シッ(執権)」のように促音化しました。17世紀初頭の『日本大文典』『日葡辞書』にも,当時の発音として「ジッ」に当たる発音が示されているだけで,「十本」は本来「ジッポン」であったと判断できるわけです。その一方,この「ジフ」は長音化して「ジュウ」に変化していきます。「ジュッ」が生じたのは,おそらく「ジフ」から長音化した「ジュウ」が,先のサ行等の音で始まる語に続いていくときに,既存の「ジッ」という発音に影響を受けて,「ジュウ」→「ジュッ」と類推してしまったと考えられます。
では,「ジュッ」は間違いかというと,平成5年のNHK言語調査では「十中八九」について「ジュッ」の支持者が61%と多いように,現在では「ジュッ」と発音する人がかなりいます。さらに,昭和41年のNHK放送用語委員会で「20世紀」の発音として「ニジッ・ニジュッ」の両様を採ること,また「十」の発音の「ジッ」「ジュッ」については,他の用例についてもすべてこの決定を準用することを決めています。放送での標準発音の集大成とされるNHK編『アクセント辞典』でも,41年版から「二十本」「五十歩百歩」など,両様の発音を平等に認めています。つまり,伝統的には「ジッ」であるというだけで,実際には年代層あるいは地域によっていろいろであり,同じ東京でも「ジッ」と発音する人も「ジュッ」と発音する人もいるというのが現状なのです。
時代とともに言葉は変化し,発音にも「ゆれ」が生じます。伝統的な規範があったとしても何を規範とするかについては多様性があると考えられます。
(小河原 義朗)

http://www.ninjal.ac.jp/publication/catalogue/kokken_mado/09/06/

ヘッダに「広報紙「国語研の窓」 > 第9号(2001年10月1日発行)」とあり,常用漢字表(平成22年内閣告示第2号)より前に書かれたので,「「常用漢字表」にも「十」の読み方として,「ジュウ」と「ジッ」はあっても「ジュッ」はなく」となっています*1
調査事例で調べて,見つかったのは,NHKではなく,文化庁によるものです.平成15年度「国語に関する世論調査」の結果の概要が読めまして,5.言葉の発音の中に,「十匹」の発音が「じっぴき」なのは23.3%,それに対し「じゅっぴき」は75.1%とあります.またいくつかの調査の結果には「※下線を付したものが本来の意味。以下同じ。」とあるのに対して,上記5にはそれがなく,「じっぴき」を正解(本来の意味?)としていないのもうかがえます.
まあ,「国語に関する世論調査」は,正解不正解を決める手段ではないわけで…
国立国語研究所のことばQ&Aで,「見出し項目としていずれも「ジッ」の方を主に採用しています」「「十本」などの「十」の発音は,一般に「ジッポン」のように「ジッ」とするのが標準的であると言えそうです」が,気になってきました.
Weblio辞書で,「十干」「十戒」「十進法」「十指」あたりを引いてみると,『三省堂 大辞林』では「じっかん」「じっかい」「じっしんほう」「じっし」の見出しが見つかり,「じゅっかん」「じゅっかい」「じゅっしんほう」はそれぞれ「ゅ」抜きの見出しを見よとなっています.「じゅっし」はなく,同様のことは「十干十二支(じっかんじゅうにし)」にも見られました.「じっしんすう」は見出しになく,「じゅっしんすう」はヒットしましたがIT用語辞典からです.
ところで突然のように「十戒」を出しましたが*2,「十」から始まる熟語で,「十干」の次に思い浮かんだのが,これでした.「十の戒め」であり,もちろん連想するのは「モーゼの十戒」です.「モーゼのじゅっかい」と言うと,述懐しているように聞こえてきます.
なのですがさらに調べると,人物名としては「モーセ」と,濁らないほうがどうやら一般的のようです.wikipedia:モーセの十戒には「モーゼ」がなく,そこからのリンクでwikipedia:モーセは「モーセ(略)あるいはモーゼは」から本文が始まります.
十の読みに対して「ジッ」が標準的で「ジュッ」がそうでないと解釈するなら,この人物についても「モーセ」が標準的で「モーゼ」はそうでない,ということになります.
「モーゼ」で再度調査したところ,一昨年の日本学術会議の提言に,見つかりました.未来を見すえた高校公民科倫理教育の創生─〈考える「倫理」〉の実現に向けて─平成27年(2015年)5月28日,日本学術会議哲学委員会 哲学・倫理・宗教教育分科会)のp.28(PDFでは35ページ)です.「モーゼ」は,孟子の次,老子の前に出現します.ただしアンダーラインがなく,同じページを見直すと「アンダーラインは本文中に太文字で掲載されている人名」とのこと.「モーゼ」は重要な人物というわけではなく,そもそもこの出現は「第一学習社『倫理・社会』内海巌編昭和54年改訂検定」に採録された人名として,挙げられています.
モーセ十戒」の表記に対して,「もーせのじっかい」「もーぜのじっかい」「もーせのじゅっかい」「もーぜのじゅっかい」の4通りの読まれ方がある,と考えると,ちょっと楽しくなります.
「じゅっ」にせよ「モーゼ」にせよ,テストの正否を語るには,長期的な出題例の収集と整理(かけ算の順序を問う問題のようなまとめ)が必要となりますし,また調査という面では広辞苑(の各版)のチェックなどもすべきであり,十分だとは認識していませんが,テキストを対象とした研究をしている者として,表記の揺れに配慮が必要という思いを新たにしました.

*1:それと「ジフ」が促音化して「ジッ」,長音化して「ジュウ」になったというのは,さらに薄い記憶ですがNetNews (fj)で読んだことがあったはずです.

*2:「十指」は,さきの子・あとの子の入学記念のお祝いでもらった国語辞典で,「じっ」と「じゅっ」から始まる見出しをざっと調べたときに,見かけた語です.ということで,小学校でも学習する可能性のある言葉です.