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かけ算の順序問題は,手に負えない問題か?

 今年,算数教育に批判的な視点を含む,「かけ算の順序」に関する出版物やWebでの記事がいくつか出されました.
 当ページにて当初はそのURLなどを挙げていましたが,かけ算の順序問題(2021)に移転しました.2021年11月に作成された記事などにもリンクしています.


 それらで言及されている「問題」のいくつかは,計算理論における問題(理論的なものを含め計算機上で解を求めることが期待される問題)とは異なるように見えます.
 これについては,problemとissueとを区別するのがよさそうです.

“problem” は3つの中で最もよく使われる言葉です。「解決されるべき」というニュアンスを含み、通常は原因や解決策がある問題に対して使われます。

“issue” は、難しい決断が求められるような問題や人々の間で意見が分かれるような問題というニュアンスを含む語です。(略)

 こうして並べると,「かけ算の順序問題」の「問題」はissueであると言ってよいでしょう.個人的に英語版を作った際には「かけ算の順序論争(Order-of-Multiplication Dispute)」と表記しました.problemとissueに関しては,2014年にも言及していました.


 いきなりですが問題です.

(計算理論における)手に負えない問題を一つ,挙げてください.

 2コマ×8週で実施しているクォーター科目の,先日の授業のテーマは「セキュリティ基礎」でした.問題と個別問題の違い,決定性と非決定性(と確率)のチューリングマシン,時間計算量(と多項式時間・指数時間)を小分けにして紹介してから,P≠NP予想やNP完全問題について時間をとって説明し,最後のトピックとして,楕円曲線暗号や,双線形性・準同形性を用いた応用例を取り上げました.
 上記は,授業日のうちに提出してもらった課題の一つです.「手に負えない問題」というスライドも,授業資料に入れていて,実際の課題では,資料にない問題を調査して見つけるよう,指示していました.「手に負えない問題」だけでGoogle検索すると,上位に,計算と関係ない事例が出てきますので,カッコ書きをしておきました.
 「手に負えない」とはどういうことかがよく整理された(そしてGoogleで容易に見つかる)コンテンツとして,次のものがあります.神戸大学の授業資料と思われます.

 この資料では「手におえない」「intractable」と表記されています.「(1) 決定不能問題」と「(2) 決定可能ではあるが,多項式時間アルゴリズムをもたない問題」に分け,前者にはPostの対応問題,後者には巡回セールスマン問題を例示しています.自分の授業の設問でも,Postの対応問題を挙げる答案が多くありました---巡回セールスマン問題は,NP完全とは別のところで,授業資料で紹介していました.


 計算機上で解を求められるような,「かけ算の順序問題」を,定式化することは,決して難しくありません.ただしそれに先立って,「かけ算の文章題」を,検討することにしましょう.「文章題」を英語にすると,word problemとなることを,あとで使います.
 「かけ算の文章題」となるのは,その個別問題が自然言語で書かれ (チューリング機械などで実行できるwordの系列にエンコードでき),その解が,乗算記号を含む式で表されるというものです.『小学校新卒教師に贈る算数科授業の基本技88』に書かれた「1はこに6こずつ入ったせっけんが4はこあります。せっけんはぜんぶで何こありますか。」が,個別問題であり,これについての解は,例えば「6×4」です.
 「正整数nが与えられたときに,その素因数の一つを求めよ」のように定式化される素因数分解問題と同じ形式にするなら,「文章題wが与えられたときに,題意を満たし,乗算記号を含む式の一つを求めよ」と表せます.「素因数の一つ」は(nが合成数であれば)複数存在するのと同じように,文章題で正解となる式も複数あってよいものとします.
 この「かけ算の文章題」に制限を加えたものが,「かけ算の順序を問う文章題」となります.「自然言語で書かれ(チューリング機械などで実行できるwordの系列にエンコードでき),その解が,乗算記号を含む式で表される」については同じです.正解となる式をa×bと表記するとき,個別問題においては,bが先,aがあとに出現するものを,「かけ算の順序を問う文章題」とします.前述の本に書かれた「せっけんの入ったはこが6はこあります。1はこに4こずつ入っています。ぜんぶで何こありますか。」が,該当します.
 「かけ算の文章題」も「かけ算の順序を問う文章題」も,それらを解くアルゴリズムが考案あるいは実用化されているものではありませんが,自然言語またはチューリング機械のテープ上に書かれた系列を解析して,式で表すのに必要な数値を抽出し,「1つ分の数×いくつ分」にマッチするそれぞれの値を同定して,式として出力すればよいわけです.個人的な見立てでは,小学2年の教科書に掲載されている文章題に関しては,入力サイズに関する線形時間で,立式できそうに思います.
 ここまでは計算機で解く話です.子どもたちの認知としては,「かけ算の文章題」のサブセットである「かけ算の順序を問う文章題」のほうが難しい(正答率が下がる)というのを,出版物などを通じて知ることができます.以下にて整理を試みてきました.