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江戸しぐさ読み直し〜北部九州の街道

今月は2日に,5日まで4日分の記事をまとめてリリースしました.2日は通常どおり勤務し,3日から5日までは,筑波大学にて開催のFIT 2014に出席し,聴講をします.
昨夕,2泊するホテルに入り,ノートPCを開けていろいろ見ていると,当ブログにt.coからの,まとまったアクセスがありました.Twitterで検索すると…

江戸しぐさの正体 教育をむしばむ偽りの伝統 (星海社新書)』の作者さんによるツイートです.[twitter:@gishigaku]は,本の背表紙に書かれているIDと一致します.
気になったことがあったので,ホテルを出て,書店へ.本を購入しました*1.読んでほどなく,p.66に見つかりました.

ただし、この描写は江戸ではなく北部九州の街道での情景に関するものである。

この記述を含む,pp.65-67では,「江戸の往来の風物詩も否定」という小見出しを設け,江戸しぐさの教えの一つで,wikipedia:江戸しぐさにも取り上げられている,「七三の道」を批判しています.
はじめに,越川禮子『商人道「江戸しぐさ」の知恵袋』を引用して,七三の道とは何なのか確認します.「江戸時代の日本人が他の人の通行も考え、道路を効率的に利用していたという証言」として,江戸しぐさと関係のない書籍,『江戸参府随行記』から引用したあとに,上のとおり「ただし」から始まる指摘をし,江戸の往来はそうではないよと著者は説きます.
何が気になったのかというと,「北部九州の街道での情景」が妥当かどうかです.『江戸参府随行記』を読まないといけないのか…と気になりながら検索すると,記述の断片を読むことができました.

◎記述5
「この国の道路は一年中良好な状態であり、広く、かつ排水の溝をそなえている。・・・上りの旅をする者は左側を、下りの旅をする者は(上りから見て)右側を行く。つまり旅人がすれ違うさいに、一方がもう一方を不安がらせたり、邪魔したり、または害を与えたりすることがないよう、配慮が及んでいるのである。このような状況は、本来は開化されているヨーロッパでより必要なものであろう。ヨーロッパでは道を旅する人は行儀をわきまえず、気配りを欠くことがしばしばある。・・・さらに道路をもっと快適にするために、道の両側に灌木がよく植えられている」
(これが、最初に出てくる、江戸への往路での交通規則の記録です。左側通行が明記されています。この習慣または制度は、いつごろからのものなのでしょうか)

「左側」でページ内を検索すると,離れたところに見つかりました.

◎記述35
「道路は広く、かつ極めて保存状態が良い。そしてこの国では、旅人は通常、駕籠にのるか徒歩なので、道路が車輪で傷つくことはない。そのさい、旅人や通行人は常に道の左側を行くという良くできた規則がつくられている。その結果、大小の旅の集団が出会っても、一方がもう一方を邪魔することなく互いにうまく通り過ぎるのである。この規則は、他に身勝手な国々にとって大いに注目に値する。なにせそれらの国では、地方のみならず都市の公道においても、毎年、年齢性別を問わず――とくに老人や子供は――軽率なる平和破壊者の乗り物にひかれたり、ぶつけられてひっくり返り、身体に損害を負うのが珍しいことではないのだから」
(これが二度目の左側通行の説明です。歩く人全員が左側通行を守っているようです。ここでは「規則」という言葉を使っています。何らかの文章になった規則があったのか、それともそのように奨励されていたのでしょうか)

これらのおかげで,新書を最初に見て抱いた違和感をいくらか,解消することができました.
「上りの旅をする者は左側を、下りの旅をする者は右側を行く」が,「この描写は江戸ではなく北部九州の街道での情景に関する」記述であるのは,事実であろうと思われます.
そう推測できる一方で,「ただし」から始まる文は,江戸と北部九州を対比させるような書き方にもなっており,北部九州に限定された風習であるようにも読めるのです.
しかし,記述5と記述35は,「この国の道路は」「この国では」とあることから,北部九州のみの記述とは思えません.もちろん全国すべての道路でそうだ,江戸も上方の町もそうだったんだ,というのは言い過ぎでしょうが,江戸時代の街道は,概して,整備されており,かつ左側通行だったと言うのは差し支えなさそうです.
なお,『江戸しぐさの正体』p.66では,絵をもとに「人々はてんでばらばらに歩いており、「七三の道」など気にかけているようには見えない」としていますが,ここは支持できません.それらの絵には,江戸の町が秩序だっていることよりも,賑わっている状況を可視化したいという,絵師の意図が働きやすいと考えられるからです*2
といったところで,自分の「江戸しぐさ」へのスタンスを固めておきましょう…
江戸しぐさ」は,ソフトウェア開発におけるデザインパターンに似たところがあります.七三の道にせよ,傘かしげにせよ,江戸時代に人々がそういった名称を用いて認識を共有していたわけではなく,現在の視点を入れて人々に伝えやすくしたものです.その意味で,江戸しぐさは「カタログ化」(wikipedia:デザインパターン_(ソフトウェア))となっています.

そうすると,七三の道や傘かしげやその他の,江戸しぐさの教えが,本当に江戸時代に共有されていたかは,重要ではありません.例えばSingletonパターン((ある目的で現在,コーディングしているRubyスクリプトでも,Singletonモジュールを活用しています.))について,それがパターンとして確立するより前に,同等のやり方があってソフトウェア開発者のあいだで共有されていたとは,想定しにくいのです.

道徳教育に使用することは,「好きではない」という漫然とした印象にとどめます.かけ算の意味や,式の表現と読みなどを含め,長年にわたって培われてきた算数教育を,「かけ算の順序」などとして批判し,算数教育は変わるべきだというメッセージを目にしたときと,いくらか近い認識です.


先日,「この本のような文章を自分は書きたいのではないのだな」と書きましたが,どのような文章を書きたいと思っているかについて,何例か挙げます.これまで読んできた本だと,真っ先に『算数再入門―わかる、たのしい、おもしろい (中公新書)』が思い浮かびます*3
自分が書いたものだと…英文になります.

  • "There should be permitted more than one way of solving a problem." --- Yes, the class typically encourages the pupils to produce various answers based on diverse ways. And one of them (or more) is what they will share, the teacher wishes, in the class and some of them are correct in a mathematical sense but less interesting, and some are the answers or approaches which the children will see as wrong.
Towards Japanese Multiplication Instruction

To make clear the background of the system that we have developed, we explain the overview of literature searching. The research basically consists of field surveys and laboratory investigations. A field survey lets the researchers inspect the handwritten materials briefly and make a minimal literature search on the spot. They bring back the outcomes of the survey, including computerized materials, to their laboratory to make a study. After being compared with relevant research papers and materials that have been already discriminated, the historical source is identified and might open a new page.*4
("Full-text Retrieval System for Humanities Researches", Proc. JCKBSE 2012)

ありきたりではありますが,自分が書きたいと思っているのは,さまざまな人(書きたいと思った自分を含む)がいることに配慮し,さまざまな人(将来の自分を含む)が安心して読むことのできる文章です.教育・研究にせよ,かけ算の順序論争にせよ,道半ばです.

(最終更新:2014-09-06 深夜)

*1:『かけ算には順序があるのか』は,Amazonと書店で別々に購入した第1刷と,道のりから時間に変更のなされた第3刷,合計3冊を持っています.『江戸しぐさの正体』も,刷を重ねて「かけ算の順序」関連がもし,変更されたら,新たに購入する予定です.

*2:関連:http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20120706/1341574040

*3:http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20130220/1361309279

*4:この最後の文は,http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20130508/1367938800でも引用しています.