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事例調査のタネ2つ

リファラをもとに,検索エンジンへの検索語を見ていると,かけ算の話で有名どころのブログの中に,気になる記事を見つけました.

九九表(1から9の段まで)を見ながら、九九のきまりをいろいろ見つけます。
教科書ごとにいろいろ出てくる「きまり」を列記すると、次のようになります。
(1)かける数が1増えると答はかけられる数だけ増える。あるいは、かけられる数が1増えると答はかける数だけ増える。
(2)かける数とかけられる数を交換しても答は同じ。(乗法の交換法則)

小2教科書のかけ算の構成(2の1) | メタメタの日

なお,引用にあたり丸囲み数字はカッコ書きとしています.


まず,気になったのは,「かけられる数が1増えると答はかける数だけ増える」の箇所です.以下これを「(a+1)b=ab+b」と書くことにします.なお,「かける数が1増えると答はかけられる数だけ増える」のほうは「a(b+1)=ab+a」と書きます.
小学校学習指導要領の算数では,「乗数が1ずつ増えるときの積の増え方」,すなわち表記を定めた2つのうちa(b+1)=ab+aについての記載がありますが,(a+1)b=ab+bについては言及なしです.《算数解説》も同様です.
もちろん,九九の表から,(a+1)b=ab+bを得ることは可能ですが,この等式(性質)を発見することは,それまで学習した何に由来するのか,またその性質を今後,どんなことに活用できるのかが,想像しにくいのです.
比較してみると,乗法の交換法則は,長方形的配列(アレイ図)により,児童は九九をすべて学習するより前に知ることができます*1し,その後の活用は言うまでもないでしょう.またa(b+1)=ab+aについても,九九の各段を書いたり暗唱したりしていく中で,知ることができます.この関係式は3年で,a(b±1)=ab±aやa(b±c)=ab±ac*2へと拡張され,分配法則の基礎となります.
それから,a(b+1)=ab+aの基礎となるのは,累加の考え方であり,出題例も,ちょっと力を入れて探せば容易に見つかりそうです.一方(a+1)b=ab+bという関係が,何に結びつけられるのかというと,トランプ配りです.例題を,でっちあげてみました.

  • おだんごが1さらに3こずつのっています.4さらあります.おだんごはぜんぶで何こありますか.*3
  • 1さらのおだんごを1こずつふやします.おだんごはなんこふえましたか.また,ぜんぶで何こありますか.

「かけられる数が1増えると答はかける数だけ増える」については,手持ちの書籍から探し直すとします.やっぱりそろそろ教科書ですね.


もう一つ,気になったのがあって,「かける数とかけられる数を交換しても答は同じ」という記述です.これ自体,まったく異論がありません.何に引っかかったのかというと,「かける数とかけられる数を交換して,何が同じで何が異なるのか」です.これに対する個人的見解は「掛け合わせて得られる値,すなわち積が同じになる.しかし例えば2×1と1×2(もしくは2×1=2と1×2=2)とでは,その式が何を表すのか,言い換えると式の意味が異なる」です.
それに対して,「かける数とかけられる数を交換しても,交換前の式が表している場面を表している」という立場の本を2冊,持っています.一つは,『算数・数学教育つれづれ草』pp.46-47で,5円の品3個の代金の立式は「3×5」ではダメなのかで検討しています.もう一つはおなじみの『かけ算には順序があるのか (岩波科学ライブラリー)』で,その中でもpp.26-28から読み取れます.
おなじみのほう,近視眼的なツッコミをしておくと,p.26の記述では,先生と児童の間で「何が同じで何が異なるのか」として共有していることに関する,情報の整理が見当たりません.p.28において,「×にされて困惑する子ども」とするのでは教育の一部分しか見ておらず,現実には,なぜ×になったのか,正解を得るにはどうすればいいかを,逆に書いた子が聞いたとき,「ああそうか」と納得できる流れが存在しています*4.「1つ分の数×いくつ分」は,高学年でも小数×整数,分数×整数の意味や求め方で使用し,数×小数,数×分数においては乗法の意味を「拡張」する土台となっています.2年のかけ算指導,また目にできる出版物等だけで,小学校の算数教育(の問題点)を分かったつもりになってはいけないのです.
その2冊以外で,目にしてきた本は,記憶する限りすべて,「かける数とかけられる数を交換すると,意味(式が何を表すのか)が異なる」です.またそのキーワードは「かけ算の順序」ではなく「被乗数と乗数の区別」です.手元にある本から,一つ,引用します.

こうした被乗数と乗数の区別の指導と関連して言える具体的な指導上のこととしては,例えば8×6も,かけ算の答えの1つであるという認識を児童にもはっきりもたせるようにすることである.つまり,乗法が用いられる場合の数量の関係を簡潔に表現するものとしての理解である.ともすると,8×6=48のように,積の48を求めるための過程としての式に終わることのないようにすることである.
(花村郁雄: かけ算の意味と方法 -つまずき事例- , 整数の計算 (リーディングス 新しい算数研究), p.118.)

文章がこなれていないように見えます.ただこれについては,1978年の論説である点を無視するわけにはいかないとも考えます*5.なお,「例えば8×6も,かけ算の答えの1つである」は,ろくに背景知識がなかったころに書いたFAQ*6のうち,「式も答えの一部である(マルバツがつけられる)こと」のことだと理解しています.


ということで今後の課題.

  • 「かける数が1増えると答はかけられる数だけ増える(a(b+1)=ab+a)」と「かけられる数が1増えると答はかける数だけ増える((a+1)b=ab+b)」について事例を調べ,整理する.
  • 「かける数とかけられる数を交換して,何が同じで何が異なるのか」について事例を調べ,整理する.

*1:ただし,大人の世界で,単位を意識して議論すると,自明とはいかないところがあります.読んだ書籍が少ないころに,机のかけ算として検討をしました.

*2:これらの式は《算数解説》p.108に現れます.ただし,そこで書かれている段落の,24×3=20×3+4×3という計算は,(a±c)b=ab±cbをもとにしているのですが.

*3:板書で見る全単元・全時間の授業のすべて 小学校算数2年〈下〉』p.70

*4:多くの書籍でそれが読み取れます.手元にある1冊を挙げるなら,『板書で見る全単元・全時間の授業のすべて 小学校算数2年〈下〉』p.39, p.47, pp.48-49です.一つの場面に対する複数のかけ算の式についても配慮されており,同書p.49, p.53, pp.56-57に見られます.

*5:個人的な話で恐縮ですが,苦労して書いた査読付きの論文でも,何かあって記述を取り出し活用しようとする際には,使用する語句や文末表現を替えたくなることがあります.

*6:「×」から学んだこと