- 作者: 朝比奈あすか
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2017/10/24
- メディア: Kindle版
- この商品を含むブログを見る
以下ネタバレを含みます.
読みどころは大きく分けて2つあり,一つは,人間関係のつながりと,それぞれの人物からの,桜丘小学校の運動会,組体操の「人間タワー」への見方です.途中に出てくるRYOというライターについて,最終話で,ネットニュース配信社のエース記者であり,フルネームも分かるのですが,雪子を中心とする第一話の元夫として,下の名前*1が出現しており,電話を介して事故シーンの映像をほしいと言っているのでした.学校の中の人からだと,第四話で,六年一組を従える女子児童・近藤蝶*2による,やや長め発言によってクラスに拍手が起こり,人間タワーの実施を決めたくだりや,第五話で,安田澪が,母(大学の教員)から担任に向けて書いた,桜丘タワーの中止を要望する手紙を読んでぞっとする箇所が,印象に残りました.
もう一つは,最終話に書かれた「人間タワー」の組み方です.背景として,第一話では前の年の運動会で人間タワーが崩れて失敗に終わったのに加え,第四話・第五話では,タワーの位置(1段目〜3段目)を体格ではなく希望を申告させると,下の段を希望する子がほとんどなく,運動会まで日数が迫ってどうすればよいか悩む状況で,第六話に移って中心人物が学校の外の人になっています.6年の3学級,100人以上で,1個のタワーを構成します.
「新しい人間タワーを築くことを決めました」のナレーションに続く,その組み方について,骨子は次のとおりです.(1)渦巻き状に並ぶ,(2)身をかがめ,地面に手をつく,(3)片脚ずつ上げて,自分の後ろにいる子の肩に乗せる.これで一応は完成です.その後,太鼓の連打によって,渦(子ら)は中央に寄り,「私たちの人間タワーです」のアナウンスが入ります.第六話の中心人物・高田の視点で,「これが人間タワーの「土台」なのだと気づいた。すると、太鼓の音そのものが土台から立ち上がる竜のように空へ駆け上がっていくように思えた」と書かれ,上に人の乗らない「人間タワー」なのを知ることができます.
高さを求めない,この組み方について,技名ではなく完成形をもとに,組体操の書籍をざっと,眺めましたが,そのものの絵は,ありませんでした(だからこその小説としてのオリジナリティなのですが).手を地面につけ,脚を伸ばして,後ろの人に持ってもらうとなれば,「手押し車」です.浜田靖一『組体操』*3のp.102には,3人で行う運動(組遊戯)に,似た形が見られます.同書p.106の「ムカデ歩き」は,渦巻きではなく直線上であるとともに,膝を曲げて組んでおり,人どうし前後の密着度が高く,そして「歩き」とあるとおりその体勢で前方に向かって進むという特徴もありますが,第六話で見せた人間タワーに,そこそこ似た形態となっています.
組体操の全員技として,また小学校における問題解決として,この人間タワーは,興味深いものでした.
細かいところで不同意なのが一つありました.従来と同じ形で人間タワーを組むものとして,子どもたちの意見を聞く中で,下は支える役でありしんどいのに対し,上に立つ子は,ケガの危険性があるというところです.
知る限り,崩壊によるケガは下の子でも発生します.上の子は例えば足元の感触より,どこから崩れそうかを察知し,崩れ始めたら対処もしやすいのに対し,下の子はピラミッドにせよタワーにせよ,上の状況を知覚するのが比較的困難であり,どこから上の子が落ちてくるかが分かりにくいのです.