- 作者: 田中耕治
- 出版社/メーカー: 日本標準
- 発売日: 2017/07/30
- メディア: 単行本
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まえがきによると,この本は「筆者の京都大学の定年退職に際して行った最終講義の内容(と講義資料)を中心に構成したもの」とのことです.この方の著した『教育評価』は,梶田叡一氏による同じ書名のものより取っつきやすく,また「かけ算の順序」関連の情報も入っていたため,当ブログでは教育評価,2冊目や教育評価論から見たかけ算の順序などで紹介してきました.
今回の本には「かけ算の順序」は出てきませんが,それでも,連想してしまうエピソードが,pp.82-83にありました.
「形成的評価」の前提は,「ひとまとまりの学力構造」を学習単元として分節化(さらには構造化・系統化)するとともに,その到達基準を明示することである。そして,「形成的評価」の実施後には,その基準に従って,回復学習と発展学習が組織されることになる。しかし,「形成的評価」をインフォーマルな評価行為のみに解消する実戦では,学習単元の分節化や回復・発展学習の組織化という学力保証論にとっても本質的な契機であり,かつ困難な課題を事実上回避することになると批判するのである。
このバーンズの的確な指摘も,しかしながら,換骨奪胎を許す「理論」側の責任を看過している。この点については,アンダーソンが興味深い体験を紹介している(文献③*1)。1980年当時,アンダーソンが講演を終了して降壇したときに,ある高校の英語教師から抗議を受けることになる。その教師は,目標の明確化や多肢選択法テストの実施,基準の明示化やフィードバックと回復学習の実施などすべてに同意できないと反論した。しかしながら,その教師が主張する課題レポートを書かせる実践を分析してみると,最初に優れたレポートとは何かを明示し,レポート作成中には机間巡視を行い,基準に従ってレポートを評価し,改良されたレポートを最終的に提出させるというものであった。アンダーソンによれば,この実践こそまさにマスタリー・ラーニングそのものであった。
つまり,「理論」が「型(form)」として表面的に理解され,その本質的な「機能(function)」としては把握されていないことを実感したのである。そこで,アンダーソンはマスタリー・ラーニング論の機能的理解を提唱し,たとえば従来の「形成的テスト」とは「学習活動をモニターすること。その結果に基づいて教授のあり方を決定すること」と説明するようになる。その結果,本質的な「機能」さえ理解しておれば,「型」は多様に創出できるようになる(「機能的同質性(functional equivalence)」と呼称)。例えば,「モニターの方法」としては,「発問」「机間巡視」「レポート点検」「クイズテスト」など多様に工夫されるのである。
用語について,「マスタリー・ラーニング」は,「完全習得学習」とも呼ばれます(例えば,完全習得学習(かんぜんしゅうとくがくしゅう)とは - コトバンク).wikipedia:en:Mastery_learningで解説を読むことができますが,日本語版はありません.
さて,2番目の段落の「興味深い体験」について,骨子を取り出すと,「講演を終え,抗議を受けるも,それは自分(講演者)の期待するものであった」と言えます.
この流れに似た文章を,先日サブブログで取り上げたのでした.
山本弘氏がニセ科学関連の講演を行った際,「かけ算順序固定を子供に教えている小学校教師」に会ったというのです.順序固定のメリットをひとしきり聞いたのち,山本氏より「半径3cmの円の円周の長さを求めなさい」を示し,その教師に式を書いてもらうと,しどろもどろになったとのこと.「マニュアルにない問題を突きつけられたとたん、混乱してしまったのだ」という氏の見立てが,抗議の破綻を示しています.
なお「マニュアルにない問題」は誤認識ではないかと思います.http://manabi.xsrv.jp/math/en.htmlやhttp://happylilac.net/zukei-63.htmlといった,Webで読める学習ドリルを通じて,半径から円周を求める問題を容易に知ることができます*2ので,小学校で学習している可能性が高いです.当該エピソードは,実際にそのやりとりがあったとしても,サイエンスコミュニケーション*3としては失敗している事例と,個人的には認識しています.
2つのエピソードには,違いもあります.アンダーソン氏は,講演内容と高校教師の実践が,根底では同じであることに気づき,そこから,理論・型・機能の関連付けの必要性を理解して,「マスタリー・ラーニング論の機能的理解を提唱」という形で軌道修正を図ったことが読み取れます.円の円周の件は,誰にどんな変革をもたらしたのでしょうか.
*1:参考文献には「Anderson, L. W. (1993). A functional analysis of Bloom's Learning of Mastery. OUTCOMES, 12 (2).」とあります.このうちOUTCOMESが斜体字となっており,雑誌名と思われますが,検索しても情報は出てきません.
*2:「円周=直径×円周率」と「直径=半径×2」から,「円周=半径×2×円周率」を得るのは,円の面積の公式を導出する際の素地となります.
*3:コミュニケーションで期待されることについて,http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20090823/1250977674で紹介しています.そこで抜き書きした,「例えば皆さんが伝票処理をしている椅子の後ろに,ずっと監視役がついていると思ってください」から始まる文章は,円周の件と重なります.