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かけ算の順序の伝統

1. かけ算の順序の伝統

教育者,経験的科学者,学者的哲学者を読んでいただいてのツイートと推測します.ハッシュタグ「#掛算」があるので,どなたかから情報があったかもしれませんが,こちらで知っていることを,ここに整理します.
かけ算の順序の「発端」として,3つのソースを挙げることができます.

  • インターネット上の記事で,「掛け算の順序」という表記のある,知る限り最も古いのは,http://www.math.tohoku.ac.jp/~kuroki/keijiban/a0018.html#a19980821195612です.1998年8月21日付です.
  • インターネット上の記事で,「かけ算の順序」という表記のある,知る限り最も古いのは,https://katsu.watanabe.name/ancientfj/article.php?mid=KUROKI.97Mar18123342%40zakuro.math.tohoku.ac.jpです.1997年3月18日付です.
  • 文章題で,あるかけ算の式のみを正解とし,かけられる数・かける数を逆にした式を間違いとする指導例は,昭和26年(1951年)の小学校学習指導要領 算数科編(試案)に見られます.

三年の乗法九々の学習で,三の段がひととおりすんで,こどもたちは三の段の九々がすらすら唱えられるようになった。そこで,教師は次のようなテストを行って,こどもがかけ算の意味を理解して,九々を適用する力が伸びたかどうかを調べてみた。

問題 3人のこどもに,えんぴつを2本ずつあげようと思います。えんぴつがなん本いるでしょう。どんな九々をつかえばわかりますか。

どんな九々をつかうかという問に対して,3×2=6と答えたものが予想以上に多いことがわかった。これによってこどもは問題に出てくる数を,その数の意味を深く考えもしないで,出てくる順に書き並べ,その間に,かけ算記号を書き入れることがわかった。問題に出てくる数を頭の中にいったん収めて,演算の決定に導くように問題の場を組織だてる力が欠けているらしいことがわかった。そこで,その欠けていることについての再指導に入るわけである。
3は人数を表わしている数である。それを2倍した答の6は何といったらよいか尋ねてみる。それで,6人となって問題の要求に合わないことを説明する。このようにして3×2=6とするのが誤であることを明らかにしたとする。
しかし,上のような指導だけでは,問題をすこし変えてテストしてみると,ほとんど進歩しないことがはっきりわかってきた。つまり,一方を否定するような消極的な指導だけでは,前に述べたような問題を組織だてる力を伸ばすのに,ほとんど役だたないことがわかった。これが再指導に対しての評価であって,指導の方法を修正する必要をつかんだわけである。そこで;問題解決を,同数累加の形にもどして,倍の概念をしっかり押えるように指導したのである。今度は成功した。この事実を教師が見届けたのもやはり評価である。

V. 算数についての評価
  • 自然数の乗法に関して,「順序」という言葉が出現するのは,『新式算術講義 (ちくま学芸文庫)』です.手持ちの文庫本は,「二〇〇八年五月十日 第一刷発行」ですが,後ろから少しだけページを繰ると,「本書は、一九〇四年六月三十日、博文館より刊行された」ともあります.積は「因数の順序」に影響・関係しない,という書き方です*1

(略)即ち
a(bn)=(ab)n
a,b,nなる三個の数に順次乗法を施こすとき因数の順序は積に影響することなきこと加法の場合に於けると同趣なり,之を組み合はせの法則といふ.此法則はnが1なる場合にも成立すべきこと明なり.
交換の法則も亦乗法に適用すべし.a,bなる二数の積は因数の順序に関係せず,即ち
ab=ba
(pp.27-28)

いくつか本を見直してみると,かけ算の式で「順序」の言葉が使われているものがありました.『数の現象学 (ちくま学芸文庫)』に収録されている「次元を異にする3種の乗法」です.巻末の出典情報を信頼するなら,その初出は,科学朝日1977年5月号です*2

数年前,新聞に「掛け算事件」が出たことがある.もう記憶も不鮮明だが,こんなことだ.
小学校の先生が,次の問題を出した.
「子供が6人います.ミカンを4個ずつあげるには,いくついるでしょう」
これに,
  6×4=24  答 24個
と書いた子が,式は×に答は○にされた.
それに親が抗議した.6×4も,4×6も,交換法則で同じというのは,いまは習わないでも,そのうちに習う真理じゃないか.真理を×にするとはナニゴトゾ.それに,1人に1個ずつ配れば,6人に配るのに6個いる.だから6×4でもエエじゃないか,この式のほうも○にせ.
学校側はボソボソと抗弁した.ここでは,「掛け算の意味」を教えているところでございまして,まあそのキマリとかヤクソクとかを大事にするところですのでして…….
じつは,少しも「掛け算の意味」を教えていなかったところが学校側の問題なのだが,親の側もいくらかヘンなところはある.この,4×6とか6×4とかいった順序は,日本とヨーロッパでは違う.日本は「4の6倍」式に4×6と書くが,ヨーロッパでは「6倍の4」式に6×4と書く.これは左側通行か右側通行かみたいなもので,言語習慣から来ている.ただし,日本式の方が合理的というのが世界の相場だが,一方ではヨーロッパ式の方がすでに流通してしまっている.まあ,これはヤクソクには違いない.足すを+と書き,掛けるを×と書くようなのもヤクソクで,これを勝手に変えたら混乱してしまう.
(pp.66-67)

2. 俺流・かけ算の順序の伝統ツアー

  • 3つのソース
  • これまでに書いたこと(「きりぬき」つき)

「かけ算の順序」について書いた論文は,本当にないのですか?

「かけ算の順序」のことが書かれている,学術文献は,把握している限り2つあります.

それぞれ読めば分かるように,順序がどうあるべきだという議論ではありません.日本では被乗数先書,これを前提としています.その上で,子どもに定着させるにはどうするか,海外向け教材開発はどうすればいいのかについて,それぞれページをとっています.

4つのうち,どれを選べばいいのでしょうか.結局のところ,5×4=20は,問題文の状況を表した式といっていいのでしょうか.
こういう考え方ができます.4つの筋道を認めるなら,「5×4=20は,問題文の状況を表した式ではない」という命題と「5×4=20は,問題文の状況を表した式である」という命題が成り立ちます.すなわち矛盾が発生しているのです.
矛盾の原因は,どこでしょうか?

  • 積指向・トランプ配りを導入したこと
  • この出題に不備があること
  • 論証と正誤判定を行う機構に欠点があること

対策は,それぞれ次のように書くことができます.

  • 積指向・トランプ配りは混乱を招くので,採用しない
  • この種の出題で特定のかけ算の式のみを正解,その被乗数・乗数を逆に書いた式を不正解にしてはいけない
  • 算数教育のあり方を改める

そして,「積指向・トランプ配りは混乱を招くので,採用しない」としているのが,現在の学校教育と言っていいでしょう.それらがない状況では,矛盾が生じていないのです.論理の言葉を使うと,算数・数学教育に携わる人々が慎重に話し合って(教育実践も通じて)設定した公理系について,そういった事情を知らない/知ろうとしない人が勝手に「積指向」に基づく手法を持ち出し,あとは既存の方法で推論していくと,矛盾が生じた形になっています.公理系を設定した側からすれば,「積指向」を取り除けばいいとなりますし,(略)「積指向」という言葉は別にして,教育に携わる人も認識していると言えそうです.

3. 特定保健指導

これは,特定保健指導を受けるの「内臓脂肪減少シート」の件ですね.
計算の流れは,こうなっています*3

それぞれの式について,演算記号の左側にくる数値は,前までのステップで求めた値なのとともに,これから式計算がなされる対象です.言わば被演算数です.右側は,何倍とか何で割るとかいった定数*4が多く,比して言うなら演算数です.
といったわけで,「10cm×7000kcal=70000kcal」とする式にも,理屈というか,一貫性のもとでそうなっているのが見て取れます.
ところで,3番目のステップの式,「10cm÷1cm/月=6か月」は,間違った等式です.書いていく中では,指導された方も自分自身も,気づきませんでした.ここでわり算は必須ではなく,「6か月で10cmの腹囲減らしを目標とする」という表明になっています.
なお,体重や腹囲といった,具体的なことは,なるべく書かないようにしています.むしろ

とツイートしたように,生涯レベルでは,うえの子・さきの子・あとの子(・すえの子)の成長を見守りながら年齢を重ねていくこと,短期的には,DDRで難曲に挑んでいくことを考えています.Twitterで報告し忘れていましたが,先日,NGO[EXPERT]をクリアしています.

*1:乗法,被乗数,乗数の定義はp.26にあります.今でいう累加に基づいており,被乗数と乗数はその表記において区別されています.

*2:遠山啓の「6×4,4×6論争にひそむ意味」は,同じく1972年5月号です.

*3:さらにその下に,「運動で『100』kcal」「食生活で『288』kcal」と記入しています.

*4:「6か月」も,特定保健指導・動機付け支援という制度から決定される,定数と言えます.